66 語る未来 軍人の在り方
七月某日。
夏季短期休暇が明け、クラウスは十日ぶりにレオナルドと顔を合わせた。
この休暇中、クラウスは寮で過ごしていたが、レオナルドは王都にあるシュヴァリエの屋敷に訪れていたのだ。
寮室に戻ったレオナルドは荷物を置くと、真剣な面持ちで「話がある」と告げた。
『なんだろう』と考えながらも、クラウスは大人しく「分かった」と、ベッドに腰をかけた。
レオナルドは座らず、ただ真っ直ぐにクラウスを見つめ、口を開いた。
「軍人学校を、変えよう」
ゆっくりと、クラウスに言い聞かせるように語り始める。
「貴族は、国王陛下に仕える。王国のために生きる」
静かな声音で、言葉を重ねていく。
「王国のために、自らの預かる民を管理する。貴族が平民の上に在るとは、そういうことだ」
それは、自身がそう生きているからこそ語れる、確信に満ちた台詞だった。
「騎士は、自らの主人に仕える」
レオナルドの瞳は真剣そのもので、その想いをクラウスの心の奥底にまで届けようとしていた。
「王族や貴族に跪き、その意を成すために在る。騎士の誇りはそこに在る」
レオナルドは、胸の前に手をやり、拳を固めた。
その仕草は、まるで『この場所に、誇りがある』と語るようだった。
「軍人は、民に仕える」
レオナルドは一度ゆっくりと瞳を閉じ、そして開いた。
彼のライトブルーは、どこまでも澄んでいた。
「“力”を持たぬ民を守るための“力”こそが軍人だ。それこそが、軍人の在り方だ」
まるで一つ一つを刻むように、言葉を置いていく。
「軍のトップは正しく、その理想を体現している」
常からクラウディウスと交流を持つレオナルドだからこそ、それを断言できる。
「いつ何時も『王国の民』のために、自らの地位を、力を、命を使っている。必要とあらば、王にすら刃を向ける。――それが“軍”だ。そうでなければいけない」
その声には、言葉と同じだけの強さが宿っている。
「だが――現場はどうだ。頭が正しくとも、その理想は端まで届いていない」
悔しむように頭を振るレオナルドに合わせて、彼の濃い金髪が揺れる。
「救助に駆けつけた先で、『守ってやったのだから、感謝を示せ』と言う。それだけではない。普段から『俺たちが守ってやっているのだから、丁重に扱われて当然だ』と、民を下に見る者すら居る。“貴族”でもないくせに、同様の敬意を寄越せと求める者たちが、確かに存在している」
憂うように、しかしはっきりと怒りを込めて、語りかける。
「部下や下級生に対して、導くべき相手に対して理不尽を押し付ける。“躾”だと、“勉強”だと言って。だが本当にそうか?」
問いながらも、その声には『違うだろう?』という意思がはっきりと込められていた。
「それが本当に躾や勉強だというのなら、訓練として行われるべきだ。あれはただ、己の悦を満たすための“私刑”だ。“軍人”なんて言葉を使っていても、アイツらは“軍人”の魂を持っていない」
“騎士の誇り”を指したときと同様に、いや、それ以上に強く、レオナルドは胸の前で拳を握り、ぐっと叩きつける。それは、軍人の敬礼の形だった。
「真っ直ぐに、正しく軍人の心を持った者も、ヤツらの考えで歪められてしまう。――俺たちで、『軍の未来』を変えよう」
クラウスに向けられた瞳は、熱く煌めいていた。
……クラウスは、レオナルドの語り口とその瞳から思った。
『あ、これキレてるな』
あまりの怖さに、視線を落とす。
すると――目に入ったのは、泥と薄暗い赤で汚れた手袋。
クラウスの背中には、冷や汗が伝った。
語る未来編からは、また週2更新に戻ります。
こちらは四話程度の予定。
次回のタイトルは、「怒りのかたち」です。




