100 長距離行軍訓練 嘘を含めぬ言葉
「――この辺りなんかは何にも使えなさそうだな。俺ならもっと上手くやる」
「そこは俺じゃない……」
「だろうな」
傷痕から推測される系統から考えると、統括教官にイヴァール教官、ダリオだろう。
ダリオが怪我を負わせることができたのは意外だった。
だが、そこにさしたる興味は湧かない。
「肉は硬くて食えないとしても、皮と角はどうなるか。――どうせなら、権利を主張してみるか? 奥様にトラグバインの革を使ったプレゼントを贈るのはどうだ?」
ゆっくりだ。
ゆっくりと、しかし考える間を与えない程度には早く。
ふざけすぎず、真面目すぎず。
どうでもいい雑談をしよう。
「プレゼント?」
迷子のような親友を連れ戻すために。
そしてそれを、本人には悟らせないように。
“嘘”を含めぬ言葉で語ろう。
「お前ももうすぐ成人だろう。いままで育ててもらった感謝を込めて、プレゼントでも贈ればいい。仕立て屋は紹介してやる。アクセサリーか小物か……奥様が使えば社交界で話題になるだろうし、そうすれば、あの革の価値も上がるな」
軽やかに言葉を運びながら、それでもクラウスを置いていかぬよう、慎重に調整する。
「価値って」
レオナルドは思う。
別に俺が何かしなくても、クラウスは立ち上がる。
どんな不安を抱えようと、立てるだけの強さがある。
だけど――
「いいか、クラウス」
俺が、嫌なんだ。
お前がそんな顔してるのが。
その光が、翳ってしまうのが。
――レオナルドはクラウスに顔を向ける。
ライトグリーンの瞳を、真っ直ぐに見つめる。
「流行というのは、生み出すものだ。そして、高貴な者にはその義務がある」
口元に笑みを浮かべた。
クラウスが怯える、いつもの笑みだ。
「シュヴァリエとアイゼンハルトでそれを生み出そう、という話だ。いいな」
「おう」
きゅーんとでも鳴きそうな顔に、これはこれで情けないツラだな、とレオナルドは心中で笑った。
コホン、と統括教官が咳払いする。
レオナルドはクラウスから視線を外し、教官の方を向いた。
「トラグバインの死骸について、どうするかはこの後決める。勝手に私的利用を前提として話すな。それと――レオナルドは『自分ならどううまくやる』のか、レポートにして提出しろ」
「承知しました」
レオナルドは、にこりと笑った。
――別に、本気でトラグバインを使って流行を作り出そうとしたわけじゃない。
乱獲できる魔獣ではない。
だからこそ希少価値が生まれ、その品には格式が宿るだろう。
そんな品を共に作ることで、シュヴァリエとアイゼンハルトの縁をまた一つ深められる。
作れたら儲け物だな、その程度だ。
本当の目的は、クラウスを日常に戻すための話題選びをすることだった。
トラグバインの単独撃破という非日常の延長で、日常へと引き戻す話題を。
レポートなんか、いくらでも書くさ。
せっかくだから、多少のユーモアも交えて。
――訓練終了後、レオナルドから提出された「トラグバインの討伐について」のレポートには、「素材の有効活用とその方策」が添えられており、それがこの上なく合理的で、統括教官は思わず頭を抱えることになった。
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次回のタイトルは、「くそガキども」です。




