『閑話』聖夜祭
足元からじわじわと登ってくる冷えを感じたキャラスティが窓の外を見ればチラチラと雪が舞っていた。
薄らと庭が白くなって行くのを温かい室内から眺めて「積もったらマーティンと雪だるまを作ろう」と現実逃避する。
「キャラスティ! 何をぼんやりとしているのですか! ちゃんと聞いているのですか?」
パシリと扇で頭を叩かれた音と祖母エリザベートの声でキャラスティは現実へ引き戻された。
「お祖母様⋯⋯痛いです」
「反省しないキャラスティが悪いのですよ」
「悪い事して無いもん」
「何ですかその言葉遣いは! わたくしはいつも言っているでしょう、淑女であれと。貴女はトレイルの血を引いている自覚が足りないのです!」
「トレイルの血を引いてると言っても、私はかなり薄いと思うの」
「⋯⋯何か言いましたか? 屁理屈を言うんじゃありませんっ」
再びパシリと扇で叩かれ、さほど痛くはないが叩かれた場所を摩りながら「聴こえているじゃない⋯⋯」とキャラスティは頬を膨らませた。
王都の学園に入学して八ヶ月。
学園が冬休みに入りキャラスティが実家に着いたのは今日の午前中。
キャラスティは帰って来て早々にラサーク領地内の町「ラサ」に出掛け、酒場を覗いて居るところを母親のカミーラに見つかり、引き摺られるように家へと連行され、即座にエリザベートから呼び出された。
エリザベートから渾々としたお説教を受け始めてかれこれ二時間は経つ。
ちなみにカミーラからのカミナリは町から家へ帰る間、家からウィズリ伯爵家へ向かう間ずっと落とされていた。「お姉しゃまを怒らないでください」と言ってくれたマーティンと言う避雷針がなければ現在進行形でエリザベートとカミーラ二つのカミナリが落ちまくっていた事だろう。
「キャラスティを王都の学園に通わせたのは立派な淑女になって欲しいからですよ。しっかりした教育を受ければ良い嫁ぎ先が見つかるのです。
貴女はラサーク家の為にもウィズリ家の為にも、延いてはトレイル家の為にも立派な淑女となり、系譜発展の礎とならなくてはならないのです」
何度も聞いたお説教だ。
自分の役割は十分にキャラスティに刷り込まれている。
「今からでもトレイル邸で行儀見習いに入った方が良いわね。王都のトレイル邸で行儀見習いしながら学園に通いなさい」
「嫌です⋯⋯勘弁してください⋯⋯」
「嫌とは何ですか!? トレイル家は古代から続く由緒ある大貴族、何が不服なのですか!」
「嫌なものは嫌なんです!」
「あっ! お待ちなさいっキャラスティ!話はまだ終わってませんよ!」
いついかなる時でも貴族の矜持を保つエリザベートは自宅にいてもキチンとした身形をしていた。
それが仇となり部屋を飛び出そうとするキャラスティを追いかけようとエリザベートが立ち上がっても重いドレスに阻まれる。
お説教からのキャラスティの逃亡。ドレスが重くて追いかけられないエリザベートと逃げた後に捕まりまた渾々とお説教をされるキャラスティ。それはこの二人に良くある風景だ。
部屋の扉を開いて外へ勢いよく飛び出したキャラスティはボフンと柔らかい何かにぶつかり抱き止められた。
「おやおやキャラスティ、急に飛び出したら危ないよ」
「お祖父様っ、ごめんなさい」
「テリイっそのままキャラスティを捕まえていてくださいませっ」
キャラスティを抱き止めたのは祖父テリイ。
穏やかで優しくのんびりしたテリイは背中にキャラスティを逃がし、庇いながら朗らかに笑う。
「まあまあ、エリーそのくらいにしてあげなさい。キャラスティも、まだ酒場は早いよ? 大人になったら連れて行ってあげるからね」
「そうやってテリイは甘やかして⋯⋯。だからわたくしがキャラスティに嫌われるんじゃありませんか」
