63 実地演習 願いは、涙の中に
ぐずぐずと泣くクラウスの隣に腰を下ろすと、レオナルドは自分の背を、そっとクラウスの肩に預けた。
それが気遣いなのか、ただその涙から目を逸らしたかっただけなのか、自分でもよく分かっていなかった。
肩に感じる重みと熱に、クラウスは喉を詰まらせながらも、どうにか言葉を絞り出した。
「俺が……俺が、前に出てれば……っ」
「それは結果論だ。あの時点では、どんな魔獣が出るか定かではなかったし、街にまで魔獣がたどり着く可能性だってあった。街を守れる人間が必要だった」
最も重要な防衛ラインを、クラウスに預けるという教官の判断は、誰がどう考えても正しかった。
レオナルドとて、同じ判断をしただろう。
だから、続けた。
「優先すべきは渦を止めることじゃない、街を守ることだ。お前が残ってくれたから、俺は前に出られた」
レオナルドと同時にクラウスが街を発ったとしても、アイザックの死には間に合わなかった。
クラウスが悔いているのは、もっと前――初動のときに、クラウス自身が前に出なかったことだ。
もしあの場でアイザックたちと共に渦の元へ向かっていたなら、アイザックは死なずに済んだかもしれない。
そう思っているのだと、レオナルドには分かっていた。
だが、レオナルドはあえてそこには触れなかった。
お前が街に残ることには価値があったのだと。お前が多くを救えたのだと。
それを伝えるために、言葉を選んだ。
反面、レオナルドは考える。
初期対応の際、レオナルドは誰よりも早く、仲間たちと別れた。
だから、クラウスがどんなふうに異を唱えたのかを知らない。
もし俺があの場に残っていたとして、クラウスが『どうしても前に出たい』と願ったのなら。
それが、俺に向けたものよりも強く望んでいたのなら――
俺は、“クラウス”という光に、抗えたのだろうか。
教官の判断は正しい。それは、断言できる。
だけど――
もし、こいつが「どうしても」と願ったなら。
俺なら、どうしただろう。
グラリと、心が揺れた。
「……っ。たとえば俺がもっと強ければ、前に出られたか?」
そんな思考に割り込むように、クラウスは言葉を紡いだ。
「は? だから、お前は守りを……」
『強ければ』ではない。
『強いから』街に残らされたのだ。
レオナルドはそう伝えようとした。
しかしそれを、クラウスの言葉が呑み込んだ。
「たとえば! 俺が、街に〈障壁〉をかけたまま渦に向かえれば!」
「何言ってるんだ、そんなこと……」
魔術の常識からして、あり得ない。
そもそも通常、どれだけ高価な魔術具を使っても、どれだけ高度な魔術陣を準備しようと、街という規模に〈障壁〉をかけることなどできないのだ。
アイゼンハルトの血統と、天災とも呼べる才能を持つクラウスだからこそ、張れるだけで。
それを、自らと遠く離れた場所に展開するなど、考える者もいないだろう。
「できないなんてことはないだろ! お前だって、手元から離れた場所から〈氷槍〉を撃つんだ! 術陣を使って、もっと離れたところから魔術を発出することだってあるだろ! 障壁なんて作っとくだけなんだから……きっとできる!」
レオナルドは「できるわけない」とは言えなかった。
自分の積み重ねを、いや、それ以上を。「同様にできる」というクラウスを、「簡単に言うな」と怒れなかった。
その瞳の真っ直ぐさを――何より、レオナルドが焦がれた“クラウス”という“才能”を。
否定することが、できなかった。
「レオナルド、俺、強くなりたい」
このとき初めて、クラウスは明確に『強さ』を求めた。
いままではただ、そこに在るだけで強くなってしまった。
だけどそうではなく、自らの意思で、強さを求めた。
――レオナルドが焦がれた光が、更に煌めくことを望んだ。
その瞬間、レオナルドの胸は高揚し、灼けるような熱に包まれた。
その感情を必死に押し殺し、それが悟られぬよう懸命に飲み込みながら、レオナルドは「あぁ」とだけ返した。
次回は実地演習編の後日談です。




