20 レオナルドという親友
クラウス視点です。
あと、レオナルドはちょっと喧嘩っ早い。
すぐ手を出すわけじゃないけど、「戦う」と決めるのが早い。
静かに、プチっとキレる。
入学当初、レオナルドと顔を合わせるたびに嫌味を言う教師がいた。
俺は、その教師が嫌いだった。
けどレオナルドは、「シュヴァリエは武官を輩出したことのない高位貴族で、俺はその家の令息だからな。外様が気に食わないんだろ、仕方ない」と言っていた。
でも――たしか、何かのタイミングで、そいつが侯爵家のことを悪く言ったんだ。
たぶん、その瞬間に、レオナルドは「潰す」と決めた。
表立って言い返すことはしなかった。
でも、その教師は二日後、立場を追われた。
なんらかの不正が発覚したらしい。
さらに、それまでの問題発言も取りざたされて、「あの教師の話はすべて信憑性がない」という風潮が、学校中に広まった。
その噂を聞いたとき、怖くてレオナルドの方を見られなかった。
やられたから、やり返す。
そうしなければ、今後もやられるから。
やられたから、やり返す。
だって、イラついたから。
将来のリスクにならないように、丁寧に対処する。
レオナルドは、いつもそんな感じだ。
あるとき、知らない上級生が、レオナルドに向けて暴言を吐いた。
「軍人学校の生徒のくせに細い」とか、「女みたいになよなよしてる」とか。
俺は、レオナルドが馬鹿にされてムカついた。だから文句を言ってやろうと思った。
――けど、レオナルドに止められた。
どうするのかと思っていたら、あいつはそのまま相手に近づいて、微笑んだ。
「先輩とは、あまり話したことがありませんでしたよね? これからよろしくお願いします」
そう言って、握手を求めた。
上級生は戸惑いながらも、手を握り返した。
――その瞬間、喉の奥から押し殺したような声を漏らし、がくりと崩れ落ちかけた。
レオナルドは、周囲にそれがバレないよう、そっと相手を支えながら、不思議そうな声で訊いた。
「先輩、どうかしましたか?」
……俺は知っている。レオナルドの握力は、とんでもなく強い。
力の使い方がうまいから、筋力以上の力を出せる。
本人は俺のことを「馬鹿力」と言うけど、あいつだって、コインを指で折り曲げられる。
そしてレオナルドは、上級生の耳元でこう囁いた。
「――細くてなよなよしていますが、貴方と同じく、軍人を志している身です。以後、お見知りおきを」
そいつと別れた後、俺は「支えてやるんだな」と言った。
優しいんだかなんなんだか、よく分からなかった。
すると、なんでもないことのように、こう返された。
「恥をかかせると面倒だろう? あの程度なら従えさせられる」
“従える”……? と疑問に思っていると、レオナルドは続けた。
「たしかに、筋肉や骨格では軍人として俺の方が劣っている。だが、アレは肉体自慢というより、『強さ』を誇りたかったんだろ」
レオナルドは『アレ』と口にしたとき、一瞬だけ上級生のいた方に目をやった。だけどすぐ、興味を失ったように自分の手元に視線を落とす。
「おそらく、細くてなよなよした俺が『遊び』で学校に来ているように見えた。それが気に食わなかった。強さを尊ぶ軍人学校の生徒として、腹立たしかった」
手のひらをグーパーしながらそれを眺め、レオナルドは淡々と言った。
「『強さ』で上下関係を叩きこみつつ、『配慮』を滲ませれば――理不尽な突っかかり方をしたという負い目も含めて、多少は扱える」
――正直に言って、とても怖かった。
レオナルドは、笑顔も怖い。
普段話してるときは、自然に楽しそうに笑う。
でも時々、わざとらしくキラキラした、“貴族”って感じの笑顔を作る。
俺を叱るときや、有無を言わせず自分の意見を通すときに、よくその顔をする。
喧嘩のときと違って、「レオナルドの言っていることが正しい」と、ハッキリ示してくる。
それに、誰かを叩きのめすときや、言いくるめるときにも使っている。
捕食者……? みたいなオーラを出すあの笑顔には、他人を従わせる雰囲気がある。
だから、あの笑顔のときは逆らわないことにした。
俺の方がデカいから、普段は見下ろす形になる。
けど、叱られるときは正座させられることが多くて、レオナルドを見上げる体勢になる。
光に透けた濃い金髪がキラキラしていて、柔らかなライトブルーから温度が消える。
そのせいで、いつも以上に風貌が整って見える。
整って見える分、ものすごく怖い。
レオナルドは、何をやらせてもすごい。
喧嘩っ早いし、叩きのめすときは手加減しない。
だから敵に回したくないくらい、怖い。
たまに「お前って犬っぽいよな」って、よく分かんないことも言う。
でも、俺がどれだけバカでも、見捨てたりしない。
納得できないときは、とことん説明してくれる。
それか、思いっきり殴り合って、決着がつくまで俺の話を聞いてくれる。
全然タイプは違うけど、一緒にいて楽しい。
――たぶん、これが「親友」ってやつなんだと思う。
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次からはクラウスの帰省編がしばらく続きます。
1話目のタイトルは「クラウスという手土産」です。