「キャラスティだってエリーを嫌ってはいないよ。そうだろうキャラスティ? お祖母様も好きだよね?」
コクコクと首を縦に振りキャラスティはテリイに縋る。「ただ怖いだけ⋯⋯」と余計な事を呟いたキャラスティにテリイは声を上げて笑いエリザベートは頭を押さえて座り直した。
「二人とも、今日は聖夜祭だ。そう喧々するものではない。キャラスティも行くのだろう? 王都のように大きくは無いがラサの町もウィリの町も綺麗だよ」
──聖夜祭──
キャラスティが実家に帰って来たのはこれが理由だ。
去年の聖夜祭にはレトニスに誘われリリックと共に王都で過ごした。
今年もレトニスから一緒に回ろうと誘われたが、キャラスティはその誘いに頷くことができず、残念だと笑うレトニスから逃げるように家へと帰って来てしまった。
それもこれも変な「夢」を見るようになったせいだとキャラスティから溜息が漏れる。
どうしてもレトニスが怖い。「夢」では見たこともない表情でキャラスティとリリックを責めていた。強い拒絶を見せるレトニスに悲しくなって起きる。
あの優しい笑顔の下で本当はキャラスティとリリックを疎ましく思っているのだろうかと思うと今までのようにレトニスと接せなくなってしまっている。
聖夜祭の言葉に顔色を変えたキャラスティにエリザベートは呆れの溜息を吐き頬を緩ませた。
「そうね、今日は聖夜祭ですね。そろそろジャスティンが迎えに来るでしょう」
「お姉しゃまっ」
「マーティン。ごめんね待たせたわね」
マーティンが廊下の奥から辿々しくも駆け寄りそのままキャラスティのスカートへと抱き付き「えへへ」と見上げる。
その仕草が可愛らしくキャラスティが頭を撫でるとマーティンは廊下の先を指さした。
「お説教は終わったかい? キャラスティ。帰る前に町へ寄って行こう」
「あなた! しっかり叱ってください!あなたはキャラスティに甘過ぎますわ。あなたが甘いから私が嫌われる役目をする事になっているんですよ」
テリイとエリザベートと同じやり取りをジャスティンとカミーラ夫婦が言い合うとテリイがまた愉快そうに笑い、マーティンが真似してきゃっきゃとはしゃいだ。
「全くうちの男共は⋯⋯やはりわたくしがやるしかありませんわね。キャラスティ、明日から残りの休みはわたくしが直接淑女教育をいたします」
「ええええ⋯⋯」
「キャラスティ!」
「⋯⋯はい。よろしく、お願い⋯⋯し、たくないです」
「キャラスティ!」
カミーラとエリザベートのカミナリが同時に落ち、キャラスティは休みが終わるまでエリザベートの元で淑女教育を受ける事が決定した。
一通り叱られたキャラスティは「今日はここまで」とお説教を終わらせてもらい、家族と祖父母揃ってウィリの町の聖夜祭に出掛けた。
雪がチラつく町は橙色のランタンに照らされ、王都とは別の温かさに包まれている。広場にある大きな木に人々が願いを込めたオーナメントを飾っているのに混ざったキャラスティとマーティンの姉弟をラサーク夫婦とウィズリ夫婦は微笑ましく見守っていた。
「あの子には幸せになって欲しいのです」
カミーラが寂し気に零した。
マーティンが生まれ、キャラスティの立場は政治利用しやすくなった。末端とはいえトレイルの系譜に名を連ねるのだから貴族社会の思惑に巻き込まれないと言い切れない。
「キャラスティはアルバートのように平民を選ぶ事は出来ないでしょうね。まあ、アルバートも口では平民だと言っていますけど、貴族籍は抜けられていません。トレイルの系譜に名前が連なっているのですから抜ける事は許されていません」
エリザベートがもう一人の息子を思いオーナメントで飾られた木を見上げる。
