昨日の敵と恋話⋯島
真っ白なシーツをバサっと広げ、パリッと皺を伸ばしてからその端をマットの下へ折り込む。アッパーシーツと掛け布団、枕を置きベッドスローを最後に乗せてベッドメイキングは完了だ。
「ベッドが終わったらアメニティを確認して」
キャラスティが結構大変な作業だと腰を伸ばしていると浴室を掃除しているミリアから次の指示が飛んできた。続けてアメニティの確認を始めればミリアはタオルとバスローブをクローゼットへ入れ、室内を手際良く見廻って頷く。
「アメニティは⋯⋯よし。次に行くわよ」
先導するミリアに遅れまいとキャラスティはワゴンを押しながら小走りで付いて次の部屋へと移動する。
豊穣祭の「お手伝い」を教えられたのは半月前。ルームキーパーに割り当てられたキャラスティはリゾートアイランドで一番豪華なホテルへと配属された。
仕事は二人一組。何の気まぐれかミリアから「ステラと組むわ」と指名されたのだった。
「この部屋が最後よ。終わったら休憩しましょう」
どんな嫌がらせをされるのかと身構えているキャラスティの心境を知ってか知らずかミリアは淡々と仕事をこなし、先程と同じくキャラスティがベッドメイキングとアメニティを、ミリアが床の掃き出しと浴室を担当する。
十何部屋と作業すれば流石にキャラスティは気付く。ミリアは面倒で大変な水回りを請け負い、比較的ミスが発生し難いベッドメイキングをさせてくれているのだと。ミリアの手を見れば水仕事のせいでふやけて赤くなっていた。
「もうっ! ハカセのせいで各部屋に水振りが付けられてこっちの仕事が増えたじゃないの!」
配属されたこのホテルは上級貴族専用。
ホテルの裏にお湯を沸かす施設が有り、そこから各部屋に行き渡らせる作りで、浴槽までは付いていないが各部屋にハカセが発明した「水降り」が付けられている。
島でも思ったが「アイランド」は外の世界より文明の進みが早く、技術も設備も何処となく「前世」の物に近い。
なにより、リゾートアイランドで一番驚いたのが「電気」だ。
まだ島全体には行き渡ってはいないが、このホテルは電気が使われている。
お湯を沸かす施設は風と火と蒸気で電気を発生させる発電所の役割も持っているとハカセが言っていた。
「この電気? って言ってたわね。これ不思議よね。ハカセが針金みたいなのを巻いて磁石を動かして⋯⋯とか言っていたけど、訳がわからないわ」
「⋯⋯ハカセって凄いのね」
何度「凄い」と思ったかもう、分からない。凄いとしか言えないのがもどかしいくらいだ。
ハカセの発明は「人力三輪」や「ステラ瓶」の様に素朴な物を作り出す程度かと思えば「電気」のような革新的な物を生み出していたり⋯⋯振り幅が大きい。
少し前、ハカセにも「前世」が有るのかと何となく聞いた時には訝し気な表情で「小説の読み過ぎ」だと乾いた笑いを零された。
「天才ってやつよ⋯⋯浴室、室内、ベッド、アメニティ⋯⋯よし。休憩に入りましょう」
パンパンと埃を払い、さっさと部屋を出たミリアは「早く来なさいよ」と急かす。
待ってくれるのは有難いが、「何か」をやられる気がして内心複雑になりながらキャラスティはその後を追いかけた。
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「ここが休憩場所よ」
連れられた場所はホテルの裏側、高台の中腹辺り。見上げればお湯を沸かす施設から湯気が立ち上がり、目隠しに積まれた石垣から見下ろせば豊穣祭に訪れた人々が往来する表通りが見える。
見晴らしが良く、海風も心地良く通る木陰に陣取ったミリアは「座りなさいよ」と自分の対面を指差してキャラスティを手招いた。
身構えるキャラスティが不安気に辺りを見回して恐る恐る腰を下ろすのを横目で確認したミリアは「私達が一番ね」と果実水を飲みながら満足気に笑うが、キャラスティは人がいない間に何をされるのか気が気ではない。居所がないと目を泳がせるキャラスティを見やって、笑顔を呆れた苦笑に変えたミリアがずいっと身を乗り出した。
「身構えないでよ。仕事は仕事よ。意地悪なんかしないわよ」
「それなら良いのだけれど⋯⋯あの、折角だから私、ミリアさんと話をしなければって思っていて⋯⋯」
