64 実地演習 後日談
「クラウス、ちょっといいか」
実地演習の街から帰って三日が経った頃。
寮の部屋で、レオナルドはクラウスに声をかけた。
「レオナルド? どうした?」
「アイザックの故郷に弔慰金を送るつもりだ。お前も連名にしてしまって構わないか?」
レオナルドは、軍人学校の友人として、アイザックの両親に弔慰金を送ることにした。手紙も添えるつもりでいる。
軍人学校の演習中に起きた出来事のため、学校側からも遺族に対して給付金が支払われる予定だが、それとは別の話だ。
これは情ではなく、貴族として。貴族とは「持つ者」であり、「持たざる者」に与える義務があるのだ。
「頼む。俺はそういうの気が回らないから、助かる」
「分かった。それと――クラディアン中尉からも手紙をしたためてくれるそうだ」
あの日、レオナルドはクラディアンにそれを頼んだ。
アイザックの遺族へ言葉を送ってほしいと、そう願った。
クラディアンからの手紙は、軍人としての誉れとなる。
遺族がその名の重みを知らずとも、手紙を届けた軍人が語るはずだ。その意味を。その栄誉を。
それはきっと、遺族の心の慰めになる。
また、手紙だけで済ませるということはないだろう。いくらか包むに違いない。
金でアイザックが戻るわけではない。
けれど彼は、故郷に仕送りをするために軍人学校に入ったのだ。
ならば、家族のもとへ届くそれは多い方がいい。
もちろん、一度に届く金が多すぎれば遺族を困らせかねない。
だがそのあたりは、クラディアンがうまく調整してくれるだろう。年金制にするなり、物資に換えるなり、やりようはいくらでもある。
「そうか……。おまえは、すごいな」
クラウスは、レオナルドの意図を理解し、素直にそう述べた。
「……ケイランは、結局学校に残るらしいな」
クラウスの真っ直ぐな言葉に、どう返せばいいか分からず、レオナルドは話題を逸らした。
「あぁ。辞めるって言ったときは、どうなるかと思ったけど」
演習から戻った後、ケイランは「学校を辞めて、あの子と暮らす」と言い出したのだ。
保護した子供の両親は、渦で命を落とした。頼れる親族もおらず、ケイランは『自分が守らねば』と考えたらしい。
「手に職もない十五のガキが、学校を辞めたところで、できることなんてたかが知れてる。本気で子供との未来を望むなら、卒業してからの方がいい」
結局、あの子供は街の教会の一室で暮らすことになった。
あのときそばにいた高齢の女性が、面倒を見てくれるようだ。
もちろん、彼女は一人で子供を育てられるような年齢ではない。
それに、子供が育つ頃には彼女自身もさらに年老いてしまう。
実際には教会が食事や寝床を整え、彼女は“心の拠り所”としてそばにいる。
ケイランは教会に手紙を送り、長期休みには顔を出すそうだ。
そうして過ごし、卒業の頃に『これから』について子供と話し合えばいい、という結論に至った。
「……俺も、頑張らないと」
ケイランは、進むべき未来のために在ると決めた。
その姿を、クラウスは“強い”と思った。
彼を思い浮かべ、改めて「自分も強くならなければ」と心を引き締める。
訓練をしたい。
そう考え、レオナルドを誘おうとするが――
「お前の場合、その前に課題な。まだレポート提出してないだろ」
「うっ……」
クラウスの希望は、呆気なく切り捨てられた。
レポートが苦手なクラウスは、トボトボと机に向かい、叱られた犬のようにしょんぼりと椅子に座る。
それを見て、レオナルドは「ハァ」とため息を吐き、「仕方ないな」とでも言いたげに笑った。
「どこが分からないんだ? 手伝ってやる。それで早く終わったら――訓練場に向かおう」
「おう!」
尻尾をぶんぶん振る犬のように目を輝かせるクラウスに、レオナルドはもう一度、軽くため息を吐いた。
けれどその口元は、わずかに緩んでいた。
実地演習編・完
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更新は土曜日朝。タイトルは「親友の家、第二の学び舎」です。




