表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/102

78 レオナルドの帰省 友が語る輪郭

 クラウスは、たしかに「伯爵家の落ちこぼれ」ではあるが、それは主に勉学ができないことや言葉を知らないこと、感情がすぐ表に出ることに対してであり、礼儀作法は習得していた。

 それは、見て覚えるものだからだ。


 そのため、挨拶の動作も食事の所作も綺麗だった。野生的な顔立ちに似合わぬほど、洗練されていた。

 高位貴族のシュヴァリエ侯爵家でも、眉を顰められることはなかった。


 だが口を開くと貴族らしくない。

 敬語は使う。可能な限り使う。言葉を知らないが、それでも分かる範囲で使う。

 しかし迂遠な物言いはできないし、しない。

 レオナルドの家族と食事をした時も、直接的に、楽しそうに、レオナルドとの学生生活を語った。


 クラウスの表情や話し方は裏など感じさせず、とにかくレオナルドを好意的に想い、親しくしていることがわかった。

 彼の言葉からは、レオナルドの素顔が零れ落ちていた。


「どこそこで何を食べました」

「レオナルドも気に入っていました」

「おいしかったよな」


 クラウスの語るレオナルドには、侯爵家次男としての顔など関係なかった。

 さすがに殴り合いの喧嘩などは伏せたものの、それ以外は当たり前のように、日常の“レオナルド”を語った。


「レオナルドは頭がいい」

「たぶん軍人学校で一番頭がいい」

「いつも勉強を教えてもらってる」

「テスト前にノートも作ってくれる」


 レオナルドの家族は、前半の二つは「そうか」と頷いたが、後半の二つは「レオナルドはそんなに面倒見が良かったのか」と驚いた。

 クラウスとはそれほどまでに親しいのだな、と好意的に受け取った。


「レオナルドの魔術はすごい」

「体術も優れている」

「自分と一緒に訓練できるのはレオナルドだけ」

「レオナルドはものすごく強い」


 これも、先の二つはレオナルドの努力や能力を知っている家族は「そうか」と頷いた。

 しかし後の二つは友としての気遣いだと感じ、クラウスはいい子だなと受け取った。

 まさかレオナルドが常軌を逸した鍛え方をした末に、学内最強のクラウスと拳で語り合っているとは思いもしなかった。


 レオナルドは、クラウスが家族と話す間は基本的に「侯爵家次男」であった。

 だがときに眉を寄せ、小さく素の笑顔を見せた。

 その一瞬の「ただのレオナルド」の表情に、アレクシスもマーサも驚き、そして嬉しく思った。


 この訪問時、シュヴァリエ侯爵家の食事などはクラウスに合わせたものだった。

 レオナルドが事前にクラウスの情報を送ったからだ。

 そして、久しぶりに帰って来るレオナルドの好みを、誰も知らなかったからだ。

 ……「好み」を知らなかったというより、「好き嫌いがあること自体」を知らなかった、の方が正しいのかもしれない。


 レオナルド自身でさえ、自分に好き嫌いがあることを知らなかった。

 対外的に親しみやすさを産むため、多少の設定はあった。

 侯爵領の名産や相手の家の名産、褒めるべき食材と調理法、他領が力を入れている産業に対し好意的に口を開いた。

 だがそれは彼自身の嗜好ではなく、家のために整えられたものだった。


 故にレオナルドの家族は、シュヴァリエ侯爵家の使用人は、「レオナルド」を知らない。


 けれどクラウスは、侯爵家で何かを食べたとき、何かを見たとき、「レオナルドが好きなやつだ」と躊躇いなく口に出した。

 レオナルドの趣味と異なるものを食べたり見たりすると、キョトンとすることもあった。


 趣味と異なると言っても、レオナルドがそれを苦手としているというわけではない。

 そもそも、彼に“苦手”なものはない。

 なんでも食べられる必要があり、どんなときも笑顔を浮かべるためには、苦手な食べ物は必要がない。

 暗所や高所、虫や蛇など、一般的に苦手とする者が多い物事についても、怯えることはない。いつどこにおいても冷静に物事を判断するためには、そんな“苦手”は必要なかった。


 だけど、好きな物はあった。……いや、自分にそれがあることを、クラウスと過ごし知った。

 そのように心が動いていたのだと知った。

 食べ物に、その質や調理手法に対する評価ではなく、「おいしい」と感じていたことを知った。

 小物や装飾品に、流行りや格式だけでなく「気に入った」と感じていたことを知った。


 クラウスは一緒に生活する中で時たま、「へぇ、レオナルドはそれが好きなんだな」と言った。

 特に何も考えずに言った。

 それによりレオナルドは、「自分はおいしいと感じていたのか」「これを好ましく思っているのか」と自らの心の揺れに気付いた。


 レオナルドはクラウスの言葉で、「ただのレオナルド」の形を見つけていった。


 それは、侯爵家次男としては負担になるのかもしれない。

 心を揺らすというのは、負荷がかかるということでもある。

 知らない方が、逐一心を動かすことなく、迷いなく最適な言動ができた。


 だけどレオナルドは、クラウスに出会い、自分の輪郭を知り、形を見つけていってしまった。

次回のタイトルは、「次の約束」です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