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兄と妹は仲が悪い  作者: ナツメ
79/87

番外編:妹のブラッディバレンタイン宣言

この物語は、甘くないチョコレートで出来ています。

自信というのは都合のいい洗脳だ。

あるいは、誰もが手を出す麻薬かもしれない。

俺の妹は、自分の料理に絶対の自信を持っている。

揺るがないプライド。疑わない手腕。味見をしない過程。

悪魔が自らを天使だと勘違いしているかのように、今年もその日はやってくる。

これは、一年前――俺が高校一年生、妹が中学二年生の記憶だ。



「~~♪」

2月12日の夜。

バイト先から帰宅した俺は、リビングのソファに寝転がりながら鼻唄を歌っている妹を見つけた。

やけに機嫌がいいなとコートを脱ぎながら、夜風で冷えた身体を温めようとホットコーヒーを淹れる準備をしていると、

「……ん?」

不意にキッチンに無造作に置かれたビニール袋が目に付いた。

水を入れたヤカンをコンロに置いて、片手でビニール袋を開くと、そこには数枚の板チョコが入っていた。

妹のおやつだろうか。それにしても同じ種類の板チョコばかりだ。

そのまま食べるためのおやつというよりは、まるで何かの調理をするための材料に見え――。

そこで俺はハッとして、腕に巻いたデジタル時計に視線を落とす。

今日は、2月12日。つまりは……バレンタインの2日前だ。

「~~♪」

再び、妹の鼻唄が聞こえる。

それは、まるで俺だけに聞こえる鎮魂歌のように思えた。

キッチンからソファに寝転がる妹を凝視すると、彼女の手にはお菓子作りの本が握られていた。

俺の視線に気付いたのか、妹は訝しげに料理本から顔を上げて俺の方を向く。

「……なに、兄ちゃん」

「お前。そのデスノートを使って、誰を殺す気だ?」

「は? いや、これただのお菓子の本だから」

「普通の人間が持てばな。いいか、妹よ。この世界には組み合わせてはいけないものがある。犬と猿、塩素系と酸性の洗剤、スイカと天ぷら……そして、お前と料理だ」

「意味分かんないから」

「その料理本は誰を殺すために使うんだって聞いてるんだよ」

「誰も殺さないし。っていうか、明後日はバレンタインだよ? 女の子にとって、クリスマスよりも大事な日だよ。チョコ作りの参考にするために決まってるじゃん」

「ふうん。で、誰を殺すんだ?」

「だから殺さないって。私だよ? 料理で失敗したことなんてない私が、失敗するわけないじゃん」

「……ま、別にいいけどさ」

どこから湧いてくるのだろう、この自信。虚勢でもなければ蛮勇でもない。

妹は料理が下手というレベルではない。そもそも、料理という概念を知っているだけで、料理そのものを知らないのだ、こいつは。

「……まあ、いいか」

どうせ食べるのは俺ではない誰かだろう。

妹も良い年頃だし、好きな奴の一人や二人、学校内にいるはずだ。

憧れの優しい先輩か、あるいは不良じみた同級生か。もしくは弟にしたい後輩かもしれない。

こいつから贈られるチョコはパンドラの箱以上の絶望でしかないのだが、異性から貰えるチョコは、宝石以上の価値がある。

そこそこ可愛い女子から貰ったチョコを食べて死ねるんだ、本望だろう。

……妹の好きな奴、ねえ。

「なあ、このか」

「~~♪ ……なに、兄ちゃん?」

「……あ、いや」

俺は何故か慌てて視線を外した。

まだ沸騰していないヤカンをコンロから外して、温めのお湯をドリップコーヒーに注ぐ。

誰でもいいはずなのに。妹の好きな奴なんか、どうでもいいはずなのに。

――俺は今、何を聞こうとしたんだ?

「……。気になるの?」

「……。何が」

「……ふーん? へえ?」

ニヤニヤと妹が歪んだ笑みを浮かべる。

パタンと本を閉じた妹は、小さな声で「大丈夫だよ」と呟いた。


「私がチョコをあげる人は、子供の頃から変わってないから」


「……」

――子供の頃。

幼い妹は、母さんと一緒に初めてバレンタインチョコを作った。

この時、母さんが洗い物で目を離しているわずかな時間に、妹は当時の好物のイカの塩辛をこっそりチョコの中に忍び込ませた。

子供ながらの好奇心だろう。美味しいモノと美味しいモノを掛け合わせれば、美味しいモノが出来ると信じていた。

そして出来上がったチョコを、俺はもらい、吐き気と腹痛に耐えながらも、まだ幼かった妹の頭を撫でて言ったのだ。

「――このかは、料理が得意だな」

思えば、ひな鳥の思い込みようなものなのかもしれない。

幼かった妹は、俺のこの一言で自分に自信を持ってしまった。

あるいは、信頼する兄の言葉を鵜呑みにしてしまった。

だからこそ、このかは信じている。

仲が悪くなった今でも、このかは。俺を、俺の言葉を。

信じているからこそ。彼女は――。


「……ずっと、変わらないから」


ジッと俺を見て言ったこのかに、俺は温めの不味いコーヒーを啜りながら言う。

――それじゃあ、ダメなんだよ。

声に出さない言葉は、甘くない黒い液体に沈んでいった。

一ヶ月ぶりの更新です。

ネット環境が現在進行形で死んでいたり、仕事が忙しかったりして中々更新できませんが、

落ち着いたらちゃんと更新します。

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