74 レオナルド十六歳の誕生日
王国では十六歳で成人となる。
酒が飲め、煙草が吸え、政治的にもある程度の意思決定が認められる。
あと一週間でその日を迎えるレオナルドは、目まぐるしい日々を送っていた。
「またなんかバタバタしてるな」
「もうすぐ成人だからな。祝いへの対応や、父名義で管理していた土地や権利の移管についてで、色々と準備が必要になる」
軍人学校に入学する前から、レオナルドは資産を運用していた。
未成年ゆえに名義は父に置いていたが、成人を機に改める必要がある。実際の運用はレオナルド自身だったとしても、形式上は父からの贈与扱いとなり、複雑な手続きがある。
「まぁ、パーティーを開かないだけマシさ」
そう笑うレオナルドに、クラウスは驚いた。一般的な貴族は、成人するとパーティーを開かなければならないのだろうか。
兄たちもクラウスと同様、軍人学校に入ったまま成人を迎えたため、特段誰かを招いていた記憶はない。
……そういえば、卒業時に配属前の節目として、ごく身内――つまり軍の要人を招き、パーティーをしていた。あれには成人祝いの意味も含まれていたのだろうか。
『我が魂は、軍と共にある』
そのような誓いと共に、乾杯の音頭を取っていた気がする。
クラウスは未成年だったため、その催しでは兄に祝いの言葉を伝えたら、すぐに退席させられた。
準備などには関わっていなかったが、子供心に「大変そうだ」と感じた記憶はある。
なお、クラウスが「自分もそれをしなければならない」と気付くのは、卒業間近になってからだ。
「なんか俺にできることあるか?」
当然ながら成人の準備は手伝えないし、勉強に関してもレオナルドに頼りきりであるので、役に立てることはない。
けれど、ちょっとした雑務なら引き受けられるだろう。
例えば、今週はクラウスとレオナルドが寮の洗濯当番だ。
しかしレオナルドが忙しいのなら、その分をこっそり自分がやってしまってもいい。
あとは寮室の掃除くらいならできるな、とクラウスは考えた。
入学直後は洗濯中に服を破いたり、掃除で物を壊すこともあったが、一年以上経ったいまでは、そんな失敗もたまにしかしない。
「大丈夫だ。……いや、校内を適当に散歩しておいてくれないか? 特に校舎裏とか、人の目につきにくい場所を」
「散歩?」
どういう意味だろうか。
体を動かすことが好きなクラウスは、一人のときは散歩か訓練をしていることが多い。だから、何も手伝うことがないのなら自然とそうするつもりだった。
けれど、なぜわざわざ『散歩をしてほしい』と頼むのか。しかも、場所まで指定して。
クラウスは首を捻った。
「あぁ。このくらいの時期になると、一学年も多少生活に慣れてくる。イジメが生まれて深刻化する前に、抑止の目があることを周知しておきたい。それと、二学年以上が馬鹿をやっていたら、軽く脅しておいてくれ」
レオナルドは七月の宣言通り『軍人学校の変革』を進めていた。
自身に降りかかる理不尽を踏み潰すだけでなく、学生の意識そのものに手をつけようとしている。
その一環として、俺に巡視をさせるのか。
『脅し』という言葉に小さな引っ掛かりを覚えながらも、クラウスは「分かった」と答えた。
早速校内を回ろうとすると、レオナルドが「もう一つある」と呼び止めた。
「もう一つ、なんだ?」
「訓練に付き合ってくれ。こっちに時間を取られる分、負荷を上げたい」
手合わせの本気度を上げたり、レオナルドの筋トレの重しになればいいのだな、とクラウスは理解した。
レオナルドはたまに、クラウスを背中に乗せて腕立てをしたり、肩車してスクワットをする。
クラウスは八十五キロムと、成人男性の平均体重である七十五キロムを十キロム上回っているため、負荷としては十分だ。
あとは、おそらく素振りを見て気づいたことがあれば口を出せばいいのだろう。
クラウスは難しいことは分からないが、違和感があれば指摘することはできる。
「いつもよりぎゅるっとしてる気がする」とか「もっとぐわっとした方が振りやすくないか?」など、レオナルドにしか通じない――たまにレオナルドにも通じない指摘ではあるが、それでも伝えることはできる。
「分かった。いくらでも付き合う」
「残念ながら、いくらでもやるほどの時間がない」
レオナルドの声が本当に残念そうだったので、クラウスは言った。
「できるようになったら、いくらでもやればいいだろ」
その言葉に、レオナルドはふっと笑い、「そうだな」と返した。
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次回からはレオナルドの帰省編が始まります。
タイトルは、「出発の計画」です。




