拘束そして、解放
だから言ったではないか。それはもう、ハッキリキッパリと。
目の前でのたうち回るバルド・ディクス公爵には聞き入れてもらえなかったのだからなるべくしてなった⋯⋯と、しても心が痛む。
「ふっ⋯⋯んぐっあぁっ! ああっ!」
身を屈め両手を足の間に添えたバルド・ディクス公爵、いや、もう元公爵になる彼は脂汗を浮かせ地に伏せている。
しかも、バルドを捕らえるチャンスなのにその場にいる者達は一様に蔑みを含んでいる様子を見せながらもどこか気の毒そうに彼の苦しみを共有するかの様な歪んだ表情で立ち尽くしていた。
「ね、えレト⋯⋯良い、の?」
このままではまた逃げられてしまうのではないか。折角セトが頑張ったのだ。彼の頑張りを無駄にしたくは無いと見上げたレトニスの表情も歪み冷や汗を浮かばせている。
そんなレトニスにガッチリと抱き抱えられた体勢ではキャラスティがバルドに手を差し伸べる事は出来ず、苦しそうな姿に不安になる。
「痛そう⋯⋯」
「あれは⋯⋯痛いどころの話じゃない、と思う」
「だったら! 診てあげないと! 私のせい、だし⋯⋯」
「見る? っだ、ダメだ。そんな所、見るものじゃない!」
ギョッとしたレトニスが叫ぶ。
キャラスティとレトニスの「みる」ニュアンスが違っている様に思えるがこのまま放置するわけには行かないだろう。レトニスが動かないのならとアレクス達を見ても苦笑いを返えされるだけで、キャラスティはバルドの様に悶絶するほどではないがジンジンと痛む額に手を当てた。
あれはバルドにとって悲劇だった。
しかしあの時、キャラスティはしっかりとバルドに伝えていたのだ。
──私は極端に運動神経が鈍いらしいのです──
バルドはその言葉を時間稼ぎだと受け取り、ただの詭弁だと一笑に付した。
その結果がこれだ。キャラスティは足を踏み外して落下し、頭を打ち、巻き込まれたバルドは悶絶している。
苦痛に悶えていたバルドの息が漸く落ち着いて来ると苦々しそうに眉を寄せたアレクスが騎士団にバルドの拘束を指示した。
抵抗する気力も力も無くし、グッタリと項垂れたバルドが王家の艦へ連行される後ろ姿にキャラスティはやっと安堵の息を吐いた。
────────────────────
キャラスティが洗脳から解放されたその日の夜は賑やかな声が島中に響いた。
島民達は「サイミン草」の洗脳が解け、思考力を取り戻した直後は攫われた記憶と島での記憶に混乱し怯えていたが、アレクス達の気遣いを受けて次第に落ち着いて行った。
唖然としていた彼らにミリアとハカセが不本意に島へ連れて来てしまった事、その思考を奪っていた事に頭を下げれば、島民達は口々に「セトが纏めてくれていたから島での生活は楽しかった」と笑った。
──セト。
楽し気な島民達とハリアードの騎士達を眺めながらこの場に居ないセトを想うキャラスティに不安が込み上げる。
「ミリア、セトは大丈夫なの?」
「⋯⋯多分。ううん。セトなら大丈夫よきっと、絶対に」
バルドに付いて行ったセトはミリア達に「島に必ず連れ帰る」と言ったそうだが、どうやって連れて帰るのだろうか。行き先を偽られたバルドがセトに手を上げないと言い切れないのではないか。その場合セトが無事でいられるのか。
不安に瞳を揺らしたキャラスティにハカセが種明かしだと船の設計図を広げた。
「二人が島を出る時に乗って行った船はボクが設計したんだ。船って水の上に浮かぶ物だけれどボクの船は水の中を進む。それから海は位置情報と方角情報が重要だろ? ボクは操縦の仕方をセトにしか教えていないし、潜水式の船は操縦者しか外が見られないんだ。だからセトは方位磁石と船の操作板に細工をして、この島へ戻って来る」
つまり、潜水式の船はセトしか操縦出来ない。セトは方位磁石と操作板に細工をして島の周りを疑われないようにぐるぐると回り、バルドに目的地まで航行している様に見せかけ、島へ再び着岸させる予定なのだと言う。
