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99 長距離行軍訓練 並んだ先に

 二人は並んで、トラグバインの死骸を眺めた。


 レオナルドの視界の内には、トラグバインの死骸の他に、自分とクラウス以外の全員が映し出されていた。


 ――これ以上多くの者がここに居なくてよかった。

 レオナルドは、そう思った。


 クラウスに距離を感じる者も、クラウスが距離を感じてしまう者も、少ない方がいい。

 寂しがり屋の親友は、人との距離に傷付いてしまうから。


 ケイランは立て直したようだし、教官たちもうまく接するだろう。

 残りの二人は、元々さしてクラウスと仲が良くはない。

 悪いというほどでもないが、関わりは少ない。


 気を付けてやれば問題ないな。

 そう、結論づける。


 冷静に、冷徹に。

 彼は今後の在り方を決めた。



 ――張り切って解体しろ。


 レオナルドのその言葉に、クラウスは何も答えられずにいた。


「あぁ」とも「おう」とも返せなかった。

 喉の奥が詰まっているような。

 いや、もっと奥深く。心から言葉が生み出せなかった。


 しかしそんなことはどうでもいいかのように、レオナルドは話した。


 イヴァール教官や統括教官、ダリオがつけた傷に対し、指を差す。


「――この辺りなんかは何にも使えなさそうだな。俺ならもっと上手くやる」


「そこは俺じゃない……」


 (ようや)く出たのはそんな言葉。

 いつもと同じ、ただの雑談への返事。


「だろうな」


 その「だろうな」には信頼の響きがあった。


 クラウスの“力”への信頼。

 クラウスの“力”への肯定。


 その音で、クラウスは自分の足場の形を感じた。

 不確かでぽろぽろと崩れ落ちそうだったそこには、ちゃんと自分の足場があった。


「肉は硬くて食えないとしても、皮と角はどうなるか。――どうせなら、権利を主張してみるか? 奥様にトラグバインの革を使ったプレゼントを贈るのはどうだ?」


「プレゼント?」


 足場はあるけど、まだ心は戻り切らない。

 そんなクラウスに、レオナルドは雑談を続ける。


「お前ももうすぐ成人だろう。いままで育ててもらった感謝を込めて、プレゼントでも贈ればいい。仕立て屋は紹介してやる。アクセサリーか小物か……奥様が使えば社交界で話題になるだろうし、そうすれば、あの革の価値も上がるな」


「価値って」


 レオナルドは軽やかに話を進めていく。

 その速さに、クラウスはなんとかついていこうとした。

 だから、反射のように言葉を繰り返した。


「いいか、クラウス」


 レオナルドはクラウスを見つめた。

 トラグバインから自分に移された視線に、クラウスもそちらを見る。

 ライトブルーの瞳と、正面からかち合う。


「流行というのは、生み出すものだ。そして、高貴な者にはその義務がある」


 真っ直ぐな視線。

 口元に浮かべられたのは、何かを企んでいるときの笑み。


「シュヴァリエとアイゼンハルトでそれを生み出そう、という話だ。いいな」


 レオナルドの口調は、「是」以外の返答を求めていない。

 クラウスは、その迫力に気圧された。


「おう」


 いつもと同じように、少し怯えた子犬のような顔をしながら、レオナルドに返した。


 先ほどまでの「よく分からない何か」は、いつの間にか消えていた。

次回のタイトルは、「嘘を含まぬ言葉」です。

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