67 語る未来 怒りのかたち
クラウスは、思考を巡らせる。
レオナルドの性格からして、明日に備えるため、早めに寮室に帰ろうとしたはずだ。
だが、それにしては遅かった。
クラウスの前に現れた時刻から逆算すると、その間に誰かに絡まれたとしか思えない。
何より――レオナルドの手袋が、泥と薄暗い赤で汚れている。
クラウスは知っていた。
この頃には、レオナルドが「バレなければ問題ない」と考えて、絡んできた相手を“対処”するようになったことを。
その方が手早く済み、何より「スッキリする」と思っていることを。
そしてそれが、割と過激な内容であることを。
だって以前、上級生の呼び出しから戻ったとき、靴についた血を落としながら呟いたのだ。――暴力は諸刃の剣だが、諸刃の剣も使いようだ、と。
そして今、レオナルドの手袋の汚れから、現場の凄惨さが容易に想像できた。
故に思った。「あ、キレてるな」と。
クラウスも、軍人学校に入学してから腹の立つことは何度もあった。
自分のことを影で悪く言われるくらいなら、別にいい。
けれど、レオナルドが貶されたり、ちょっかいをかけられたりしたとき。
目の前で誰かが、理不尽に絡まれていたとき。
訓練先で、先輩どころか軍人が、弱い者いじめをしているのを見たとき。
怒ったし、文句も言った。
クラウスは口が立たないし、攻撃性を他人に向けるのが苦手だ。
とっさに出てくるのは「おい」「やめろ」くらいだったが、それでも言った。
クラウスは誰かを守るためなら、口喧嘩という苦手な戦場にも身を投じようとする。
同級生くらいなら、クラウスの登場にビビって日和ることが多かった。
だが、上の立場の者には言い返されることもあった。
そういうとき場が荒れそうになると、いつもレオナルドが間に入って場を収めていた。
そんなふうに、腹が立ったことは、何度もあった。
けれどクラウスの怒りは常に、目の前の光景や理不尽を行った個人に向けられていた。
それは、クラウスが単純で、レオナルドほど視野が広くないことに加え、軍の家で過ごし、様々な軍人を知っていたというのも要因かもしれない。
軍人の中には“良い人”もいれば、“悪いヤツ”もいる。
クラウスは、それを当たり前の現実として受け入れて育った。
だからクラウスは「体制を変えよう」などと考えたことはなかった。
そんな発想すら、浮かばなかった。
「民のため」
「軍の在り方」
レオナルドがそれを「軍の理想」としていることを、クラウスは知っていた。
けれど、その理想を実現するのが、難しいことも知っていた。
軍の名門と呼ばれるアイゼンハルトの人間の前では、皆行儀をよくする。
だから普段の姿を見ることができないし、他にも優先すべきことが多くて現場に手を入れる余裕がない。
そして、理想を理解し体現できる者が居たとしても、出世して現場や民のもとを離れてしまう。
そうした現実を、レオナルドから教わった。
それを考えると、「現場に立てる俺たちが未来を変えよう」というレオナルドの言葉は、なるほど、理にかなってる。
――だが、クラウスは知っている。
レオナルドは“貴族”だ。
少なくともこの時点では、侯爵家次男として“家”のために軍人学校に来ている。
レオナルドが何を大切にしているか、何を優先するのか、クラウスにだって分かっていた。
「軍の理想」のためにレオナルドが動く必要などない。
少なくとも、レオナルドにとって「優先するべきこと」ではないはずだ。
故に――美しい理想は、ただの言い訳だ。
それを大義として、実際には、自分に降りかかる理不尽をすべて踏み潰す気なのだと、クラウスは理解した。
次回の更新は土曜日朝を予定しています。
タイトルは、「震える予感」です。