それでも、危険なのは変わらない。
納得ができない表情のキャラスティにミリアは「私のセトを信じて」と笑う。
セトを信じ、彼をずっと支えて行くと決めたミリアの笑顔が眩しく映りキャラスティは目を細めた。
キャラスティは潜水式の船に興味を示したアレクス達とハカセを囲んで議論しているレトニスを見やり小さく溜息を漏らす。
ミリアとの会話を聞かれていた事でレトニスにキャラスティの気持ちは察せられていてもそれをちゃんとレトニス本人に告げる勇気が持てない。
一途な想いを向けてくれる彼に応えられる気持ちなのに、「好き」だと告げても貴族社会では認められないのだと、この期に及んでもキャラスティは逃げ道を探している。
「特別」なレトニスの隣には歴史ある大貴族のその血筋の為、その立場の為、「特別」であり続けさせる為に彼を知力、権力、財力で守り、精神的にも支える事ができる「特別」な女性を選ばせなくてはならない。
何度もそう教えられ、好きの気持ちを心の奥底に仕舞い続けて来たし、いつかは諦められると思っていたのに。
好きな人の側に居られるのなら日陰でも良い。
「らしくない」考えに自分は相変わらず臆病で卑屈だと情けなくなる。
「誰を見てるのかしら? ふふっ全く、驚かされたわ。お嬢様がまさか男性だったなんて。まあね確かに背は高かったけどね。あれだけ綺麗なら女性と言われても「そうなんだ」としか思わなかったもの」
アレクス達も圧倒的美形だがその中でも一番中性的なのはやはりレトニスだとチラリとキャラスティを見たミリアはクスクスと笑う。
「メアリやフラーもステラも、あ、キャラスティ様達もやっぱり貴族なのね。あんな凄い人達と知り合いなのだから」
「やめてよ。ステラでもキャラスティでもどっちでもいいわよ。でも、様は要らないわ」
「そうよ。メアリでもアメリアでも好きなように呼んで。様なんて付けないで」
「ミリアが様を付けるなら私達も「ミリア様」って貴族らしく呼ぶわよ」
「ミリア様⋯⋯や、やめてっ恥ずかしい」
出会い方は良くなかったが自分達はアイランドで繋がった「友人」だとアメリアとフレイがミリアの手を取ると彼女は真っ赤になってワタワタと動揺する。
その仕草が可愛らしいと揶揄えば急に矛先がキャラスティへと向けられた。
「あっ! ねえねえ、キャラ、スティの好きな人ってあの彼なんでしょ?」
「えっ、あ⋯⋯ええ? 急に何を⋯⋯」
「聞いたわよ? なんでも女装してまで迎えに来てくれていたのですって?」
「しかも、お泊まりしたとか?」
「っ!! み、み、みみミリア!?」
隠していたわけではないが外聞が良くない上にわざわざ言うほどでは無いと話していなかったのにアメリアとフレイにはミリアから全て筒抜けだと三人は悪戯っ子の様に笑う。
「あら、貴族は身持が重要なのよ? キャラスティはもう覚悟決めないとならないわねえ」
「ええ、もう制約だとか身分だとか言えないわね。お手付きにした令嬢にトレイル家が非道な扱いをするとは思えないものね」
「お手付き──っ無い無いっ何も無かったの! なんでも無かったの!」
「本当かしらあ? そう言えば、あの日の朝、彼はご機嫌だったし、キャラスティは疲れた顔してたわよ?」
「ミリアっ!」
「きゃあっ」と賑やかな声が上がり、笑い転げる女性陣に驚きの視線が向けられる。
不意にレトニスと視線が合ったキャラスティは恥ずかしさに固まり、レトニスに微笑みながら首を傾げられて思わず叫んだ。
「⋯⋯レトのバカ!」
「え!? なんで!?」
明らかな八つ当たりだ。
バカなのは貴族だ身分だとグダグダと悩み「ゲーム」に拘って逃げるだけで何も動こうとしないキャラスティの方だ。
