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55 実地演習 戦場にて

 その後も数体の魔獣が立て続けに出現し、ようやく一息つける状況となった。

 発生当初に現れたのは牙獣種だけだったが、今ではずいぶんと種類に幅が出ている。


 渦はまだ消えていない。それでも、束の間の休息は有効に使わねばならない。

 魔獣の出現が途切れた隙に、レオナルドは体力の回復を図りながら罠の再構築を進めていた。


 そんな折、“渦”とは別の方向から、生き物の気配を感じた。

 それはノイズのように、レオナルドの意識に微かに割り込んでくる。


「レオナルド!」


 声の主――ケイランの姿が視界に入った瞬間、レオナルドの中に苛立ちが走った。

 邪魔が増えた、と判断したのだ。


「戻れ」


「戻れってなんだよ! ……足を引っ張るのは分かってる。だから俺は、戦闘には混ざらない。街との連携をとる。信標弾でこっちの様子を街に伝えるよ」


 信標弾は、レオナルドも携行している。赤・紫・黄・青など、数種の煙を打ち上げられる簡易伝達具だ。

 しかしレオナルドは、即応部隊の到着まで援軍を求めるつもりはない。渦が消えたときに青を、もしくは撤退時に赤を打ち上げればそれで充分だ。

 ケイランをこの場に置く必要はない。


「あっちからでも分かるくらい、渦の様子が変質してるだろ? 魔獣も……こんなに出たんだな」


 レオナルドの作り上げた屍の山を見ながら、ケイランは眉間に皺を寄せた。

 ――そこにどんな感情があるのか。

「大変だっただろう」なのか、「こんなに倒したのか」なのか。

 少なくとも、先ほどレオナルドが行った『差を見せつけすぎない』という気遣いは、無に帰した。


 ケイランはレオナルドの様子に構わず、「それと」と続ける。


「食い物と水を持ってきた。装備に入れっぱなしの糧食だけじゃなく、まともな飯も食った方がいい。あと、クラウスに頼まれて、剣も数本持ってきた」


 話しながら、ケイランはふと、あのときのクラウスの顔を思い出す。


『レオナルドはポキポキ剣を折るから、何本か持って行ってやってくれ』


 本人は大真面目だったけれど、あの強面に『ポキポキ』という擬音は似合わない。

 クラウスは中身と外見の差がありすぎるんだよな、と、ケイランは小さく笑う。


 レオナルドは脳内で「お前相手の手合わせじゃないんだから、そんな簡単に剣は折れない」とクラウスにツッコミを入れた。

 そして、『どうせ、ギュッと何かに耐えるような顔をしていたに違いない』とクラウスの様子を想像し、ふっと笑みを溢した。

 遠慮なく剣を振るえるのは助かる。ありがたく、受け取っておこう。



「分かった。そこに置いてくれ。それと、ここまで出た魔獣を伝えるから、その情報を持って街に戻れ」


「お前なぁ!」


「俺はいざとなったら離脱する。クラウスにもその旨は伝えた。ここで信号を出すよりも、障壁内であいつをフォローする人間の方が必要だ。お前はもう、ここでの役目を果たした。街に戻ってくれ」


 ケイランは、その言葉に従い荷を静かに地面へ置くと、軽くため息を吐いた。

 レオナルドの言葉は冷たい。だがそれが、“自分を切り捨てた”ものではないことを、ケイランは理解していた。

 そして何より、自分は「役目を果たす」と誓ったのだ。それは「ここで信標弾を上げること」ではない。「街を守ること」だ。


 だからこそ彼はそれ以上反論せず、レオナルドの報告を聞き終えると、馬に再びまたがる。

 そして、「死ぬなよ」とだけ言い残し、戦場の空気が背後でうごめく中、まっすぐ街へと駆けていった。


 ――ケイランの理解は、半分だけ正しい。


 レオナルドは、自分を過信しない。

 ただ正確に、自分の能力を把握している。

 それは、物心ついたときから、ずっと変わらない。


 だからこそ、“渦”という不確定要素がある中に、足手纏いを置く気はなかった。

 余裕のある戦いとは違うかもしれないからこそ、「邪魔」を排除した。

 戦闘時、あるいは撤退時に、フォローせねばならない存在など要らない。

 余力は誰かのために使うのではなく、次の戦場のために残すべきだ。


 ゆえに、レオナルドはケイランを切り捨てたわけではない。ただ単に「邪魔だ」と判断し、排除したに過ぎない。



 渦への警戒を緩めることなく、レオナルドはケイランの置いた荷物の元へ向かう。

 剣に不具合がないかを確かめたあと、布にくるまれた包みを開いた。中にはサンドイッチが数個、丁寧に詰められている。


 レオナルドは一つを取り出し、手早く口に運んだ。

 空腹は感じていない。だが次に、いつ食事の時間が取れるか分からない。

 咀嚼し、飲み込む。味を意識することもなく、身体に必要な栄養を補給するだけの行為。


 食べながらも、視線はずっと“渦”に向けたままだ。

 いつ何時、魔獣が現れてもいいように。



「食後の運動には、まだ少し早いんだが」


 渦から姿を現した、馬ニ頭分のサイズを持つブロックタートルを見ながら、レオナルドは独りごつ。


 亀型の岩殻獣種で、甲羅は魔術を反射する性質を持ち、物理攻撃も通りづらい。

 だがそのぶん、首元や脚の関節は殻が薄く、剣で斬れば致命傷となる。


「折れても問題ないようだし、剣を使うか」


 親友の厚意を思い出し、自然と口元を緩ませながら、レオナルドはブロックタートルへと剣を向けた。

 ここまで読んでくださって、ありがとうございます!

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 次回は通常どおりの木曜(6:30)更新。タイトルは、「夜明けの訪れ」です。

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