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兄と妹は仲が悪い  作者: ナツメ
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第六十二話:あの子とクリスマス

考えても意味のないことは、考えない方がいいよ。

だって誰も見てないんだからさ。

12月24日。クリスマスイブ。

正直、俺はこのクリスマスというイベントについて、あまり良い記憶を持っていない。

それは別に、クリスマスに好きな人からこっぴどく振られたわけでもなく、ましてや七面鳥で頭を殴られたわけでもないし、クリスマスケーキの中にラスボスまで進めていたゲームソフトを埋められたわけでもない。

……子供の頃に経験したクリスマスがあまりいいものではなかった。ただ、それだけである。

それはきっと、妹も同じ。

だからこそ、俺と妹はあまりクリスマスを特別に感じることはない。

それでも、世間体に合わせてか、それなりに普通のクリスマスを楽しもうと頑張っている。

あるいは、普通のクリスマスを装っているのだろう。

そして、今日も。


「――てなわけでして。猫のおしっこってブラックライトで光るんですよ、すごくないですか!?」

「イブに猫の小便の雑学を自信満々に言う女子中学生がいる方がすごいわ」


どういうわけか、俺はクリスマスイブに妹の後輩からどうでもいい雑学を聞かされていた。


――やはり俺は、どうあがいてもクリスマスを好きになれない。


時刻は昼の11時半。

最寄の駅前のファーストフード店にて、俺は妹の後輩と顔を付き合わせてハンバーガーを食べていた。

妹の後輩である、彼女――久々野空子くくの くうこ

職業、学生。中学二年生。いつもと変わらない首元で二つに結んだ黒髪。くりっとした瞳が特徴的な小柄な少女。

やや袖の余ったピンクのスタジャンを着ているせいか、髪型も相まってどことなくウサギを彷彿とする。

だがしかし、その中身は波乱万丈、打ち上げ花火でキャッチボールでもしてそうなくらい、ハチャでメチャな性格。

どうも今年は、この子との巡り合わせが多い気がする。

できればクリスマス以外でなくてもなるべく会いたくはない知人ではあるのだけれど。

「はむはむ。うーん、この新商品のハンバーガー美味しいですね。ミミズの三倍は美味しいです」

「比較対象が虫の時点で、感想が微塵も参考にならないよ」

予定通りであれば、この時間はカノジョと待ち合わせして買い物にでも行くつもりだったのだが。

「……」

俺は思い出すように、ポケットに入れていたスマホを取り出してチャットアプリの画面を見る。


『ごめん、兄君! 寝坊しちゃった!! 今から準備して向かうから、駅前で時間潰してて!」


今から一時間前に届いたカノジョである笹倉桜ささくら さくらから届いたメッセージを再読して、息を吐く。

そしてついでに、彼女と同じサッカー部であり、俺の小学生からの友人である七神直人なながみ なおとから昨晩に届いたメッセージを開く。


『おっす』

『そういやお前。明日は笹倉とデートだろ?』

『くそっ、リア獣が! このケモノが!』

『ああ、笹倉と言えば、あいつ、めちゃくちゃ遅刻魔だから気を付けろよ?ww』

『部活の練習試合だって、試合が終わる頃に来ることだってたまにあるし!ww』

『明日ももしかしたら、一日遅刻なんてこともあるかもな!www』

『さすがにそれはねーか!w ま、俺も今回はデートの予定あるし、そこで一発決めてやるぜ!』

『相手の子? 出会いアプリでチャットしてた子だよ、メッチャ可愛いんだぜ! うらまやしいだろ!ww』

『じゃあ、明日はお互いがんばろーな!! メリークリスマス!』


ところどころ誤字があったアホな親友からのメッセージだが、少なくとも応援はしてくれたらしい。

出会い系アプリで知り合ったという女子というのも少しも気にならないと言えば嘘になるが、早めに春が訪れたと思って祝福してやろう。

それにしても、笹倉さんが遅刻魔ねえ。

たまに登校時に会う時の笹倉桜は、確かに眠たげな表情をしていることが多かったが、まさかなと思っていたけど。

「……フラグになるとはな」

「何がフラグなんですか、兄先輩?」

「……」

ポテトをポリポリとウサギが人参を食べるが如く、小さな口で咀嚼する久々野ちゃんを認めて、再度溜め息を吐く。

「ところで。久々野ちゃんはいいの? クリスマスイブに俺とこうしてお昼なんか食べてて」

待ち合わせ時間になっても現れない笹倉桜に連絡を取った後、合流するまで時間を潰そうとファーストフードに入ったところ、たまたまレジの前で並んでいた久々野ちゃんと遭遇した。

最初は無視しようと思っていたが、急に背後を振り返った久々野ちゃんがニヤニヤしながら当然の如く相席を望み、今に至るけど。

そう言えば、俺の都合は伝えたけれど。久々野ちゃんの予定は聞いていなかった。

「あー。実を言うとですね。兄先輩と同じく、私も駅前でデートの待ち合わせをしていたんですよ。もちろん、相手はラブリーエンジェルです。ハート」

加賀美かがみちゃんね。天使かどうかはおいておいて」

「天使に決まってるじゃないですか! 黄金色の髪に透けるような肌! 愛くるしい顔! 小学生みたいなロリボディ! それでいて腹黒い性格! どこをとっても立派な堕天使ですよ!」