「まさかまだ洗脳が解け切ってないの? やっぱり、キャラは俺じゃなきゃダメなんだね。俺が知っているキャラを教えてあげるから。ほらコレ、キャラが六歳の時、初めてくれた押し花の栞。こっちが七歳の時に俺のポケットに入れて来た蝉の抜け殻。それから、コレが八才の時に湖で拾った石。キャラは石を集めるのが好きだったよね」
「全部、取ってあるの⋯⋯?」
「当然だ!」
何処に持っていたのか次々と取り出しながら清々しくもキラキラとした笑顔で断言するレトニスに「想いが重すぎるだろう⋯⋯」とボソリと呟いたアレクスに全力で同意する。
「もう⋯⋯いい、バカなんて言ってごめんなさい」
「まだあるのに⋯⋯じゃあ、最後に。一昨年の聖夜祭でキャラとリリーがくれた双子の人形。リリーも帰ってくるのを待ってるよ」
「これ、あの時の⋯⋯」
橙色のランプが灯る馬車の中で「こっちがリリーでこっちがキャラだ」と笑ったレトニスの気持ちが触れ合った指先から熱として伝わって来る。
この温かさにずっと守られていた。
この温もりがずっと好きだった。
「今度こそ、一緒に帰ろう」
大好きな深緑色の瞳を優しく細めて微笑むレトニスにキャラスティは覚悟を決めた。
──王都へ帰ったら⋯⋯気持ちを伝えよう──
キャラスティがミリア達に振り向き頷くと、三人も微笑みながら頷き返してくれた。
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賑やかな夜が明けた翌日、ハカセが言った通りにセトはバルドを連れ帰って来た。
アイランドは今回の件で次の管理者が決まるまでハリアード王国王家直轄地となったとアレクスによって宣言され、王家の厚意で島民達は国へ帰る者、島に残る者と意見を尊重される事となり、当面の島の統治を話し合っている時だった。
ハカセが「帰ってきた!」と飛び込んで来たのだ。
「謀ったな!」
目的地に着いたと思わされていたバルドは取り囲む騎士達の姿を認めるとセトを人質に取って怒声を響かせる。
「貴様っ! 引き取ってやったのにこの恩知らずめ!」
「最初からあんたは僕の事なんてどうでもよかったんだ! 僕を都合よく使うだけだった。あんたは僕の父親なんかじゃない!」
怒鳴り合う二人にアレクスを始め騎士達は人質を取られた状態では手が出せず、セトの腕を捻り上げ盾にしながら船へと戻らせようとするバルドと必死に抵抗するセトの揉み合いに隙が出来る事を待ち続けていた。
「船を出せ!」
「嫌だ! 僕はもうあんたの命令は聞かない!」
「セト!」
「ハカセ、ミリア⋯⋯」
「彼を離せ。バルド・ディクス」
アレクスの睨みに対し追い詰められているはずのバルドはそのアレクス達の背後に居るキャラスティを見てクッと笑った。
「そうだな、キャラスティ・ラサークと引き換えにコイツを離してやっても良いが」
「馬鹿げた事を! 渡すわけが──」
「良いですよ」
キャラスティの言葉に唖然とした視線が向けられた。
アレクス達からすれば折角迎えに来たのだ。キャラスティは何の力もない。何もできない。ただ守られる無力な存在。それなのに易々と自ら人質になろうとするのは馬鹿げた話だ。
それでもキャラスティは彼らの役に立ちたかった。
どうしたら役に立てるのか、キャラスティには一つだけ、バルドに「隙」を作らせられる特徴があるのだ。
「私は船の操縦は出来ませんよ。それに連れて行っても足手まといにしかならないと思うのですが」
「くっく⋯⋯馬鹿な娘だ。お前を盾にする事でコイツらは手出し出来なくなる。それだけで人質の価値がある」
「一番問題なのは──私は極端に運動神経が鈍いらしいのです」
「はっ、それが何だ。時間稼ぎなら無駄だ。早く来い」
「キャラ、行っちゃダメだ」
「大丈夫。でも、レト、絶対捕まえて⋯⋯お願いね」
縋るレトニスに大丈夫だと微笑んで見せる。