キャラスティの強い視線にミリアはさっきまでオドオドしていたのに意外だと言いた気に目を見開き、「面白いわ」と足を組んだ。
「嫌がらせを止めて欲しい。ミリアさんの思っている事は勘違いよ」
「勘違い? 誑かしているのは事実でしょ。少し綺麗だからってセトだけじゃなくハカセもステラに懐いちゃって馬鹿みたい」
「それが勘違いなの」
キャラスティは怒ってはいない。ただミリアには「もう一人の自分」になって欲しく無いのだ。
「いつ何処で何に好意を持つかなんて本人にしか分からないわ。それを咎める事は誰にも出来ないのよ」
「だから? モテ自慢かしら?」
「違う。好きならば、その人の隣に立てる様に頑張るしかないの。頑張っても報われない事の方が多いけど、想う気持ちは自分だけのものよ。それを大切にして欲しい」
ミリアがセトを好きならばその気持ちを大切にして欲しい。振り向いてくれないからとセトの好きな人を攻撃する事は自分が惨めになるだけだ。
ミリアに「ゲーム」の「キャラスティ」になって欲しくない。それだけの事。
「私はミリアさんの気持ちを考えず酷い事をしたわ。ごめんなさい。けれど、ミリアさんは好きな人の隣に立つ事ができるの。好きな人の近くに居られるの、だから⋯⋯」
「私は? ⋯⋯ふうん。ステラに好きな人がいるみたいな事を言うわね」
「へ? あっ、違⋯⋯わないけど」
「ああ、もうミリアでいいわ」と兎の仮面の下で橙色の瞳が楽し気に細められた。
現金な話だがミリアにとって、いくらセトが気に入ってもキャラスティにその気が無いと分かればそれで良い。
「ステラは外の世界の好きな人を忘れられない。そう言う事ね。これは報告が必要かしら?」
「ミリアさ──」
「しないわよ。私はセトが好きでアイランドに追いかけて来たの。外の世界に好きな人が居るのならライバルじゃないわ」
外の世界への執着が消えず、果実水の効果が出ていないと報告されたら⋯⋯いつかの糾弾会を思い出して青ざめたキャラスティにミリアは心配するなと右手をひらひらと振った。
「私はセトが好き。だけどステラは違う人が好き。それだったら友達になってあげてもいいわ」
「嫌がらせを止めてくれるだけで良いんだけど」
「違う人が好きならば私にとっての敵じゃないわ友達よ。女の友情は男で拗れるんだから」
ニンマリと笑うミリアに意地の悪さは感じない。人それぞれに恋や愛の形はあるにしても自分の気持ちに素直なミリアがキャラスティには眩しく映った。
キャラスティの周りに自由な恋愛は無いに等しい。必ず政略的な意図がついて回る。キャラスティもいずれは貴族としての役割を果たすもの、そこに自分の気持ちは関係無く「そう言うもの」だと教えられて来たし、間違いだとも思ってはいない。
だからこそ貴族の中でも特別な「彼」には、同じ貴族であっても何の得もない自分は相応しくない。相応しい「特別」な相手が選ばれれば今は好意を向けてくれる「彼」も気の迷いだったと思う日が来る。
それまで「彼」の邪魔にならない様、「その時」に笑える様に「好きだから好きにならない」そうしているはずなのに──。
「で? ステラの好きな人ってどんな人なの?」
「えっ⋯⋯お、教えないっ」
「私の好きな人を知っているのにフェアじゃないでしょう。カッコ良い? 背は高い? 優しい? 強い?」
「うう⋯⋯好きにならない様にしていて⋯⋯」
「なにそれ。意味が分からないわね。さっき自分で言ったでしょう。想う気持ちは自分だけのものだ大切にしろって。ほらほら」
逃がさないと言わんばかりに隣に座り直したミリアが肩に腕を回す。諦めたキャラスティが「彼」を語り出すと橙色の瞳が期待に輝いた。
「彼」は格好良いと言えば容姿は整い過ぎるほどだ。背も高く頭も良く、恵まれた家系にも関わらずそれを鼻にかけることもなく優しくて穏やかでもある。子供の頃に怖い大人から守ってもらった事があるのだから強いと言えば恐らくそれなりなのだろう。
「何、その完璧超人」
「あっでも、落ち込むと狭い所に閉じ籠るし、妄想癖があるし、嫉妬深かったりするし、変な事言うし、怒っても嬉しそうだったりするから、何て言うか少し心配になると言うか⋯⋯色々不器用と言うか間が悪いと言うか」
「それ、同じ人?」
