75 レオナルドの帰省 出発の計画
レオナルドはクラウスに託けて何度もアイゼンハルト伯爵家に訪ねていたが、クラウスも、レオナルドの生家・シュヴァリエ侯爵家に遊びに行ったことがある。
レオナルドのそれとは異なり、こちらは正しく、“遊び”に行った。
二学年の冬季長期休暇のことだった。
クラウスはこのとき初めて、レオナルドの故郷シュヴァリエ侯爵領を訪れた。
きっかけは、何気ない雑談の中での、レオナルドのひと言だった。
クラウスはレオナルドに、侯爵領はどんなところかとよく訊いた。レオナルドが生まれ育った場所に興味があったのだ。
家族についても尋ねた。純粋に友人として、思い出話を聞きたかったのである。
これも、レオナルドがクラウスから家族や伯爵家のことを聞き出したときとは異なり、打算のないただ無垢な質問であった。
レオナルドが答えると、クラウスはその言葉から想像を巡らせた。
そんなクラウスに、ある日ふと、レオナルドは「来るか?」と声を訊いた。
クラウスはすぐに「行く!」とキラキラした瞳で答えた。その輝きは、純粋な喜びの色だった。
十五歳の少年らしい、無邪気な期待である。
クラウスの真っ直ぐな瞳に、レオナルドは弱い。
レオナルドは計画的な性格であり、当然のことながら報連相を欠かさない。そのためすぐに家に手紙を送った。
帰省時に学友であるクラウス・アイゼンハルトを連れて帰ること。
滞在する期間。
クラウスの風貌や食の好み。
そのほか、客人を迎えるにあたり必要な情報を、貴族的な挨拶文の後に淡々と書き並べ、実家へと送った。
こうしてクラウスは、レオナルドと共にシュヴァリエの領地を訪れることになった。
クラウス十五歳、レオナルド十六歳の冬のことだった。
レオナルドは、どのように領地に戻るか考えた。
一人でなら迷わず馬車を選んだ。侯爵家次男として相応しい移動手段だ。五日ほどかかるが、その間に学術書を読み、貴族学院へ提出するレポートでもまとめながら、ゆっくりと帰る。
けれど――。
レオナルドがクラウスに視線を向けると、きょとんとした顔を返される。レオナルドはため息をつき、頭を抱えた。
このバカは、そんなに長時間じっと座っていられるだろうか。
レオナルドは知っていた。クラウスの、長く椅子に座っていられない性質を。
授業中も黒板や教科書をろくに見ず、ノートもあまり取らない。視線をきょろきょろ動かし、そわそわと身体を揺らすこともある。
これはクラウスが文字の読み書きを苦手としているせいもあるが、レオナルドはそれを知らない。
座って雑談しているときも、すぐに外へ出たがった。訓練場でも散歩でもいい、とにかく身体を動かしたがる。
落ち着いて長く座っていた姿を見たのは、数えられる程度だ。なお、その「数えられる程度」に、レオナルドが椅子に縛りつけて勉強させていた時間は除く。
最も大人しかったのは、実地演習のとき、レオナルドが眠るための衝立代わりにしたときだろうか。もっとも今にして思えば、あのときのクラウスはいろいろと思い詰めていた。普段とは違う状況だったのだ。
レオナルドは思案し、馬車ではなく馬で帰ることにした。
事前に荷物を送り、自分達は最低限の荷物と共に馬で帰る。馬は、レオナルドの家のものを使えばいい。
それならば、三日ほどで着くだろう。
「休暇初日、早朝に出るぞ。そうすれば三日で着く」
クラウスはぱっと顔を輝かせ、旅の始まりを心待ちにするように頷いた。
次回のタイトルは、「自由な旅路」です。




