101 長距離行軍訓練 くそガキども
レオナルドの「にこり」とした笑顔を見て、イヴァールは苦笑した。
この生意気なくそガキめ。
人が絶え絶えやった攻撃を、「自分ならもっとうまくやる」とは。
しかもそれが、事実であろうことがさらに腹立たしい。
イヴァールは子爵家の出だ。
一度は軍人となったが、そこでの働きを見て、教鞭を振るって未来を作ってほしいと願われ、ここに居る。
つまるところ、「どうしても最前線に欲しい」と言われる資質があるわけではない。
所詮は子爵家。
侯爵家――それも血統主義のシュヴァリエ侯爵家と比べれば、持って生まれた魔力量も適性も天と地ほどの差がある。
ただの学生相手ならば、魔力量や適性という才覚に差があれど、技量で勝れたかもしれない。
だがレオナルドは「ただの学生」ではない。
常人では考えられないほどに、積み重ねてきた。
侯爵家という立場で得られるだけの学びを習得し、でき得る限りの研鑽を積んだ。
元々の才覚も、その努力の質も、イヴァールからすると比べられないものだった。
そしてもう一人の、自分とは比べることができないガキ――クラウス。
様々な噂と、そして父親からの「厳しく躾けて構わない」という言葉と共に入学した。
また、才能についても聞いていた。
全適性持ちで、強大な魔力を持っていると。
どんなくそガキが来るのかと思ったら、これだ。
性格は至って温厚。
座学では集中力に欠け、勉学は苦手なようだが、まぁかわいいものだ。
これはたしかに“アイゼンハルト”から見たら落ちこぼれなのか――そう思っていた。
初めての実技授業までは。
噂の意味を、軍統帥の言葉の意味を、分かっていなかった。
クラウス・アイゼンハルトという化け物は――
戦場で、学校で。
いままで見た誰よりも、いままで出会った何よりも、恐ろしかった。
「レオナルドがいなかったら、どうなっていたか」
あいつらが一学年から二学年に上がる頃。
そう、言ったことがある。
教官室で、ほとんど独り言のように。
「いま以上に、己の無力を嘆いただろうな」
オスヴァンに返された。
そして、付け加えられた。
「でもまだ、子供なんだよなぁ。大人に頼っていい、これから羽ばたく子供のはずなんだ。……二人とも」
「約一名の在り方を“子供”としていいかは疑問がある」
ライトブルーの瞳と濃い金髪を持つ少年は、大人が居ようとその場を掌握することが多々ある。
「子供だろ。少なくとも、“生徒”ではある。――“である”というより“そう在ろうとしてくれている”が正しいのかもしれないが」
オスヴァンは苦笑する。それに対し、イヴァールはため息をつく。
「それを子供って言っていいのかぁ?」
「子供って言わなきゃいけないんだよ」
俺たちは、あいつらの教官なんだから。
オスヴァンの拳は強く握られていた。
「……そうだな。生意気なガキと、座ってられないお子ちゃまだ」
そうやって扱うと、腹を据えたつもりだったんだが。
イヴァールは俯き、そっと静かに、深く息を吐いた。
二人のガキどもを見やる。
もう一度、今度は軽く息を吐く。
そして肺を満たすように、思い切り空気を吸い込んだ。
肩の力を抜き、声を張る。
「おい、くそガキども! そんだけ元気なら先に解体始めるかぁ?」
レオナルドは軽く首を傾げる。
「私は構いませんが……」
そう言って平野の方面を見る。
イヴァールも釣られて、そちらに視線をやった。
「みんなが来ました」
クラウスが、そう言う。
イヴァールの目にはまだ見えていないが、クラウスが言うなら確かだろう。
実際、少しすると皆が視界に映った。
――しかし何故、レオナルドは彼らの到着に気付いたのか。
オスヴァンがここを出た時間から、逆算でもしたのか?
クラウスとは異なり、レオナルドは“人間”の範疇だ。
そのくせ、底が知れない。
「はぁ……。率先してやれよ」
「はっ!」
『このくそガキどもめ』
イヴァールは脳内で二人を再度罵った。
自分に、言い聞かせるように。
次回のタイトルは、「帰還」です。