アルバートは貴族社会の窮屈さに「平民になる」と家を出て行ったが、貴族院はアルバートが平民になる事を許さなかった。今は平民の様に生活しているが彼もまた、貴族である事は変わりない。
ただ、アルバートは次男だ。貴族であっても比較的好きに生きられる立場。
しかし、貴族にとって利用価値のあるキャラスティは好きに生きたくとも好きにさせてもらえないだろう。
だからこそエリザベートはキャラスティに貴族として少しでも生きやすくなる様に厳しくすると決めたのだ。
「おとーしゃま、これを付けてくだしゃい」
「どれ、マーティン抱き上げてあげるから自分で付けてごらん」
マーティンがオーナメントを付けてくれとせがんだ。抱き上げられた小さな手で枝に結んだオーナメントはキャラスティの付けたオーナメントの隣でキラキラと光った。
「キャラスティは何を願ったの?」
「家族とずっと一緒にいられます様にって⋯⋯お母様、私ね、──たい」
「え?」
「⋯⋯ううん。なんでもない」
──家に帰りたい──
家に帰り、領地の学校へ通い、家族と一緒に居たい。自分の身に変な事が起きている、これから怖い事が起きる気がする。家族を巻き込んだ怖い事が。
「母様はいつまでも、どんな事があってもキャラスティの母様よ」
カミーラは余程お説教が堪えたのだろうかと、元気がない様に見えるキャラスティの肩を抱きしめて優しく微笑む。
キャラスティはカミーラに笑顔をやっと見せ、橙色の中キラキラと光る木を見上げた。
その夜、ベッドに入ったキャラスティはぼんやりと王都を思っていた。
「今年は家に帰るから」そう告げた時レトニスは悲しそうな表情をしていた。その潤んだ瞳と「夢」の瞳が同じものとは思えない、思いたくはない。
キャラスティはもそもそと起き、広場でもらったオーナメントを手に取った。
──レト兄様が幸せになりますように。
何をもって幸せかは分からない。それでも「夢」のレトニスはキャラスティによって不幸をもたらされていた。ならばする事は一つ。彼と離れなければならない。
窓から雪空を見上げ、レトニスの幸せをそっと祈り、今夜くらいは「夢」を見ない様にとオーナメントを握りしめながらキャラスティはベッドに潜り込んだ。
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聖夜祭の式典が終わり、王宮の長い廊下を気乗りしない足取りで進む。
数歩歩いては溜息が漏れ、どんどん肩を落として行くレトニスを友人達は首を傾げて見守っていた。
レトニスが思い描いていた聖夜祭は式典の後キャラスティとリリックと街へ出かけ、聖夜祭の祭を回ってから夜会にエスコートする予定だった。
一ヶ月前からアルバート洋品店に二人のドレスを発注し、出来上がった日に二人を誘ったが、キャラスティには「今年は家に帰るから」と断られ、リリックには「キャラが居ないのに私が行くのっておかしくない?」と呆れられた。
そもそもレトニスは断られるとは全く考えていなかったのだから仕方がないといえば仕方がない。
言い訳をすれば、学園に二人が入学してからリリックとは会う機会が多いのに何故かキャラスティとはすれ違う事も偶然会う事もなかったのだから誘う機会がなかったのだ。
「はぁあぁ⋯⋯」
盛大な溜息を吐きとうとう壁に縋りついたレトニスを友人達はいよいよもって不思議に思った。
「何でそんなに重い空気を背負っているんだお前は」
「あー! もしかして振られた? 振られたんだレトニス」
「お前が振られるなんて、あるんだな⋯⋯余程の高嶺の花なのか?」
「そんなものだ。いくら見てくれが良くても権力があっても、振られる時は振られるもんさ」
「⋯⋯振られていない⋯⋯まだ。多分」
「振られた」と繰り返されて傷口が抉られる。
