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兄と妹は仲が悪い  作者: ナツメ
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第四十四話:妹とAV

さらけ出せよ、てめぇのパルスを。

――男にとって性癖は友情である。

時代や年齢の垣根を超えて語り合える共通話題――それが性癖である。

羞恥心はあるだろう。懐疑心はあるだろう。

それでも、男同士で互いの性癖フェチズムを語ることは、紛れもない友情と信頼の証なのである。

「――てなわけで、暇そうなお前に差し入れを持ってきてやったぞ」

「……」

何事もない平日の昼過ぎ。

リビングで何やら怪しげな紙袋を俺に手渡した七神直人なながみ なおとが、下卑た笑みを浮かべる。

通常であれば、俺達は学校に登校しているべき時間帯だ。

教室で黒板に向かって、教鞭を振るう教師の耳に傾けるかはさておいて。

少なくとも。少なからずとも。

席に着席して教科書を眺めているべきだ。

――だが、俺達はそこにはいない。

常識から外れ、定石から外れて、俺達は学校をサボっている。

正確には、七神直人だけが学校をサボっていた。

俺は――サボりではないから。

「……」

オールバックのサムライヘアーに整った顔。服装は普段の学生服ではなく、見覚えのある私服の青いトレーニングウェアを着ている。

どうやら寝坊してこれから学校に行く途中に、俺の家に立ち寄ったわけではないようだ。

服装を見れば、学校に最初から行く気がなかったのが手に取るようにわかる。

俺は少しだけ溜め息を吐いて、言葉を紡ごうとすると、先に七神に言われた。

「俺は何も言わないぜ」

喉の奥でブレーキを踏む。

「お前が後悔も反省もしていないってことは知ってるからな。お前は間違っていたとしても、正しかったとしても。それを俺が指摘できるほど頭はよくないからな」

それは、知っている。

だからこそ、俺は七神を信用している。

七神が俺を信用していないからこそ、俺は七神を信じている。

「だから、俺は何も言わない。いつも通り、アホやってお前と遊ぶくらいしか出来ないんだよ」

「……十分だよ」

本当に、十分すぎるくらいの慰めだった。

何があったかを蒸し返さない。

何が起きたかを突かない。

肯定も否定もしない。

七神直人という人間は、そういう人間だ。

「ってなわけで! ほらほら、いい加減その袋を開けてみろって」

「ああ……」

パンと手打ちをして、モヤモヤとした空気をかき消した七神は、俺の手元の紙袋の開封を促す。

何を持ってきたのかは分からないが、七神が俺と一緒に遊ぶために持ってきたのだろう。

何だろう、新しいゲームだろうか。

俺は親友の心遣いに感謝しながら、紙袋に手を入れて中身を出した。


《イケナイ女教師と教え子の関係! 露出好きな女教師に逆補習!?》


肌を露出した女性がパッケージされたBDブルーレイディスクだった。

オブラートに包まずに言えば、アダルトビデオだった。

ソフトな言い方をすれば、エッチなビデオだった。

中二病的に言えば、色欲を封印されし円盤アスモデウスだった。

「……」

「引きこもって色々溜まってるだろ? それ、全部やるよ」

ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた七神は、拳を作った右手を上下に揺らす。揺らすなよ。

