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71 魔術の勉強 基礎と本質

 アイゼンハルト伯爵家に雇われた家庭教師なら、知識も指導力も、それなりに備えていたはずだ。

 その教師に教えられて理解できなかったというのなら、従来通りの教え方では伝わらないのだろう。


 レオナルドは、そう認識した。


 彼から見て、クラウスの頭は悪くない。

 たしかに勉強から逃げようとすることは多々あるが、怠け者というわけでもない。

 むしろあれは、教えようとするレオナルドや、机に向かい続けることから逃げているように見える。

「あとでやる」と言ったときは、うっかり忘れてさえいなければ、本当にあとでやっている。


 ゆえに、クラウスが魔術の“基礎の基礎”を理解していなかったのは、教え手との相性の問題ではないか――そう結論づけた。


 こいつはきっと、幼い頃から座っているのが苦手だったんだろう。幼いクラウスが逃げ回る姿が容易に想像できる。

 レオナルドは、家庭教師の苦労に思いを馳せた。


 いくつか質疑応答を重ねると、クラウスが本当に“基礎中の基礎”を理解していないことが判明した。

 幼少期に絵本や簡単な教本で教わるような内容から曖昧で、そこから派生した事柄についても、意味を捉えられていない。


 表層だけで「理解できている」と済ませず、自分が本質を掴めていないことを自覚している様子を見て、レオナルドは改めて「こいつは地頭がいい」と感じた。

 実際、本質を理解しないまま、誰かの言葉だけで「分かったつもり」になってしまう者は多い。

 特に魔術のように、理論と実技の両方を兼ね備えた学問では、そうした誤解が生まれやすい。


 だがクラウスは、他人の理解ではなく、自分自身の理解に焦点を当てている。

 レオナルドの質問に対し、「何が分からないか分からない」「それは分かるけど、これがどういう意味か分からない」などと答える――側から見れば眉を顰めそうなその惨状を、レオナルドはむしろ高く評価した。


 レオナルドは考える。

 クラウスの発想の自由さは、もしかすると幼い頃から型にはめられなかったからこそ育まれたものかもしれない、と。


 そして、汎用化された術陣や詠唱を教えることが、クラウスの自由な発想やその才能に制限をかけることになるのではないかと恐れた。


 先ほど書いた術陣や詠唱は、たしかに魔術の基礎だ。

 だが、“基礎”と“本質”は異なる。


 たとえば、数学の公式を学ぶことは、数学への本質的な理解と言えるだろうか。

 それを覚え使えるようになることは、多くの者にとって大切だろう。

 しかし公式など知らずとも結果を導き出せる――それも、公式を使うよりもずっと効率的に導き出せる者に、公式を押し付ける理由はなんだ?

 むしろそうした押し付けは、新しい発見や自由な発想を妨げかねないのではないか。

 そんな危惧を抱いた。


 レオナルド自身は、積み重ねた知識を応用して魔術を使っているにすぎない。

 “天才”ではないのだ。


 クラウスの才能を損なわぬためには、どのように教えればいいだろうか。

 下手に知識を与えてその才能を閉じ込めてしまわぬよう、レオナルドは慎重に語り始める。


「……俺が教えるのは、“俺の理解”だ。それは、お前に合わない可能性もある。だから感覚と合わなければ――しっくりこなければそう言え。無理に飲み込もうとするな」


 レオナルドはクラウスを型にはめたいわけではない。むしろ、その逆だ。

 レオナルドには思いつかない、のびのびとした魔術を、失わせたくはなかった。


「お前がやりたいことは、一般的には難しいとされていることだ。だから、学ぶべきは“一般論”じゃない。形通りの基礎なんか要らない。悪いが、これは忘れてくれ」


 彼は、先ほど書いた紙を無造作に握りつぶす。


「魔力とは何か、そして、魔術陣や詠唱とは何か。そこから始めよう」


 クラウスは、レオナルドを信頼している。

 だからなんの迷いもなく、「頼む」と一言だけ返した。

次回のタイトルは、「構造と意思」です。

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