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旧版 何処までも続け  作者: 藍染クロム
第一節 その涙の理由は
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1節5項 魔石狩り その3

 魔石狩り三日目。


「おいこら待て!」


 彼女は家の前をパタパタと逃げ回る。


「せめて剣は置いていけ!」


「何してんだオマエラ」


 本当だよ。しずくは、魔石狩りに必要な道具類を全部持って走り回っていた。


 立ち止まり、ため息をつく。


「そんなに俺が戦うのが不安か?」


 彼女がピタと止まった。


「いや、ミミズが嫌なだけだけど……」


「紛らわしいわ」


「あー、昨日の頭の怪我が痛むなー。これはもう今日は休んだ方がいいかもなー」


「そうか。一人で行くから休んでていいぞ」


 別に危険な狩りにしずくを連れていく理由はない。むしろ置いていきたい。


「責任取ってフウ君も一緒に休んでくれるなら」


「どういう理屈だ。そして誰が働く」


「疲れたー」


 彼女は手に持ったものを抱え座り込む。


「ほんと自由だなお前」


「ホントに大丈夫なのー?」


 今日は、いよいよミミズの魔物を狩る予定である。

 魔物から採れる魔石の方が純度が高く、価値が高い。地べたに転がる原石を集めるよりは、効率がいい。危険度はもちろん、高くなるが。


「勝算も無いのに誰が挑むかよ」


「ふぅん?」


 実を言えば、魔物との戦闘なんて初経験だ。やってみなければ何とも言えない。


「……私は、何するの?」


 本音を言えば、彼女を危険な場所に近づけたくはない。


「待機」


「それはイヤ」


 だが、こんなところまで付いて来た彼女が、素直に言うことを聞くとも思えない。


「そうだな。じゃあ魔石でも持っててもらうか」


「……それって囮じゃないの?」


 それもそうだ。魔物は魔石をかぎつけて寄って来ているのは間違いなかった。


「ぜんぜんちがうよ」


「どう違うの?」


「ぜんぜんちがうよ」


 ダッと彼女は再び走り出す


「待ちやがれ!」



 *



 出発前に予定外の消耗はあったが、いつもの狩場に着く。


「……」


 魔石を小山にして積み上げ、現れるのを待っていた。戦いやすいよう、平地が多い所に居る。


 ちらりと後ろに目を遣ると、しずくはさらに高い所でここら一帯を見回している。彼女には警戒と索敵を頼んでいる。戦闘中は絶対にこっちに来るなとも言い含めた。

 目が合うと、笑顔で小さく手を振ってくる。


「……」 


 集中しろ集中。


 餌を準備してから、しばらく経った。


 ポロっと、一つの魔石が、小山から転がり落ちる、その瞬間。


 地面から柱が突き出た。ぱらぱらと砂が飛び散り、土煙が徐々に晴れ、巨体が重力に引かれ、ゆっくりと傾いていく。

 魔石の山は丸ごと飲み込まれていた。


 ミミズの魔物が現れた。鋭利な牙が不気味に蠢く。

 

 現れたのは一匹だ、丁度いい。


 岩陰から飛び出した。先手を取ろうと走って近づこうとすると、その前に、ぐるんと頭部がこちらを向く。こっわ。

 その体を穴から全て出し、蛇の様にとぐろを巻き、鎌首をもたげる。こちらを睨みつけ、ぎちぎちと口器を震わせる。


 そうか。地中を移動するミミズに目は必要ない。けれど、奴はそこの魔石を的確に辿り、ここまで来た。

 恐らくは、竜脈の力を感知する器官があるのだろう。魔力とは、生き物の内に溜まった竜脈の力の事である。俺の魔力もまた感知されているだろう。


 奴は確かにこちらを見据えていた。岩陰に隠れていた時から気づかれていたか。


 奴が勢いよく飛び出し、俺が居た地面に突き刺さる。真横に飛び退いたが、豪快に弾けた地面の破片が体を叩く。そのまま地面に潜り、見えなくなった。


 次に出てくる場所は分かりやすかった。振動の最も大きい場所から出てきたそいつを、飛び散る石つぶてから目を腕でかばいながら、隙間から見える胴体を剣で真っ二つに切り裂いた。


 キィィィィィィィィァアアアアアアア!!!


 金切声のような、喘鳴のような音を立て、ミミズはのたうち回る。……両断した二つの体の、両方ともが。

 俺の知識では、ミミズの心臓は七つ、もしくはそれ以上。真っ二つに切ったくらいじゃ死んでくれないのか。


 やがて頭が付いた方が体勢を立て直し、苛立たしげにもこちらを向いた。もう片方は力なく地面に横たわっている。


 と、しかしどうも様子がおかしい。奴は、何をするでもなくこちらを睨んでいた。


 なんだ?不用意に近づいて斬られることを警戒してる?


 ……カタカタの奴の近くの石が震えている。地面が揺れている……奴の増援?……いや待て!

 

 咄嗟に近くの岩陰へと身を投げ打った。隠れる直前に見えたのは、そいつの周りの石が空中に浮かび、掻き消え——


 ッガガガガガガガガガガガガガガガ!!!


