57 実地演習 一通の要請
即応部隊がこれだけ早く着いたのには、理由がある。
通常、“即応”とはいえ、部隊の展開にはそれなりの準備と許可が必要だ。
順当に進んでも昼過ぎ、場合によっては深夜の到着になるはずだった。
ではなぜ、これほど早く到着できたのか。
答えは――レオナルド・シュヴァリエが、救援要請を出したからである。
“シュヴァリエ”という高位貴族の名も理由の一つだが、それ以上に、彼自身の判断力と対応の的確さが、これを可能にした。
こういった、軍の常駐しない街からの要望書は、大抵「渦が出た、助けてくれ」という簡素なものだ。
軍としては「どの規模の部隊を」「どんな装備で」「どの程度の物資を携え」「誰の指揮で」向かわせるべきかを見極める必要があり、その判断には時間を要する。
少なすぎれば命に関わる。
だが、あまりに多くを割けば、他の救援要請に応えられなくなる。
どれほど切迫していようと、部隊は有限だ。だからこそ、慎重な判断が必要となる。
その点、レオナルドの要請には、必要な情報がほぼすべて記されていた。
その時点で把握できる渦の状態、街の戦力、地形、輸送経路、そして現地で用意可能な物資まで。内容は明確かつ簡潔で、現場判断に必要な要素が網羅されていた。
さらに彼は、書状の中で「どのような防御体制を取っているか」を簡潔に伝えていた。
部隊を送り出せばすぐに戦線に加われる、という見通しは、軍にとって非常に大きい。
また、『レオナルド・シュヴァリエ』の言に信頼がおかれたのは、それだけが理由ではない。
日頃よりアイゼンハルトとの交流があり、その能力の高さを、王国軍統帥であるクラウディウスに、そして王都軍即応部隊中隊長であるクラディアンに知られていた。
“レオナルド・シュヴァリエ”が発した要請だからこそ、即時展開を可能にした。
十四名。貴族を中核に、実戦経験豊富な近接戦闘要員を揃えた、最小限かつ最速の小部隊。
そうして彼らは、夜明けとともに街にたどり着いた。
現場の様子を目にしたとき、クラディアンも、彼に続く兵も、息を呑んだ。
そこにあったのは、死体の山。幾重にも重なった魔獣の屍の上で、レオナルドが静かに休んでいた。
レオナルドはクラディアンに気がつくと、アイゼンハルトの屋敷で顔を合わせたときと同じように、穏やかに微笑んだ。
「クラディアン中尉が来られたんですね。心強いです」
軍式の敬礼をとりながら、レオナルドはそう言った。
クラディアンは、その「いつも通り」ぶりに、ひやりと背筋を撫でられたような気がした。
クラウスなんかよりも、この少年の方がよほど“化け物”ではないか――そんな思いが、胸をかすめた。
「楽にしていい。簡単に報告をしてくれ」
クラディアンの言葉に、レオナルドは敬礼をとく。
そして、必要な事実のみを簡潔に伝えた。壮絶な戦闘の痕跡が物語る内容を、ただ淡々と、情報の羅列に変えて。
「よく一人でここまで持たせたな」
「一人ではありません。後方では仲間が街を守っていました。そして何より、即応部隊の皆様が来てくださると信じていたからこそ、力を振るえたのです」
「謙遜は要らない」
「謙遜ではありません、クラディアン中尉」
クラディアンは、レオナルドの瞳を見て、本当に“謙遜”ではないのだと受け取った。
だが同時に、一連の台詞が純然たる真実でもないことも、その笑みからは明らかだった。
彼は遠回しに「自分一人の手柄にするつもりはない」と示しているのだ。
軍人学校の一生徒、そして外様の貴族である自分が、これほどの成果を挙げることで波風が立つ可能性を、彼はよく分かっている。
だからこそ、礼を尽くしながらも、その“功績”を他者に分散させようとしている。
クラディアンは息をひとつ吐いて、静かに頷いた。
「……分かった。上層部への報告は正しく行うが、貴殿の意思も伝えよう」
「ご配慮、感謝します」
レオナルドは改めて敬礼をとり、軽く頭を下げた。
「問題はないと思うが、念のため、もう少し残ってくれ。魔獣が現れたら、確認したい情報が生まれるかもしれない。もちろん、貴殿は戦わなくていい」
「承知しました」
クラディアンの部下の一人は、二人のやり取りを聞きながら、なおも目の前の光景を信じ切れずにいた。
これだけの魔獣を、一人で――それも、傷一つ負わずに。いったい、どうやって。
自分では、到底無理だ。いや、十人であたっても、誰かしら負傷者は出ていたはずだ。
この人数で動けたのも、クラディアン中尉がいたからだ。〈障壁〉を自在に操れる彼がいなければ、もっと多くの人手が要っただろう。
あの少年は、十人分の戦力に匹敵する。
その現実に思い至ったとき、彼は小さく身を震わせた。
次回の更新は通常どおり火曜(6:30)を予定しています。
タイトルは、「青い煙が上がる頃」です。




