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83 長距離行軍訓練 十一人と一人

 ケイランは考えた。


 レオナルドならどうするか。

 上下関係を叩き込み、誰に従わねばならないかを魂の底から教え込むだろう。


 クラウスならどうするか。

 相手と話し合い、気持ちを聞き、自分の思いを伝える。丁寧に、時間をかけて向き合うはずだ。


 だが、それは二人に圧倒的な“力”があるからできることだった。

 傅かせるだけの“身分”が、“武力”があるからこそ成り立つ。


 では、自分とダリオはどうか。

 剣の腕では自分の方が上だ。

 座学の成績でも自分が勝っている。


 しかし、それがどうした。

 実際の部隊で真に求められるのは、圧倒的にダリオだ。

 ダリオは貴族であり、魔術という力を扱えるから。


 だからこそケイランは、忠実に役割を全うしようと決めた。


 身分でも強さでも、将来的な価値でも彼と自分を比べることはできない。

 だが、軍の内部ではそれは関係ない。

 そのときその瞬間に優先されるのは、与えられた立場であり、役割だ。


 そして今、自分は“班”という集団に対し、“副班長”という役割を負っている。

 学校から与えられたその立場こそが、この訓練の中では絶対的にケイランが“上”であることを示していた。


 卒業した後も、自分の立ち位置によっては貴族を部下に持つことがあるだろう。

 同年代ではどうなるかわからないが、下の世代であれば自分のもとへ配属される者もいるだろう。

 実地演習で出会ったコルペン軍曹のように、貴族を含む生徒を指導する立場になる可能性もある。


 そのとき、どうするか。

 まず、軍における上下とは何かを、役職の意味を教え込む。

 そしてその立場に足るだけの能力を発揮する。

 役割を全うする。


 それが、自分の答えだ。


 今、この訓練の中では、その答えが正しい。

 そして、自分にはそれができる。

 ――それを示す。


 ダリオの反抗で、ケイランは腹を括った。


 副班長である自分が気にかけるべきは、班長の様子と班員の様子、両方だ。

 班長に迷いがあればそれを支え、班長より班員に近い立場として彼らの衝突を宥め、疲労や負担の度合いを把握する。

 また、万が一班長が不慮の事故で脱落したときには、即座に指揮を引き継がねばならない。


 ――まったく、胃を痛めそうな課題だ。


 ケイランはひしひしと重圧を感じながらも、それを成せると評価されていることに、僅かに口元を緩めた。



 一方その頃、クラウスはというと――既に胃を痛くさせていた。


 いや、クラウスは身体が頑丈だ。

 多少腐ったものを食べようと、いくらストレスがかかろうと、胃にダメージは受けない。

 だが、「みんながよく言う『胃が痛い』というのは、こんな気持ちを指すに違いない」と思っていた。


 クラウスの班は、他の班と比べて個人の武力が低い者が集まっていた。そしてそれを、本人たちも自覚していた。

 魔獣に相対するたびに緊張が走る。

 クラウスからは、過度に力が入っているように見えた。


 しかしクラウスはそれを伝えられない。気配を消せと言われているからだ。

 どの範囲で気配を消せばいいのか、どのくらい班員を助けていいのか分からず、クラウスは一人黙って皆に着いていった。


 班員たちは、その気配の薄さに驚かされていた。

 一学年の頃は、クラウスが居るだけで魔獣が寄り付かなかった。それがいまや、すぐそばにいる自分たちでさえ、その巨体の存在を忘れそうになるほどだ。

 静かに自然へ溶け込み、足音も立てずに歩む姿は、人というよりも獣のようだった。


 クラウスが口を開かず、戦闘にも加わらないことで、班員たちの緊張は次第に増していった。

 おそらく、どこかに甘えがあったのだ。


 ――クラウスがいるのだから、そうそう魔獣には遭わないだろう。

 ――「助けるな」と言われていても、危険な魔獣が出れば、どうせクラウスが戦ってくれるだろう。


 そんな思いが心の底にあった。


 けれどクラウスは、誰よりも薄い気配で、ただ着いてくるだけだ。

 先ほど魔獣の群れを相手取ったときも、少し離れた場所でじっと動かずにいた。

 その姿に、ゾクリとした。心の奥にあった「なんとかなる」という甘えが、一気にかき消された。


 本来十二人が挑むべき訓練に、十一人で臨む。

 そう思えば、身体に力が入るのも無理はなかった。


 ここまでの行程で、班員たちは「クラウスは自分たちを助けない」のだと感じていた。

 だがクラウスにしてみれば、いざとなれば手を貸すつもりでいた。


 ここまで戦闘に加わらなかったのは、単純に「皆なら勝てる」と判断していたからだ。

 そして実際に、班員たちはしっかりと魔獣を狩ってきた。

 ただ、緊張からか、いつもより疲労が色濃く見えるのも事実だった。


 自分も手を貸したい、声をかけたい。

 クラウスはそんなふうにむずむずしていた。


 けれど教官には気配を消せと命じられている。

 さらにレオナルドからは、その意味――班員たちが自分の力で戦い、自分の頭で考え、「連携さえ取れれば訓練を乗り切れる」と気付く機会を奪うな――と念を押されていた。

 だからクラウスにできるのは、じっと見守ることだけだった。


 ――遠くから、雨の匂いがする。

 スン、と空の匂いを嗅ぎ、クラウスは「明日は昼を過ぎた頃、土砂降りになるだろう」と思った。

 だけども、それを口にすることはない。



 本来十二人で挑むべき訓練に、十一人と一人。

 その構図の中で、班員たちは力を試され、クラウスもまた、静かに彼の役割を果たしていた。

次回のタイトルは、「自制の価値」です。

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