告白すらしていないのだから振られてはいない。
そう,絶対に振られてなどいない。まだ。
「あっ、雪」
ユルゲンの声に窓の外を見る。
白いふわふわしたものがチラチラと舞い落ちて来ていた。
「今年も平穏に過ぎて何よりだな」
アレクスが窓に近付きしみじみと安堵の息を吐く。
「ああ、来年も何事もなく過ぎて欲しいものだ」
シリルがアレクスに同意した。
「⋯⋯今年が無事に過ぎれば⋯⋯いや、何でもない」
テラードは何故か不安気だった。
「大丈夫だよ。僕はなんだかんだ言って来年も楽しかったって言ってる気がするよ」
ユルゲンは陽気に笑う。
「ねえ、パーティーまで時間あるし街へ行かない?レトニスは去年、幼馴染と一緒に回ったんでしょ?今年は僕達と回ろうよ」
ユルゲンの発言でレトニスに「幼馴染に振られたんだ」との痛まし気な視線が集中する。
「だから、振られてなど⋯⋯」
「いいからいいから、ほら行こうよ」
無理矢理背中を押され、たたらを踏みながらレトニスが歩き出せば友人達もそれに続いた。
聖夜祭のパーティーはまだ続いている。
婚約者候補の令嬢達、娘の売り込みをしてくる貴族達、打算と思惑を持って近付いてくる人達を笑顔でやり過ごし、レトニス達はバルコニーへと避難していた。
「相変わらず落ち着いてパーティーを過ごす事は出来ないのだな」
「仕方ないだろう? 俺達は四大侯爵家、アレクスはこの国の王子だからな」
「あはは、僕達、肩書きだけは立派だからねえ」
アレクス達は苦笑しながら疲れを見せる。自分の立場を考えれば彼らとの付き合いを蔑ろには出来ないのは分かっているし、当然だとも受け取っているが疲れるものは疲れるものだ。
「なあ、レトニスの幼馴染ってどんな子達なんだ?」
アレクス達から少し離れたところでテラードがレトニスに呟くような質問を投げかけた。
変な問いかけだとテラードを見れば思ったよりも真剣な表情にレトニスは眉を顰めた。
「どんなって、普通だよ。リリーは可愛いし、キャラは⋯⋯可愛い」
「どっちも可愛いんじゃないか」
吹き出したテラードに「そう言えば」とレトニスも笑う。
「だったら⋯⋯大丈夫なのかもな」
「何がだよ。あっお前、ダメだからなリリーもキャラも認めないからな絶対!」
「何の話だよ」
微妙に会話が成り立っていないレトニスにテラードは手にした飲み物を口にして苦笑する。
「パーティーにエスコートしたかったのに⋯⋯」
王宮で開かれているこの聖夜祭のパーティーは上級貴族だけが招待され、下級貴族はエスコートを受けるかエスコートを任されるかしなければ参加する事は出来ないのだ。
「えっ? まさかお前二人共エスコートする気だったの!?」
「まさかって何だよ。当たり前だ」
「いやーっ! レトニスさんたらっサイテー」
「ちょっ、まてよ、最低ってなんだよ!」
テラードが戯けながらアレクス達に声をかけると一様に蔑んだ視線を向けられ「最低だ」と非難された。
「お前、それはフタマタでは無いのか⋯⋯」
「それは、振られて当然だろう⋯⋯」
「レトニス、上品に見えて意外と非道⋯⋯」
「えっまって、フタマタ? 何で俺悪者なの?」
心当たりがない事で非難されたレトニスは訳がわからないとテラードを睨むが、ヘラッとした笑いを返され、アレクス達には蔑みに何故か羨望が混じった視線を向けられ続けていた。
「くくっ⋯⋯悪い。揶揄って。来年は、誘えると良いな」
「⋯⋯お前なあ⋯⋯」
一通り笑い合い、アレクスに「そろそろ中に戻ろう」と促されそれに倣うレトニスは足を止め振り返った。
──来年こそは。
レトニスは密かに決意し、早く帰って来て欲しいとキャラスティを想いながら真っ白に降り積もる雪空を見上げた。