「堕天使じゃねえか。闇に染まってるじゃねえか」

「腹黒ロリ……萌えません?」

「二次元ならな。リアルだと勘弁」

「そこがいいのに……」と唇を尖らせた久々野ちゃんは、不貞腐れるようにテーブルに頬を付ける。

「いやまあ、そんな私のキティ先輩なんですが。なんと、今朝になったらインフルエンザになったって言うんですよ!」

「マジか」

「マジですよ!」

「久々野ちゃん、インフルエンザを知ってるのか」

「そこですか!? いくらバカな私でも知ってますよ! 風邪の強化版でしょ?」

「まあ……。一般認識としては間違ってはないんだろうけど」

知識は正しい方が良いのだけれど、必要がなければ間違ったままでもいいのかもしれない。

少なくとも、この場の会話では、の話だけど。

「ってなわけで。急遽デートは中止なんですよー。せっかくラブホテル巡りをしようとしていたのに、残念です」

どこかで聞いた話だ。っていうか、中学生がカラオケ感覚でラブホに行くな。流行ってんのか、ラブホ巡り。

「仕方ないからせめて看病でもしようと提案したんですけど、断られました」

「そりゃな……」

「アマゾンプライムで海外ドラマを見まくるらしいから、邪魔なんですって」

「そっちかよ!」

いや、熱で動けないから正しいっちゃ正しいんだけど。

「そんなわけでクリスマスイブに一人寂しく暇を持て余してるってわけですよ。誰かさんと同じく、ね」

ちゅーとオレンジジュースをストローで飲みながらこちらを見る久々野ちゃん。

「久々野ちゃんと一緒にするな。俺はあと少しでデートのスタートだから。俺のイブはまだこれからだから」

「ぶーぶー。……ところで、このか先輩は今何してます? 家だったら遊びに行こうかな」

「残念ながら、あいつもデートらしいぞ」

「へー……って、なんとぉ!?」

仰天した久々野ちゃんがストローを吐き出す。

「お相手は!? っていうか、このか先輩、カレシいたんですか? 初耳の耳なし平吉なんですけど!」

「誰だよ平吉」

「平吉なんか私だって知りませんよ! そんなアルマジロよりも今はこのか先輩の相手ですよ。どこのどいつですか!」

アルマジロなのかよ、平吉。人ですらなかった。

「俺が知るわけないだろ。昨日、あいつからデートだって聞いただけで、俺は別に相手については聞いてないよ」

「なんでですか!」

「それこそなんでだよ」

「だって! ……だって!」

久々野ちゃんはそれ以上は強く言わず、機嫌を損ねた猫のようにそっぽを向く。

そして、ポツリと呟く。

「いくじなし」

「……」

「甲斐性なし」

「……」

「唐変木」

「……」

「そーろー」

「おい待て」

流石にそれは聞き捨てられないぞ。

「なんですか、兄先輩。ホントのこと言われて怒りましたか?」

「嘘のこと言われたから怒るんだよ。根も葉もないこと言うな」

「じゃあ、根も葉も尻尾もあればいいんですか?」

「尻尾はいらないけど、少なくともそれなら反論はしないな」

「だったら――」

大きな瞳が俺を見抜くように定める。


「いつまで嘘の恋愛ごっこに逃げてるつもりなんですか?」


「……」

嘘。嘘。嘘。嘘。嘘。

いつまでが嘘で。どこまでが嘘で。誰が嘘で。何が嘘で。何故に嘘を吐くのか。

言い返さない。言い返せない。正しいことには何も言えない。嘘つきが嘘以外を言ってはいけないから。正しすぎることを求め過ぎたら、それ以上は――。


「――嘘だっていいじゃん」


声が頭上から降って来た。

振り返ると、そこにはグレーのロングコートを着た笹倉桜が立っていた。

いつものポニーテールを解いて、少しだけ大人びて見える彼女は。

ただじっと。久々野ちゃんを見下ろしていた。

「嘘の何が悪いの? 嘘なんて誰だって吐くじゃん。それで何かが守れるなら、私は全然良いと思うよ」

笹倉さんが毅然と言い放つ。

嘘の正しさを。嘘の潔白さを。真っ白な嘘を。黒い本当を塗りつぶす、純白な嘘を。

「……これはこれは。明日別れる予定の兄先輩のカノジョさん。どうも。先週のファミレス以来ですね」

「そうだね。妹ちゃんの後輩ちゃんだっけ? 文化祭にも来てた子だよね」

「はい。久々野空子って言います。兄先輩の愛人でもあります」

「そうなんだ」

「いや、それは嘘だ」

さらりと嘘を言うな。そしてスルーするな。

「……ふぅ。さて、私はそろそろ帰りますかね。帰ってキティ先輩の見る海外ドラマのネタばらしをしないといけないので」

最低だ、この後輩。

久々野ちゃんは席を立って、俺に軽くお辞儀をする。

そして改めて笹倉さんを前にして、

「それでは。メリークリスマス。嘘のデートを楽しんでくださいね」

「うん。メリークリスマス。嘘でもめいっぱい楽しむよ」

そう言って、久々野ちゃんは店から出て行った。

それを静かに見送ると、空いた俺の対面の席に笹倉さんが腰を下ろす。

「ごめんね、兄君。待ったよね」

「ああ、いや。そんなに待ってないよ」

「うん。そうだよね。カノジョ以外の女の子とクリスマスイブにデートするんだから、待ってはいないよね」

「……ん?」

待て待て。何故にそんな解釈になる?

客観的に考えてみよう。


・遅刻したカノジョを待つカレシ。

・待っている間に、別の女の子とランチ。

・到着したカノジョ、別の女の子と楽しく談笑中のカレシ発見。


その心は?


「……いやいや! これは、その……。違うんだって」

「ふうん? じゃあ、どう違うのか。説明してもらおっかな」

「えーっと」

正しいことは良いこと。正しすぎるのは悪いこと。

――この場合は果たしてどちらだろう。


「さて、兄君は。今度はどんな嘘を吐くんだろうね?」

明けましておめでとうございました。

今年もよろしくおねがいします。かしこ。

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