ミリアにケラケラと小突かれながらぐいぐい気持ちを引き出されキャラスティは恥ずかしさにどうとでもなれと言う気持ちになって来た。
「多分、そんなおかしな所が、好きなんだと、思う」
もう、認めるしかない。子供の頃からずっと好きなのだと。本当は「お嫁さん」にすると言ってくれるのが嬉しいのだ。
ニマニマと笑うミリアに手を差し出され、その手をキャラスティは握り返した。その手はカサついていても暖かい。
「ステラ、意地悪してごめんなさい」
「嫉妬は程々にしてね。⋯⋯あっ、そうだ。これ使って。フラーが作ったクリームで保湿効果がある薬草から作ったんだって。水仕事、請け負ってくれたんでしょ?」
ミリアは荒れた手に乗せられたクリームをマジマジと見つめキャラスティに視線を動かし、溜息を吐きながら俯いた。
キャラスティの育ちが良いのは察している。恐らく家族にも周りにも大切にされて来たのだろう。
嫉妬で家の周りを散らかしたり仕事道具を隠したり悪口を振り撒いたりして来た。それを嬉々として実行した自身が馬鹿馬鹿しく、惨めに思えるほどキャラスティは「普通」に接してくる。
クリームをミリアに擦り込むキャラスティの手に胸が痛む。
ミリアはセトからキャラスティを監視する様に指示されていた。大好きなセトの為、セトに認められる為に嫌いだったキャラスティと組んだのだ。
「ステラは外の世界へ絶対に返さない」そう言ってキャラスティに執着するセトにミリアは苛ついていた。仕事で見返して自分の方が優れていると見せつけるつもりだったのが、蓋を開けてみればただ見返す為に面倒な仕事をしていただけなのに荒れた手に気付いてくれ、セトではなく外の世界の人が好きだと言った。
ミリアは我ながら単純だと思う。いくらセトが執着してもセトに振り向く事は無いのだと安心したし、嫌がらせを受けても気遣いを向けてくれたキャラスティに今はもう負の感情は持っていない。
「帰してあげたい」ミリアはそう考え始めていた。
「ステラは⋯⋯外の世界へ帰りたい?」
その呟きはあまりにも小さく、キャラスティには届かなかったが。
「あっメアリ、フラーこっち。お疲れ様」
「お疲れ様。二人とも早いわね」
「さすがミリアね。ねえ、お祭り見に行っても良いかしら」
「構わないわよ。ステラも行って来なさいよ。三人共初めてでしょ」
意外にも優しい声色に三人はキョトンとミリアを見つめ、アメリアから何があったのか尋ねられたキャラスティは「仲直りしたの」と笑う。
「余計な事は言わないの! ほら早く行きなさいよ! 仮面は絶対に外しちゃダメだからね!」
キャラスティ達はさっさと行けと手を払うミリアに「行ってくる」とスカートを翻し、高台から表通りに向かって階段を降りて行った。
三人の姿が表通りの人波に紛れるのを確認したミリアは視線を鋭くして表通りへの階段の反対、ホテル側の石垣へ声を掛けた。
「こちら側は貴族様がいらっしゃる様な場所では有りませんよ」
ミリアはキャラスティと話し始めて直ぐに気が付いていた。誰かが自分達を見ていると。
セトがミリアだけではなく島の別の人も監視に付けたのならミリアに声をかけるはずで、その気配もなく自分達を凝視する視線を感じていた。それは痛いものではなく温かさを感じるものだった。
「道に迷われました? それとも⋯⋯用があるのは⋯⋯「狐の彼女」に、かしら?」
豊穣祭が開かれている間は誰もが仮面を付けている。ミリアは「兎」アメリアは「猫」フレイは「犬」。そしてキャラスティは「狐」だ。
「下賤の者とは言葉を交わせませんか? なら、こんな所へ来てはなりませんよ」
これで帰ってくれるのならそれで良い。
少しの間を置いてミリアの予想に反し、コツリコツリと石段を上がってくる足音がした。
帽子が見え、鷲の仮面、明るい茶色の髪、揺れる藤色のデイドレスと順に姿を現したのは品のある女性。
少々、女性にしては背が高い以外は仮面を着けていてもその美貌が優れていると分かる。
近くまで歩み寄られ、鷲の仮面から覗く深緑の瞳にふっと穏やかな光が浮かびミリアは息を飲んだ。
「少し、よろしいかしら」
女性にしては低音が混じり男性にしては高音の不思議な声色が転がる。
優しいのに厳しい声色。それは穏やかなのに激しい情を抑えている様にも思えた。




