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91 長距離行軍訓練 歩調を合わせて

 夕陽がゆっくりと沈んでいく。

 行軍訓練、最後の夜がもうすぐ始まる。

 本来なら、そろそろ野営に適した場所を探す頃だ。


 レオナルドたちは、ようやく魔獣の密集する区域を抜け出した。

 ここまでの進軍速度は、想定を上回っていた。


 静かに、しかし素早く。

 その動きが功を奏し、魔獣との交戦は少なかった。

 またレオナルドの参戦により、戦闘は格段に短く終わった。

「剣を軽く振るうくらい」という言葉通り、魔術は使っていない。

 それでも、戦闘を終えるまでの速さが違った。


「レオナルド、お前なんで、息一つ乱してないんだよ」


 レオナルドの余裕に、サントスは思わず引いた。


「この四日間、楽をしてきたからな」


 おそらく、自分が班の戦闘に加わらなかったことを指しているのだろう。

 だが、皆知っている。

 大型の魔獣こそ狩ってはいないが、自分の食糧を得るために、レオナルドは一人で狩りをしていた。


「コイツ、何言ってんだ」という視線を浴びながら、レオナルドは「このくらいか」と力の加減を計算していた。


 今回、自分はある種の特別扱いを受けている。

 そのため、それに見合うだけの能力差を、班員たちに示さねばならなかった。

 同時に、出過ぎてもいけない。

 教官の指示に従うという意味で、そして、生徒たちから浮き過ぎないという意味で。


 浮くかどうかで言えば、レオナルドはすでに浮いている。

 だが、問題は“浮き過ぎる”ことと“浮き方”だ。

 “化け物”扱いされ、遠巻きにされるのは困る。


 良好な人間関係の構築には、ある程度の配慮が必要だ。

 そのためレオナルドは――クラウスと二人きりのときを除いて――常に「どう見られるか」を計算しながら生活してきた。


 それは侯爵令息として、そして軍人学校の学生として、彼にとって“当然”のことだった。


「ほら、足を止めるな。もう少し進むんだろう? 班長」


「くっそ、話ずらしやがった! ……進むんだよな、班長」


 サントスの反応を見て、レオナルドは「ほう」と思った。

 訓練前よりも砕けてきている。

 元々は気だるげな雰囲気で、周囲を気にかけるような男ではなかった。

 こんなふうに切り返してくるのを、レオナルドは初めて見た。

 もしかすると、他クラスにいる幼馴染の前ではこうなのかもしれない。


 距離が縮んできている。

 自分とも、他の班員とも。


 こういった要素も、教官たちの狙いなのだろうか。

 そう考えると、この班分けはなかなか大変だったのではないか。


 各員に課題を与え、同時に、普段距離のある者同士が近しくなるきっかけを作る。


 レオナルドは当然のように、教官側の立場で物を考えていた。


「進むさ。でなきゃ、明日の規定時刻に間に合わない」


 即断即決。

 訓練開始時には見られなかった行動だ。

 班長のテオドールもまた、成長の兆しを見せている。

 そのことに、レオナルドは感心した。


 スタート地点を出立したときに立てた予定よりも、朝早くから日が暮れる時間までの行軍。

 好ましい旅程ではないが、無謀でもない。


「戦力が残ってると、こうも違うんだな」


 テオドールの呆れ混じりの言葉だ。

 彼らはここまで、本来十二人で行うべき旅程を十一人で進んできたのだ。無理もない。


 レオナルドとしては、教官に言われた「一班員として動け」という言葉を、『立場を超えた意見は出さない。しかし班長の指示があれば戦っても問題ない』と解釈していた。


 もちろん、『班員の成長機会を奪うな』という意図を確認しているため、適度にしか力を振るわないつもりではあった。

 だが、サントスが提案するまで、テオドールから戦闘指示は出なかった。


 指示が出ないなら、混ざらない。

 混ざらないなら、個人で活動する。

 それだけのこと。


 敢えて指摘はしなかった。

 この訓練において、一人欠けるという事柄は大きな負荷だ。

 そしてこの負荷は、成長の種となる。


 彼の行動はある種、レオナルドらしいものだった。


 ――彼らは、考えすぎたのだ。

 クラウスなら、「班長みたいに指示出しちゃダメってだけだろ?」と、何も気にせずレオナルドを戦闘や斥候に加えたに違いない。


 何はともあれ、この班は漸く、十二人での訓練を行えている。


 背中を任せられる仲間がいる。

 それは彼らの心に、わずかな余裕を与えていた。


 隙ではない。警戒は保たれている。

 だからこそ、ここまで魔獣と相対することが少なく済んでいるのだ。


「魔獣の多く生息する道は抜け出したが、この辺りも全く魔獣が出ないというわけじゃない。警戒は解くなよ」


 テオドールの言葉に、全員が頷く。


 陽が樹々の影を長く伸ばす中、彼らはまた一歩踏み出した。

次回のタイトルは、「夜襲」です。

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