82 長距離行軍訓練 果たすべきこと
「それぞれが抱える課題と向き合えるように、班を編成した」
訓練の説明を始めたとき、教官はそう告げた。
ピンと来なかった生徒たちも、その後に続いた説明で次第に意味を理解していく。
「たとえば、レオナルド学生。君は今回“班長”ではなく“一班員”だ。班長の決断が適切でなかろうと、班員の動きに問題があろうと、一班員の立場から出過ぎるな」
「はっ! ……確認ですが、それは“分を弁えろ”という意味でしょうか。それとも“班員の成長の機会を奪うな”という意味でしょうか」
「成長の機会を奪う」とは、なかなかの言い回しだ。
ケイランは「レオナルドらしいな」と苦笑した。
『一班員の立場から出過ぎるな』という言葉が、『レオナルドを軽んじていい』と受け取られないようにしたのだろう。
「班長の命令なんだから従え」
そんなふうに無茶や理不尽を押し付けられるかもしれない。
懸念があるのならば、事前に潰す。――レオナルド・シュヴァリエとは、そういう男だ。
教官はレオナルドの問いかけに、一瞬だけ頬を引きつらせたが、すぐに「後者だ」と返した。
「前者だ」と答えてしまえば、それこそ班員の成長機会を奪いかねない。
なにしろ、レオナルドの班にとって最も楽な修了方法は「すべてをレオナルドに任せること」なのだから。
「はっ! 承知しました!」
その返事を聞き、ケイランは思う。
これでレオナルドの班は、実質十一人で訓練に挑むようなものだ、と。
レオナルドは十一人分の重石を背負い、残りの面々は約一名を頼れなくなる。
むしろその一名は、気持ちの上では教官と同等の監視役に思えるだろう。
もちろん、大きな問題があれば話は別だ。レオナルドも“一班員”の立場を踏み越えない程度に、それとなく助言はするはずだ。
――ケイランの脳裏に浮かんだのは、「面倒だな」と顔を顰めるレオナルドの姿だった。
「次に、クラウス学生。君はできるだけ気配を消して行動しなさい」
「はっ! ……すみません、どういう意味ですか?」
その返答に、生徒たちは思わず笑いかける。
訓練歴が浅い頃なら、吹き出していただろう。だが軍人学校で『軍人らしい態度』を身につけた今は、腹筋で笑いを堪えられる。
「君が普通に行動すると、魔獣が逃げるだろう。それでは訓練にならない。加えて、余裕があるからといって班員の荷物を持つような真似もするな」
「はっ!」
ケイランは「なるほど」と心の中で頷いた。
レオナルドの班と同じく、クラウスの班も――クラウスに任せれば簡単に訓練を終えられてしまう。
しかもクラウスなら、レオナルドと違って本当に班員の荷物まで持ちかねない。
いや、それどころか班員ごと担いで山を越える姿まで、ケイランには容易に想像できた。
クラウスの班もまた、実質十一人で訓練に挑むことになる。
班分けはまだ発表されていないが、できれば彼らの班を避けたいと考える生徒は多いに違いない。
「他の学生諸君も、今回の訓練で各々の課題を見つけ、それに対処しなさい。以上」
わざわざクラウスとレオナルドを例に挙げたのは、それが周囲への課題にもなるからだ。
もし彼らと同じ班になれば、自然とクラウスやレオナルドに頼ってしまう。役割など関係なく、班は彼らを中心に動いてしまったはずだ。
今回の課題について、レオナルドは苛立ちを抱えつつもうまくやるだろう。一方で、クラウスはきっと苦労する。
ケイランは、四泊五日ずっと気配を消しながら、級友を助けてやれず困った顔をするクラウスを想像する。
……それに比べれば、自分の課題はまだまだマシだ。
ケイランは意識を今に引き戻し、口を開いた。
「副班長の立場からすると、この班には偵察があった方がいい。俺たちは、十二人中一人も脱落なくこの課題をクリアしなければならない。進路の環境を把握することは、班のリスク管理としても、今後の班員の体力配分を考えるうえでも必要だ」
ケイランは『班』であることを強調した。
ここにいる十二名は、共にこの関門を突破しなければならない。
誰にとっても――ダリオにとっても、「班員全員でのクリア」は評価に関わる。
だから、先ほど不満を口にしたダリオも頷かざるを得ない。そもそも知っているのだ。班にとってはそれが最善だと。
苛立ちを解くことはできないが、それは今でなくてもいい。
――まずは“副班長”の役目を果たす。
ケイランはフゥと息を吐き、そう決めた。
次回のタイトルは、「十一人と一人」です。




