GW特別番外編2:久々野空子と好きなタイプ
私は、付き合うってすごく難しいことだと思う。
好きになった人に、自分を好きになって貰わないといけないんだから。
――これは、一年くらい前の話。
本来ならば、深い深い闇の底――パンドラボックスに仕舞い込んだまま、二度と開けたくない記憶の一片でもある。
私、久々野空子には、尊敬する先輩がいます。
それは同じ中学、同じテニス部の一つ上の先輩、このか先輩です。
このか先輩と知り合ってからまだ半年ほどしか経っておりませんが、まだまだ仲良くなりたいと思っています。
なので、聞いてみました。
「このか先輩って、どんな人がタイプですか?」
「へ?」
休日の部活帰りのファミレスにて。
飲みかけのメロンソーダから口を離したこのか先輩は、キョトンと目を丸くした。
思えば、このか先輩とは部活や学校の話題しかしたことがなく、プライベートなことまではあまりない。
それはきっと、もっとこのか先輩のことを知りたいと思う気持ちとあえて知りたくないという気持ちがあったからなんだと思います。
知らないからこそ、憧れるものがある。
それをきっと、無自覚ながら私は貫き通して来たのだろう。
それでも、ふとこのか先輩という人のことを知りたくなってしまう。
だから私は、この日思い切って聞いてみた。
「なに急に? 空子、好きな人でも出来たの?」
「あ、いえ! そういうわけではないんですけど、あ、でも好きな人はいるっていうか!」
「へ~? 空子、好きな人いるんだ?」
ニヤニヤとこのか先輩が獲物を見つけたライオンのような目つきになる。
うう、しまったなあ。今日は私の恋愛相談をするつもりじゃなかったんだけど……。
……ええい、もう仕方ない!
女、久々野空子! 肉を切らせて骨を断つ! 踏み出した一歩を後ずさるのは、気が引ける!
それなら、遠回りしてでもこのか先輩の好きなタイプを聞き出せばいい!
「ええ、まあ。私、結構背が小さい方じゃほうじゃないですか? だから自分よりすっごく背が高い人が好きなんです。このか先輩はどうですか?」
「私? うーん、私はあまり背は気にしたことがないなあ……」
よし、引っかかった!
こうして、自分の好みを話すフリをして、このか先輩の好みを引き出す。
喩えるならば、『食べたいものある?』と聞いて、『なんでもいい』という会話と同じだ。
何でも良いは、実は何でも良くはない。
実際は食べたいものは決まってはいるけど、一つに決められないという優柔不断が起こすもの。
こういう時は、『じゃあ肉か魚ならどっち?』『和食と洋食なら?』といったように、一つずつ質問という名の提案で答えに導いていく。
つまりは、それと同じ。
「なるほど。あとはそうですね、スポーツが得意な人でしょうか。やっぱり私も運動が好きですから、一緒にはしゃいで動きたいですね。このか先輩は?」
「どっちもかなあ。ずっと引きこもっているのもつまらないし、適度に外に出て遊びたい。そういうのの趣味が合う人が好きかも」
……なんだろう、この違和感。
このか先輩の回答に何一つ不審な所はないのだけれど……。
「あー、やっぱり趣味が合うって大事ですよね。そういう意味だと、やっぱり今の流行の草食系男子ってどう思います? 私はあまり好きじゃないかなー」
「私もあまり好きじゃないかな。あ、でもガツガツ来るのも嫌。適度な距離が一番落ち着くんだと思う」
「ははあ。にゃるほど。ちなみに、私は年上派なんですけど、このか先輩はどっちですか?」
「私も年上かなあ。三つくらい離れてるとちょうどいいかも」
「あー、良いですよね、年上。それでいて、時折子供っぽい所とか見れると、私的にはギャップがあって好きですねえ!」
「うん、それは分かる。一見クールぶってるんだけど、時折靴下に穴が空いてたりして。ダサいんだけど、それが少しだけ可愛かったりしてね」
「……。………」
「ん? どうしたの、空子? 私の顔に何か付いてる?」
どうやら私がじーっと、アマゾン川をバタフライして泳ぐカッパを見るような目で、このか先輩の顔を見ていたのがバレたようで、このか先輩はぺたぺたと自分の頬を触る。うん、可愛い。
「あ、いえいえ。そうでなくて……。なんだか、かなり具体的な好きなタイプだなあ、と」
『バナナとはどういう食べ物か』という質問に対し、私は『黄色い』『甘い』『長い』『エロい』と言っているような適当さに対し。
このか先輩の回答は、『黄色の食べ物』と言われて何を思い浮かべるかという質問に、『バナナ』と答えているような的確さがあった。
それはまるで身近に好きなタイプの人がいるかのような。
いや、どちらかというと。
「――まるで好きな人の特徴を、語っているかのような口ぶりだな……なーんて」
「……あ」
一瞬だけ目を丸くしたこのか先輩は、手元にあったメロンソーダを一気飲みする。
「げぷっ」と可愛らしく飲み干したこのか先輩は、
「別にそういうわけじゃないから」
と言って、席を立ってドリンクバーに行ってしまった。
ふーん、そっか。あの慌てっぷり。このか先輩、好きな人いるんだ。
「でも付き合ってるって感じじゃないもんなあ。片思い? でも、やけにずっと隣で生活しているような雰囲気があったし……」
うむむむ……。このか先輩のことをもっとよく知ろうと思ったのに、まさかさらによく分からなくなるなんてっ。
「ああ、でもやっぱりこのか先輩のことは知りたい! よし、このか先輩が帰ってきたら、もうド直球で聞いちゃおっかな――」
「何を私に聞くって?」
ドンと頭を抱える私の目前に、黒く濁った飲み物が入ったグラスが置かれた。
「……ねえ、空子。ずっと話してて疲れたでしょ? 飲み物持ってきてあげたよ?」
「あ。い、いえ。私、まだ飲み物余ってますから……」
「遠慮しなくていいよ。私スペシャルのミックスジュース。美味しいよ? 兄ちゃんも一度飲んだら、美味しすぎて三日間水以外何も飲めなくなるほどだったから」
「それ、完全に味覚がデストロイするってことじゃないですか!? ヤですよ! この後、季節のパフェ食べるんですから!」
「いいから。飲んで。ね?」
「うう……」
「これ一気飲みしたら、私の好きな人のこと、話してあげるから」
「いただきます!」
――この日の記憶はあまり思い出したくありません。
一つだけ言えることは。
これを飲んだ先駆者である、兄先輩とはいつか一緒に美味しいお酒が飲みたいと思いました。
■このか特製ミックスジュースのレ死ピ。
<材料>
オレンジジュース:適量
メロンソーダ:適量
コーラ:適量
野菜ジュース:適量
コーンポタージュ:適量
コーヒー:適量
アールグレイ:適量
水:適量
醤油:適量
タバスコ:お任せ
塩、こしょう:目をつぶって入れます
その他:色々




