76 レオナルドの帰省 自由な旅路
シュヴァリエ侯爵領までの道のりを、クラウスは存分に楽しんだ。
冬に馬での移動と聞けば本来寒いと思いそうなものだが、クラウスは代謝がよく寒さなど感じない。レオナルドもまた、適宜魔術で周囲の気温を調整していた。
ちなみにクラウスが人生で一番「寒い」と感じたのは、レオナルドを本気で怒らせたときだ。このときは完全にクラウスが悪かった。レオナルドが叱りながら物理的にも冷気を垂れ流し、クラウスは心身ともにぶるぶると震えたのだった。
それに比べれば、今の風は温かいとすら言えた。
心地よい風に背を押されるように、クラウスは思い切り馬を走らせた。
だが途中、レオナルドに「お前の重さで本気を出すのは馬が可哀想だからやめろ」と叱られてしまい、そこからは適度に駆けるだけにした。
クラウスの体重は十五歳にしてすでにかなり重かった。
アイゼンハルト伯爵家の馬であれば多少の無理もきくだろうが、今回はレオナルドの家の馬なので、クラウスは素直に言うことを聞いた。
ちなみに軍人学校を卒業する十八歳の頃には、ゆうに百キロムを超えていた。
もしこれが卒業後の旅だったなら、レオナルドは「お前の馬はアイゼンハルト伯爵家から出せ」と言っただろう。
今回クラウスを乗せたのは、レオナルドの家の馬の中でも特に元気な一頭だった。十五歳のクラウスを背に、その馬は楽しそうに走った。
クラウスは魔獣や小型の動物、そして人間からは恐れられるが、それ以外の生き物には好かれる性質だった。
魔獣に対しては討伐のために向かい合う。故に魔獣は、クラウスという圧倒的強者に恐怖する。
小型の動物に対しては「潰してしまわないだろうか」と心配しながら近寄る。その緊張が伝わり、小動物は彼から逃げてしまう。
だが馬とは実家にいた頃からよく戯れていたため、「壊してしまわないか」と心配することもなく、馬もまたクラウスが優しい人物だとすぐに理解し、たちまち意気投合した。
馬があまりにも楽しそうだったので、レオナルドは、「獣同士、馬とクラウスは通じ合うものでもあるのだろうか」とぼんやり考えていた。
王都を出て半日も経つと、街道沿いの景色は一変していた。冬枯れの草原が広がり、遠くには雪化粧した山並みが連なっている。
昨年馬車で通り過ぎたとき、レオナルドはこの光景に特別な感想を抱かなかった。
それをクラウスが逐一「夏は緑が絨毯みたいになってるのかな」「山が白くなってて綺麗だ」などと言うから、一つ一つの色が鮮明に見えた。
つまるところ、レオナルドにとっても、風を感じながらの旅は心地よかったのだ。
馬車の中で進めるはずだった課題には手をつけられなかったが、存分にリフレッシュできていた。
いついかなるときも学び、考え、訓練し、社交するといった“積み重ねの日々”を送ってきた彼にとって、「ただ楽しむだけの時間」は新鮮だった。
クラウスに時折り「行くのはそっちじゃない」「速く走りすぎるな」とツッコミを入れながらも、自然と笑みがこぼれていた。
もし一人で馬車で移動していたなら、途中で宿を取っただろう。レオナルド・シュヴァリエの格に見合う宿を。また、護衛もつけたはずだ。
軍人学校に通っており腕は立つとはいえ、彼はまだ学生だ。つまり肩書きは「侯爵家次男」であり、そのように帰らねばならない。
けれど今回の旅路では、お供もつけず、クラウスと二人だけで自由気ままに帰った。
叱る者が居れば、「せめて護衛をつけるべきだ」と言われただろう。しかしクラウスを連れて侯爵領に向かうとき、それを口にする者はいなかった。そもそも誰もが「レオナルドは“侯爵家次男”として正しい方法で移動する」と考えていたからだ。
宿も取らず野営し、友と二人だけで軍人学校から侯爵領へ向かう。
本来なら絶対に選ばない旅程だが、クラウスとの旅路となれば、それを当たり前のように選んでいた。
この時間はクラウスだけでなく、レオナルドにとってもまた、ひどく楽しいものだった。
次回のタイトルは、「“坊ちゃま”の友」です。