 石の弾丸が降りそそぐ。石は砕け、地面を削り、何もかもを平らにならしていく。

 

 なるほど、人が魔法を使えるならば、人以外が魔法を使えない道理はない。あれはこの地の竜脈の力、その魔法。見たところ、“遠隔の引力”といった所か。 


 これで、戦況は一気に悪化した。これでは迂闊に近づけないし、かといって離れれば撃たれ放題だ。

 こちらは遠隔攻撃の手段がない、だから近づかなきゃいけないのに、奴の攻撃を防ぎながら近づく手立てはない。

 こうして今思考している間にも、背を預けている岩はどんどん削れていく。じきに削り切られ、そうなれば俺の身を守るものは何も……。


 何か、何か手は……。

 と、その時。


「こっちだミミズやろう!!」


 聞きなれた声が響いた。

 っ信じられない!しずくが岩陰を飛び出し、身を晒し、声を張り上げていた。ミミズがそちらを向き、岩の雨が止む。


 何してんだあのバカっ!!!


 奴の周りに石が集まる。彼女はまだ退かない。奴は着実にしずくに狙いを定め、そして。


 切り裂き、頭がごとりと落ちた。


「はぁ……はぁ……っ!」


 続いて胴体が、轟音を立てて崩れ落ちる。脳……があるかは知らないが、どうやら頭を切り離せばミミズは死ぬらしい。

 頭を切り離したそいつは、しばらく胴体だけがのたうち回り、やがて動きが止まる。


 はぁ、はぁ、心臓が痛い。瞬間的に激しく動き過ぎたせいか。


「おぉ、やったねフウく——」


「バカ野郎っ!!」


「わっ」


 思いのほか大声が出て、彼女はびくりと体を震わせる。


「何考えてんだ!」


「何って、注意を引き——」


「出てくるなって言ったろ!」


 彼女がむっと顔をしかめる。


「……私だって!無茶するなって言った!」


 負けじと、彼女が声を上げた。


「あのままだったらフウ君は危なかった!」


「俺はいいんだよ!!」


「良くない!!」


「俺は覚悟して来てんだ!!」


「私だって!!」


「お前が危険な目に合う必要はない!!」


「そんな——!!」



「こんなところで口喧嘩とは、またずいぶん余裕ダナ」



 いつの間にか、そこにガルナが立っていた。


「頭を冷やせ。喧嘩するなら帰ってやれ。こいつはオイラが処理する」


「……」


 そのまま、一言も言葉を交わさないまま、家へと帰り着いた。



 *



 荒れた足音が扉へと向かっていく。


「……どこに行くつもりだ」


「お風呂」


「一人で行くな。危ない」


 腰を上げようとすると、


「付いてくんな!バカ!過保護!変態!」


 ……変態じゃないし。


 バァンと、荒々しく扉は閉められる。


 途端に静寂が戻る。痛いくらいに。


 失敗した。


「はぁ……」


 なぜ俺は、あんなにも感情的に怒鳴ってしまったのだろうか。彼女を思って行動してくれた。危ない状況だった。彼女も、俺も。


「はぁ……」


 ため息が零れる。


 嫌われた、だろうか。


 何もない虚空を見つめる。思考がぐるぐると蟠る。世界が灰色に濁っていく。


 ただ彼女を守りたかった。何に代えても、この身を犠牲にしても、俺が守るべきだと考えていた。そしてその通りに行動した。


 彼女が怒ったのは何故だったか。


 彼女は、俺が彼女の無茶を咎めた事に、俺が無茶をしたことに怒った。


 俺のことを“過保護”と彼女は言った。つまり、そうか。


 彼女は、一方的に守られることを嫌ったのだ。


 思えばこの連日、彼女はミミズを嫌い楽をしたがる一方で、俺が魔石狩りに行くと言うと必ず付いてきた。そして、自分は何をするのだと聞いてきた。


 魔物狩りに行くのを嫌がったのは、彼女がそこで出来ることが少ないと考えていたから。

 暇が在れば魔本を眺め、何も読み取れない筈なのに何度も開いていたのは、好奇心によるものではなかった。

 自分に与えられたのなら使えるはずだと、それが俺たちの役に立つものになればと信じていたからだ。


 旅に出るときに何も言わなかったのも、彼女を危険な旅路には連れていけないと考えたから。彼女は気付いたのだろうか。


 彼女はずっと、俺の力になりたがっていたのだ。俺はそれに気づかず、ただ一方的な願望を押し付けていた。


 守られるだけというのは、そんなに嫌な事だっただろうか。いつも流されるままの彼女であったから、ただ守られるだけの立場にあっても、何の気兼ねもなくそこに居続けると思った。

 今回の行動は、そんな彼女には似合わない……いや、意外な振る舞いであった。


 ともあれ、俺は一方的な保護を押し付け、彼女はそれを撥ねつけた。


 ただ彼女を守りたいという俺の思いは、間違っていただろうか。


 彼女の言葉が頭の中で反響し、濁り、思考のほどけないまま、ただ時間だけが過ぎていった。


 どれだけの間、そうしていただろうか。


 ギイィと扉が開き、意識が浮上する。


 顔を背け、何を言おうか迷いながら、そして口にした。


「……遅かったな」


「あぁ。ついでに何匹か狩ってきタ」


 振り返ると、期待していた顔では無かった。

 なんだ、ガルナか。


「ちょっと待ってロ。夕飯の前にこれを洗って——」


 ……夕飯?待て、今は何時だ?窓の外を見る。既に暗くなり始めている。彼女が出て行ったのはいつだ?


「そういえば、しずくはどうしタ?」


「様子を見てくる!」


「あ、オイ!」


 幸い、装備はそのままだった。扉を跳ねのけ飛び出す。一目散に駆けていく。



 彼女が向かうと言っていた水場に、彼女の姿はなかった。


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