「いや、要らねえよ」

俺はBDを紙袋に戻して、七神に突き返す。

「はっ? なんでだよ?」

「間に合ってるから」

「んだよ、彼女がいるからってもう色々とエロエロには困らないって?」

「そういうわけじゃなくて――」

正直に言えば、嬉しい。

俺も男だ。こういうBDが必要な年頃だし、無碍にする理由はない。

だけど、残念ながらというべきか。

我が家には、BDを再生する媒体がリビングにしかない。

つまり家族がいない間を見計らって、暇を見つけて観なければならないという高いハードルがある。

それは生殺しだ。生き地獄だ。

パッケージの裏を見て、想像するのを楽しむくらいしか余裕がないのであれば、ここはあえて受け取らない方がいい。

そう俺が伝えると、七神は「ふむ」と珍しく考えるように腕を組む。

「それなら仕方ないな。……ところで、今日はご両親はいないのか?」

「え? ああ……いつも通り、仕事だよ」

「そうか。これまた話は変わるけど、今はこの家に俺達2人だけだよな?」

「そうだな」

何の確認だろう。

男に「2人だけだね」なんて言われると鳥肌が立つんだけど。

「うん。じゃあ、俺達がゲームをしようとして、間違えてエロいBDを再生してしまったとしても、問題ないわけだよな?」

「――っ!」

その時、俺の頭に衝撃が走る。

俺は顎に手を添えて考える。

「……確かに。問題ない。何の不思議も責任もないな」

「そうだ。俺達はあくまでゲームをしようとしていた。だけど、不運なことに手が滑って成人向けのBDを再生してしまうんだ」

「七神の手が滑ってしまったなら事故だな。それは仕方ないことだ」

うんうんと頷く俺。

七神がテレビ台の近くにあるゲーム機に近づいて、俺に振り返る。

「じゃあ、確認だ。俺達は今からゲームをする。ソフトは対戦格闘ゲームだ。でも、もしかしたら今日俺が持ってきたBDを再生させてしまう可能性があるかもしれない」

「七神さんや。それも所詮は可能性だろ? だけどもしも再生されてしまったら、俺にも七神にも責任はない。でも、あえて再生を止めるのも、意識しているようで恰好が悪い」

「ああ、俺達は河川敷に落ちているエロ本にドキドキする小学生とは違う。《アダルティレベル:鬼》だからな」

《アダルティレベル》ってなんだよ、とはツッコまない。

ここに交わされたのは、紳士の契約。

お互いを信じ、互いの罪と罰を認め合う者。

エロをエリィーと発音し、セックスをユニゾンと呼ぶ紳士の、たった一つの冴えたさりげない会話だ。

七神がゲーム機にディスクを挿入する。

そして、わざとらしく「あっ」と小さな声を上げた。

「あー、しまったー。間違えて俺が持ってきたBDを再生してしまったー」

片言のセリフに、俺は肩をすくめて答える。

「なにしてんだよ、なながみー。でも、改めてディスクを替えるのも面倒だし、別にいいんじゃねー?」

これも棒読み。見事な大根役者である。

「そうだなー。じゃあ、いっかー」

そう言った七神は、俺の座るソファの近くに胡坐を掻く。

チュートリアルと建前は終わった。

さあ、ここからは――大人のハッピータイムだ!



暗いテレビ画面の中央で、最初にすでに見慣れた注意事項と発売元のクレジットが表示される。

そしてゆっくりと、BDのタイトルが続く――。


《魔王に生まれ変わった妹は性欲MAXで、俺のあそこもラグナロク》


……。

………は?

