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兄と妹は仲が悪い  作者: ナツメ
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番外編:妹とおみくじ

「今年こそ」という言葉を、君は何回飲み込んだんだい?

気まぐれといえばそれに尽きるのだろう。

理由や要因に意味はなく、ただ何となく俺はソファに寝転がりながらテレビを眺めていた妹に向かって言った。

「今から初詣に行くけど、一緒に行くか?」

幼い頃、家族で行ったことを除けば、兄妹で初詣になんか行ったことがない俺にとってその一言は、何かの間違いだったのだろう。

あるいは、新年を迎えて少なからずとも気分が高揚していたのかもしれない。

もしくは、高校受験を控えて、柄でもないカミ頼みをしてみたくなったのかもしれない。

とにかくも、だ。

中学三年生にして、今年高校生になれるかどうかの瀬戸際だった当時の俺は、仲良くもない妹を初詣に誘ってみてしまった。

気だるげに起き上がった妹は、俺の方を見ずに返事をした。

淡泊に。それでも、どこか嬉しそうに。


「――うん」


――元日。

時刻は除夜の鐘が鳴り終わってから、二時間あまりが経っていた。

俺と妹は、最寄の高校近くの神社まで自転車で向かった。

夏祭り以外で滅多に行くことがないこの神社だが、周辺に神社が少ないこともあり、初詣の時間帯はそれなりに賑わいを見せている。

だが、それも俺達が着く頃には時間帯のこともあり、すっかり人気はまばらになっていた。

「さむ……」

白いダッフルコートに身を包んだ妹は、寒そうに肩をすぼめる。

「お前、マフラーは?」

「忘れた」

「……はあ」

俺は首に巻いていたネックウォーマーを妹の頭に突っ込んだ。

「ぷむっ。……何すんの」

「あったかいだろ?」

「兄ちゃんの匂いがする」

「返せ」

「やだ」

口元をネックウォーマーで隠した妹が、駆け足で拝殿へと歩き出す。

「ほら、お参りしよ。今なら特等席だよ」

「神様への願いに、特等席もねえよ」

そもそも、お参りとは神様に感謝する場所であって、願い事を叶えてもらう場所ではないのだけど。

妹は賽銭箱に小銭投げ入れて、鐘を鳴らす。

そして、隣にやってきた俺を見て尋ねて来た。

「ねえ。お参りするときの作法ってどうやるんだっけ? 何回お辞儀するの?」

「二礼二拍手二張り手一礼だな」

「わかった」

隣で頭を二回下げた妹は、目を閉じてパンパンと柏手を打つ。

沈黙。

祈るように数十秒ほど微動だにせずにいた妹は、小さく息を吐いて目を開ける。

そして、脚を少しだけ開いて両の手のひらを交互に前に突き出した。

どすこいである。

「……ぺこり」

最後に一礼。

くるりと回って拝殿から下がり、俺のお参りを待つ妹。

……。

俺も同じように賽銭箱に小銭を投げ入れて、鐘を鳴らしてお参りをする。

二礼二拍手一礼。

もちろん、そこに張り手はない。

「……あれ?」

お参りを済ませた俺と妹の目が合う。

小首を傾げた妹が、

「兄ちゃん、張り手は?」

「そんなんしたら、罰当たりだろ」

「ええっ!? だって、さっき二張り手って……っ!?」

「嘘に決まってるだろ?」

「……っ!? ちょ、お願い事叶わなかったらどうするの!?」

珍しく必死の形相で俺の胸元を握ってくる妹に、嘆息して肩をすくめる。

「別に大丈夫だと思うけど。……ちなみに、何を願ったんだよ」

「……ひみつ」

「あっそ」

だろうと思ったけど。

手を離した妹が、小さく俺にだけ聞こえるくらいの声で言った。

「……たぶん、兄ちゃんと同じこと」

「……。え、マジで?」

驚いた様子を見せる俺に、妹は深くネックウォーマーに顔を埋める。

「……たぶん、だけど」

「お前、ソマリアダチョウのモノマネが上手くなりたいの?」

「――なんで初詣で、くだらない一発芸の上達を祈願してんの?」

もちろん、嘘だ。



「兄ちゃんも来年――じゃないや、今年――の春には高校生になるんだから。ちょっとくらい真面目になったら?」

甘酒を配っていたので、それを妹と分けながらさりげない雑談をする。

「まだ決まったわけじゃないけどな」

「でもこの近くの高校でほぼ決まってるんでしょ?」

「まあな」

家からほどよい近さだし、偏差値もそこそこだ。

部活に力を入れている進学校らしいが、部活は毛頭する気がないので特に俺には関係ないだろう。

「……兄ちゃんは」

「なんだよ」

「……なんでもない」

俺は視線を逸らした妹の頭を撫でようとして、手を止める。

それをする資格はないし、いまさら兄面をする権利もない。

代わりにおみくじ売り場に指を向けた。

「せっかくだし、おみくじでも引いていかないか?」

「……うん」

木製のカウンターテーブルの上には二つの箱が置いてある。

手を入れるための丸い穴が空いた木箱と、その隣に筒型の貯金箱のような料金入れだ。

そこに俺と妹の二回分、二百円を入れた。

「勝負だね」

「何のだよ」

おみくじに勝負とかあるのだろうか。俺は右手を木箱の穴に入れて、手探りで紙の束から一つを摘まんだ。

「……」

「兄ちゃん、どうだった?」

「小吉」

「微妙だね」

「このかは?」

「私はね、はい」

折り畳まれたくじを開いたそこには、《大吉》と書かれていた。

「私の勝ち、だね」

「勝ち負けとかあるの?」

「あるの」

「ふーん」

深夜のテンションのせいか、普段より明るいこのかに俺は違和感を覚えつつも流す。

いや、というより、これが本来のこのかの性格なのかもしれない。

あの日以来、少しだけ自分や他人を冷えた目で見るようになった彼女の。

何もなかった未来の姿……。

チラリと、このかのおみくじの運勢に書かれたものを見る。

流石、大吉というべきか。言いこと尽くめだ。

「……へへっ。やった」

緩んだ笑みを浮かべたこのかは、俺が見ていることに気付いて慌てた様子で「見ないでよ」とおみくじをポケットに入れてしまった。

「良かったじゃん。《恋愛:一途な想いが実を結ぶ》ね。クラスに好きな奴でもいるのか?」

「どうでもいいじゃん。兄ちゃんの方は?」

「……俺のなんて、どうでもいいだろ」

「あ、ちょっと!」

俺はこのかから見られないように、神社の笹の木の高い場所におみくじを結んでしまう。

中学一年のまだまだ成長期のこのかでは、手を伸ばしたところで届かない。

「ずるい」

「もう少し、身長伸びれば届くぞ」

「……」

「ほら、帰るぞ。流石に眠いだろ」

「むう」

すでに時間は三時に近くなっていた。深夜の謎テンションでここまで起きていたが、どうやら充電切れのようで、先ほどからこのかの足取りは心許なかった。

「朝には母さん達も帰ってくるし。早く起きないと、お年玉もらえないぞ」

「……あとで、おみくじの内容、教えてよ」

「覚えてたらな」

覚えていたとしても、きっと俺はこのかに言わないだろう。


《運勢:凶》


《恋愛:深入りは危うい》


「神様に言われなくても、知ってるよ」

「……何か言った、兄ちゃん?」

「なんでも。あ、このか」

「ん?」


「――あけましておめでとう」

少し遅めですが、あけましておめでとうございます。

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