助けに来てくれたアレクス、シリル、ユルゲン、テラード。そしてレトニス。彼らには迷惑ばかりかけ、足手まといにしかなれなかった。
最後に少しくらい役に立ちたい。
「キャラっ」「キャラちゃんダメだよ」「キャラスティ!」「キャラ嬢⋯⋯」
心配の声をかけてくれる彼らにキャラスティは「大丈夫です」の代わりに微笑んだ。
キャラスティには自信がある。自分はこのまま人質になれない自信が。
「キャラスティ様⋯⋯ダメだよ」
「セトまで様を付けないで。怪我はない?」
「⋯⋯ごめん、ごめんなさい」
「馬鹿な娘だキャラスティ・ラサーク。さっさと船へ乗れ」
「⋯⋯登れるかな」
ハカセとミリアが押し倒されたセトに駆け寄るのを見届けてからキャラスティは船から下ろされた梯子を見上げて「よしっ」と気合を入れた。
キャラスティを先に登らせ、バルドが後に続く。「早く登れ」と段の幅が広い梯子を急かされて登るキャラスティの中で自信が確信に変わる。
そして、その時が来た。
キャラスティが梯子の中段辺りに差し掛かった時だ。
段を踏み外したキャラスティは体勢を崩し大きく上体を逸らした。
「あっ、やっぱり」
「何!?」
「落ちます」
極めて冷静に「落ちる」と宣言したキャラスティの身体が梯子から離れ落下する。バルドは手を伸ばすがキャラスティの手はバルドのマントを掴んだ。
不安定な梯子の上だ。引っ張られたバルドも体勢を崩した。
「っな! 貴様っ」
──それはバルドにとって悲劇だった──
落下するキャラスティを受け止めようとレトニスが駆け出す。
掴まれたマントが絡まり仰向けに落下するバルド。
目を瞑り、落下に身を任せたキャラスティ。
それはスローモーションのようにゆっくりと流れた気がする。
──ゴチン。
「──っ! はっぐああぁっ!!」
「痛ったああっ!」
キャラスティはバルドを下敷きにして落ちた。
その際に身を屈めていたせいでバルドに頭突きをしてしまいその痛みにチカチカと星が飛ぶ。
それだけではなかった。身を屈めていたキャラスティの膝はバルドの足の間にクリーンヒットしてしまっていたのだ。
意図せず鮮やかに決まったキャラスティの全体重が乗った膝蹴り。
その痛みにバルドが地に伏せ、その上に落下の衝撃でグラリとバランスを崩した梯子が倒れ込み、彼にとどめを刺した。
────────────────────
「終わったの?」
ミリアの呆然とした声が転がった。
多少、微妙な流れではあったが彼女の目の前でバルドは拘束された。
「私達、もう悪い事しなくていいの?」
ミリアの瞳からポロっと雫が落ちる。
「ミリア、ハカセ⋯⋯ごめん。僕は⋯⋯」
「セト、悪いと思うのなら罪を償わなくちゃ。ボク達も一緒だ。共に罰を受けるんだ」
「ありがとう、ハカセ、ミリア。ごめんなさい」
本当の意味ではまだ終わっていない。
ミリア、ハカセ、セト。三人もこれから裁きを受ける。
それでも抱き合う姿にキャラスティは心から良かったと安堵する。
「レト、セト達はどうなるの?」
「それに対して安心させられる答えは言えない。でも、彼らに情状酌量が下される様に俺もアレクス達も尽力するよ」
抱き抱えられた腕に力が込められキャラスティは「ありがとう」と自身の腕を初めてレトニスの背中に回してその胸に顔を埋めた。
「えっ⋯⋯え⋯⋯夢じゃ、ないよね」
これまで何度となくレトニスからキャラスティを抱きしめる事はあっても彼女からその腕を回される事は無かったと、キャラスティの思いがけない行動にレトニスが身を硬くする。
硬直し、目を瞬きながら頬を染めたレトニスにキャラスティは微笑み、背中に回した腕に力を込め返した。
波の音が響き、潮風が満たす楽園、アイランド。
この日、アイランドは解放され、新しく生まれ変わろうとしていた。
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