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19 レオナルドという人間

クラウス視点です。

 はじめはただ、穏やかで優しくて、面倒見のいい、よく気がつくやつだと思ってた。

 それがだんだん、スパルタなところとか、ちょっと怖い部分もあると感じるようになった。


 あいつの価値観も、少しずつ分かってきた。

 ……いや、「分かってきた」っていうより、教えてもらった、のほうが正しいかもしれない。


 俺たちは考え方が違う。だから、あいつの行動の意味がすぐには分からないことも、よくある。

 そういうときは、質問する。


「なんであんな行動をしたのか」とか、「なんでそう思ったのか」とか。

 そう訊くとレオナルドは、よっぽど言いたくないことじゃなければ、ちゃんと答えてくれる。

 反対に言うと、答えてくれないことはレオナルドが言いたくないことだから、それ以上は訊かない。




 レオナルドは本当になんでもできる。

 それは「できるようになるまで」やってるからだ。すごく真面目で、すごく努力家。


 でも、そう言うと、あいつは首を傾げる。

 たぶんだけど、レオナルドにとっては「まじめに努力する」のが“普通”だから。


 いつだって勉強や訓練をしてる。休憩を取るときだって、「それが必要だから」「身体や脳を休めた方が効率的だから」ってちゃんと目的がある。

 もうちょっと手ぇ抜けばいいのに、とか、サボればいいのにな、とか思う。


 そう言ったら、こう返ってきた。


「正しく積み重ねれば、ある程度のことはできるようになる。あるいは、“できないこと”との付き合い方が分かる。だが、やらなければそうはなれない」


 ……なんか、小難しいこと言ってるなって思った。

 でも、要は、あいつにとっては「向き合って頑張る」のが当たり前なんだ。


 当たり前だからこそ、あいつはそれを「努力」だって認識してない。


 すげえな、と思う。





 あと、レオナルドは人を見下さない。


 放課後一人で廊下を歩いていたら、「よう」と上級生に声をかけられたことがある。以前レオナルドに絡んで適当にあしらわれたやつだ。


 ほとんど話したこともないのに、いきなりこんなことを言われた。


「仲良くしてるつもりかもしれねえけど、あいつはお前のことも見下してるぜ?」


 思わず、ポカンとした。

『見下してる』って言葉が、すぐには入ってこなかった。


 でもとりあえず、レオナルドを悪く言ってるのが分かったから、何か言い返そうとした。

 けど、俺が口を開くより早く、「親切心で教えてやっただけだ」と言い残して、そいつは立ち去った。


 その後、ちょっと考えた。

 なんで、あいつはそう思ったんだろう。

 なんで、俺はピンとこなかったんだろう。


 たぶん、「見下してる」っていうのは、レオナルドがすごく頭が良くて、なんでもできるから、そう見えたんだと思う。

 劣等感? みたいなやつ。


 誰かと揉めたとき、レオナルドに都合がいいように話が進むことが多いのも理由の一つかもしれない。


 あいつは、いつも、どうすれば自分が有利になるかを考えてる。

 考えて、教師でも生徒でも言いくるめて、トラブルを収める。




 でもやっぱり、レオナルドは他人を見下したりしない。

「積み重ねればできる」っていうのを、他人にも当てはめてるからだ。


 今は自分の方が優れていても、この先は分からない。相手が頑張ったら、いずれひっくり返されるかもしれない。

 ――そういうふうに考えてる。


 だから、侮らない。

 見下さないからこそ、トラブルは禍根を残さない。

 自分が不利にならないように、きちんと処理する。


 それができるのは、相手をちゃんと見ているからだ。



「よく見てるんだな」と感心したとき、レオナルドは少し呆れたように言った。


「そうじゃなきゃ関われないだろ」


 どういう意味かよく分からないなと思っていると、レオナルドは続けた。


「相手がどんな人間か知らなきゃ、親しくするべきかも、どう潰すのが効率的かも分からないだろ」


 ……怖い。



 レオナルドは、相手を『認識』してから『判断』する。

 人間関係とか、能力とか、性格とか――そういうものをちゃんと見て、自分が勝ってる点と負けてる点を整理してる。


 感情で見下したりせず、理性的に分析して、対応を決める。

 その徹底ぶりが、どうしようもなく怖い。





 レオナルドは、人を見下さない。――でも、軽蔑はする。


 相手の言動や考え方が明らかにおかしかったり、悪質だったりする場合は、「汚物」を扱うみたいに対応することもある。

 それでも、侮らない。どんな相手でも、叩き潰すと決めたら、徹底的にやる。


 ――だから、「レオナルドが人を見下す」っていうのは、しっくりこない。

 もしも簡単に人を“見下す”やつだったら、もっと隙があって、きっとこんなに怖くはなかった。





 レオナルドは人を見下さないけど、「価値」は測る。

 価値があるとかないとか、そういうのを気にする。


 物みたいで、俺はその「人間の価値」って言い方が好きじゃなかった。

 本人自身の「自分はシュヴァリエ侯爵家の財産だ」って言葉も引っかかったのかもしれない。


 それでムッとしていたら、軽く笑われた。


「お前にとって俺は、そこら辺の有象無象と同じ括りか?」


 ……なんとなく、分かった気がした。


 国にとっての価値。

 家にとっての価値。

 軍にとっての価値。

 誰かにとっての価値。


 目の前の誰かも、嫌いな相手だって、何かや誰かから見たら「価値」がある。

 それで、自分が「価値がある」と思っているものを壊されたり、けなされたりしたら──人は悲しむし、怒る。

 レオナルドは、そういうのをちゃんと考えてる。


 なるほどなって納得しかけたところで、レオナルドが言った。


「だから俺が壊したって認識されるとまずいんだよ」


 ──俺はてっきり、「だから人を軽んじちゃいけない」とか「誰とでも親しくした方がいい」って話かと思ってた。

 だから、めちゃくちゃビビった。

 クラウス視点、続きます。

 次のタイトルは「レオナルドという親友」です

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