62 実地演習 触れられぬ光
“送りの焚き火”の時刻が、もう間近に迫っている。
けれどレオナルドは、暴走気味の教官を操縦したり、街人の感謝に応えたりと、クラウスと話す時間を取れないままでいた。
広場には、だんだんと人が集まり始めている。
それなのに、クラウスの姿が見当たらない。
あんなにデカいやつ、どこにいたって目に入るはずなのに。
レオナルドは、エネルギーが切れかけの教官を街人たちの輪に押しやり、クラウスを探すことにした。
このあとになれば、大人たちにはどうせ酒が入る。教官が多少トチ狂った言動をしたところで、今回の功績を見ればお咎めはあるまい。
クラディアンに教官の補佐を頼まれてはいた。
だが、それは“送りの焚き火”の準備中の話だった……ということにしておく。
仮にあとで問われたら、そのように捉えていたと答えるつもりだ。
「あの馬鹿、どこに居るんだ」
教会で休んでいるのかと思い行ってみたが、居なかった。
行き違いになったのではないかと思い広場に戻ったが、姿が見えない。
「……ケイラン!」
代わりに、レオナルドはケイランを見つけた。
ケイランは保護した子供と手を繋ぎ、女性と話している。レオナルドが街に戻ったとき、教会に居た女性だ。
「レオナルド?」
「クラウスを知らないか? あの馬鹿、どこにも居ないんだ」
ハァ、とため息を吐き、レオナルドは頭を掻いた。レオナルドにしては珍しい仕草だな、とケイランは思った。
「クラウス……一時間くらい前に別れてから、見てないな。教会は?」
「行ったが居ない」
「なら、安置所は?」
アイザックに会いに行ってるんじゃないか。
耐えるような表情で発せられた言葉は、レオナルドの発想にはないものだった。
死者には、二度と会えない。
いま遺体の元へ向かうことに、軍人としての意義もない。
それに、“送りの焚き火”の時刻も迫っている。
その非合理な行動を、レオナルドは予測していなかった。
「ありがとう。行ってくる。……誰かに何か言われたら、適当に誤魔化しておいてくれ」
「えっ、おい! レオナルド!?」
ケイランの声を無視し、レオナルドは足早に安置所に向かった。
遺体は、街の物資倉庫の奥に設けられた簡易な安置所に運ばれていた。
広場から少し離れた、静かで人目につきにくい場所だ。
“送りの焚き火”の始まりが近づく中、人々は広場に集まっている。その安置所にいたのは、クラウスただ一人。
彼は壁を背に、ポツンと座っていた。
「クラウス」
レオナルドの呼びかけに、クラウスはゆらゆらと視線を上げる。
「……レオナルド」
「“送りの焚き火”が始まる。広場に行くぞ」
クラウスは、歯を食いしばり、ギュッと拳を握る。
涙を我慢しているのだと、レオナルドには分かった。
レオナルドは、アイザックの死体を見たとき、眉を動かすことすらなかった。
しかし、クラウスが歯を食いしばるように涙を我慢するのを見て、心がざわついた。
想像できたはずだった。クラウスが、アイザックの死に傷ついていることくらい。
だが実際に目にしたその姿に、レオナルドは、胸の奥が揺さぶられるような動揺を覚えた。
アイザックの死を、自分はただ「損失」としか捉えなかった。
だがこいつは――泣くのか。
いや、まだ涙は流していない。おそらく、それが許されないと思っているのだろう。
それでも、心は泣いている。
レオナルドはその様子に、ガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。
彼は今回のことを、“成果”だと考えていた。
たった五人で守り抜いた。損失も学生一人。紛れもなく、“成果”だ。
だけど――こいつにとっては、違う。
「……悲しんじゃ、だめだろ」
クラウスは再度視線を落としながら、溢れるように言葉を口にする。
「本人の覚悟で、誉れだから……悲しんじゃだめだって言う。笑って送ってやらなきゃって。それでも、俺は……」
レオナルドはクラウスのそばに歩みより、しゃがみ込んだ。そしてクラウスの頭に、ポンと手のひらを置いた。
「……お前はそれでいいよ。そういうやつだって、アイザックは分かってくれる。悼むな、なんて言われてない」
その言葉をきっかけに、クラウスは泣き始めた。
慟哭とも呼べるそれを、レオナルドはただ黙って受け止めていた。
おそらく、焚き火はもう始まっている。
けれど、レオナルドの意識はすでにそちらにはなかった。
そんなことよりも、クラウスが心配だった。
レオナルドは、クラウスの強さを知っている。
きっとどれだけ泣こうと、クラウスは立ち上がる。前に進もうとする。
けれどレオナルドは、その強さの裏にある弱さも知っていた。
レオナルドにとっては些細なことでも、クラウスは深く傷つき、自分を責める。
誰よりも眩い光を放ちながら、誰よりも真っ直ぐで繊細なクラウス。
そんな彼の隣にいたいと、支えたいと、レオナルドは願っていた。
だけれど――
俺は、クラウスの気持ちが分からない。
『アイザックが死んで悲しい』という、その感情が。
そして、きっとそれをクラウスは分かっている。
俺が、こいつの悲しみに共感できないことを。
俺が、アイザックを悼んでいないことを。
……それでも、責めない。
「なぜ泣かないのだ」
「アイザックが死んで悲しくないのか」
そんな問いを、きっとクラウスは抱かない。
俺が悲しまないことに、悲しみを共有しないことに、なんの疑問も、なんの期待も持っていない。
クラウスは、俺と自分の価値観が違うと知っている。
俺も、それは分かっている。
……分かっているのに、距離を感じてしまった。
泣くことを求められなかったことに。
『違う』とクラウスが思っていることに。
その境界線を、確かに見てしまった。
レオナルドはクラウスに寄り添おうとしながらも、アイザックを失ったことではなく、クラウスとの距離に、胸を締めつけられていた。
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また、次の更新は通常どおり火曜(6:30)を予定しています。
タイトルは、「願いは、涙の中に」です。