タイトルの意味に理解を奪われ、茫然とする俺を待つことなく、プロローグが始まった。

舞台らしき一軒家が映し出される。そして男性のナレーションが入る。


『むかーしむかーし。世界の全ての男を性奴隷にしようとした魔王が、勇者に敗北した』

「……」

『だが、長い月日を経て魔王の生まれ変わりとして復活した。それが俺の妹だった』

「……」

『そして俺は、魔王の生まれ変わりである妹の野望を阻止するために、毎日セックスするのだった』

「なんでだよ!?」


無骨で味気も生活感もない一室のベッドで、裸で抱き合う若い男女の冒頭シーンに映り変わった瞬間、俺はリモコンの停止ボタンを押した。

「なんだよ、どうした?」

七神が不満げに俺を横眼で見た。いやいやいや。

「導入ナレーションおかしいだろ! なんで日常モノで微妙なファンタジー要素入ってるんだよ!」

「そりゃあ、最近は異世界転生モノが流行ってるからじゃね?」

「異世界転生の設定が雑過ぎだわ!」

「AVなんてそんなもんだろ。いいから、ほら再生を続けろよ」

七神に促され、俺は渋りながらも再生を始める。

画面では前触れも予兆もないくらいに、兄妹らしき2人がお互いの身体を求め始める。


『ああ、お兄ちゃんダメ! そこを責め続けたら私の第七魔力のレヴィアタンが目覚めちゃうー』

『俺の聖なる子種、聖液も力を増してクライマックスバーストしちゃうぜ』

『ああ、ダメだめ! アポカリプスが降臨しちゃうーっ!?』


最早、意味が分からなかった。

確かにエロい。

タガの外れた獣のようにお互いの唇や身体を舐め合いながら、腰を振り続ける描写はまさにアダルトと呼ぶべきものだ。

だけど、どうしても彼らのセリフに思考が奪われ、どうしてもそちらの行為に意識が向かない。

「なあ、七神……。他のBDに変えないか? ほら、さっきの女教師モノとかに」

「あん? なんだよ、兄妹モノってだけで意識してんのか?」

「いや、全然」

兄妹モノって認知のフェーズにさえ行かない。

「まあ、待てよ。もうちょっと観ようぜ。ここからがメッチャエロくなるんだよ!」

「……」

七神がそこまで言うなら、と。

俺は右手にリモコンを持ったまま、じーっとテレビ画面で行われる卑猥な行為に視線を向けた。


『もうイクぜ! 俺のエナジーもリミットオーバーだ!』

『うん! 来て、お兄ちゃん! 魔王の私に愛のフィーバータイムに突入させてぇえええ!』

『行くぞ、俺とお前のフィーバーがぁああああ!』

『うん、うん! フィーバーたーいむ!』


男優の上に跨った女優が大きくのけぞる。

その瞬間、彼らの結合部分が光りだし、画面に桜の花びらが舞った。

そして、謎のナレーションが入る。


『フィーバータイムッ!』


――そこは宇宙だった。

画面が暗転し、先ほどまでベッドの上で抱き合っていた居た2人は、いつの間にか火星の輪の中心でキスをしていた。

「……」

言葉が、出なかった。

何を見ているんだろう、俺は。

何を見せられているんだろう、俺は。

だが、七神は、興奮したようにテレビに視線を釘付けにしている。

何だろう。俺は宇宙人が見るAVでも見ているのだろうか。

流石にエロい気分にもなれず、このまま画面を見ていても思考を異次元に飲み込まれそうなので、ふらふらと視線を室内に泳がせる。

ふと、壁の時計に目が止まった。

気が付けばこの良く分からない兄妹モノのAVを一時間以上見ていたようで、すでに妹が帰宅する時間帯になっていた。

――そろそろAVの再生も止めないとな。

そんなことを考えながら、何気なく背後のリビングのドアに振り返る。


そこには、軽蔑した瞳で俺を見つめる妹が立っていた。


「……」

「……」

無言で見つめあうリアルの兄妹。そしてテレビ画面では宇宙を背景にセックスをする兄妹。

俺は少しだけ言葉を考えて、白い目で俺を見るこのかに、唇を動かして言った。


――このかも一緒に観るか?


音のない言葉をくみ取った彼女は。

声には出さず、唇だけを動かして言った。

――変態。



……その後。

このかが帰宅したことを教えずに、最後まで見終えた七神は若干満足げな顔をして。

「いやー、最高にエロかったな。何度見ても興奮するぜ!」

そう言った七神は、俺に残りのBDが入った紙袋を押し付けて帰って行った。

流石にどうしようもなかったので、自室に持っていき、定番ではあるけれどベッドの下に適当に放置した。

……それから数日後。

部屋の掃除をしている時に流石に邪魔だなと思い、七神に返そうと何気なく紙袋の中を覗いてみると、何故かそこには兄妹モノのAVだけがなかった。

まさかな、と思いながらも確認するのは怖かったので、俺はそのままそっとベッドの下の奥に再び放置した。


家族の性癖ほど、知りたくない情報はない。

私事ですが、7~8月の間の更新が不安定になります。


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