豊穣祭⋯王都(リゾートアイランド)
王都から南へ町を経由しながら馬車で約四日。
ベクトラ領、港町リブラは多種多様の人々が往来し、他国言語が飛び交い、異国の品が並ぶハリアード王国貿易の玄関口。
そのリブラから更に半日、船に揺られてハリアード王国とフリーダ王国の共有領海上に有る「島」へと到着する。
その島の名は「リゾートアイランド」。
──ディクス公爵家所有の島──
「んもーっ、いつまでふて腐れているのよ」
白い波を立てながらリゾートアイランドへと向かう船の甲板で女性が二人、船上の視線を集めていた。
一人は見事な金色の髪を一つに纏め上げて気持ち良さそうに風に吹かれ、一人は帽子を被り明るい茶色の髪を靡かせながら憂いを帯びた瞳で波を見ている。
豪華な美人とクールな美人。身なりと身のこなし方からしてかなり高位、もしくは裕福な家の令嬢と思われた。
二人とも女性にしては少々高めの身長だが、スラリとしたスタイルはより一層の高嶺の花を思わせ、その見事なまでの美貌は話し掛けることを躊躇させるもので、目を奪われた者達は遠くから熱い視線を送るしか出来ないでいた。
「仕方がないでしょう? 「女旅」ですもの」
「⋯⋯俺が⋯⋯こんな格好」
「往生際が悪いですよ。それから「俺」ではなくて「私」です──さあ、日差しも強いですし、お二人ともそろそろ日陰へ参りましょう」
美貌の二人に話しかけた男に嫉妬の視線が向けられるが連れだと分かると、近付く為には「先に男の方と知り合いにならねば」と周囲は色めきだった。周りの思惑を知ってか知らずか連れ立って三人が甲板から屋内へ移動すると距離をとっていた者達もさり気なく続いた。
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遡る事一ヶ月前。国王ダリオンの元へ届けられたのは「ステラ瓶」とキャラスティのメッセージが隠されていた「説明書」だった。
「現時点までの調査でセプター商会は偽物の流通を行っていると断定できます。我が国の製品を模した証拠品は随時収集と保管を継続いたしましょう。
それから⋯⋯これはまだ確信できる話では有りませんが、この「ステラ瓶」は偽物の荷物の中に入ってました。そして付属の説明書には「アイランドキャラスティ」とのメッセージが隠されている様です。それにより偽物の製造はアイランドで行われていると私は推測しております」
エミールが広げた説明書に書き込まれた「アイランドキャラスティ」の文字にダリオンは眉間の彫りを深くして唸った。
「アイランドはディクス公爵に管理を任せた島だ。キャラスティがそこに居るとなれば、人攫いの件もセプター男爵とディクス公爵が関わっている証拠となる、か⋯⋯」
「そう言う事になりますね──そこで、提案が有るのですが」
チラリと連れてきたアレクスを始めとした生徒会の一同を見てエミールはダリオンに発言の許可を得ようと一礼する。
「話してみよ」と許可をすればエミールは一瞬、悪戯っ子の様な笑みを見せ、その笑い方にダリオンは少しだけ後悔を滲ませた。
エミールには前科がある。
アレクス達が不思議な「魔法」に操られた時の対応にキャラスティを使った。彼女は事ある毎にアレクス達をサポートし続けたとアレクス本人からも護衛達からも報告を受けている。それに対して「彼女なら出来ると思っていました」とエミールは満足気だった。
国王陛下の右腕と名高いエミールだが、ダリオンにも手に負えない部分がその性格だ。
彼に王家への忠誠心が有るからこそ信頼を置いているが何ぶん「好奇心」が強い。何かと「取り敢えず手を付けてみる」のだ。
キャラスティに婚約を申し込んだのも未知なる知識への興味からだった。興味から始まったものでもかなり気に入っている様子に意外さを感じ、ダリオン自身も知識を持ったキャラスティが万が一他国へ出る事になるくらいならと「キャラスティが承諾すれば婚姻を認める」としていた。
言い方は悪いがエミールはまたキャラスティを使うつもりだ。いや、今回はキャラスティではなく、彼女を想う彼らを使うつもりなのだとダリオンは苦笑を浮かべた。
「アイランドでは秋を迎える時季に「豊穣祭」を開催しています。丁度今月末ですね。
皆さんにその豊穣祭へ「休暇」として行っていただきたいのです」
島の外からすれば「アイランド」といえばリゾートアイランドの事。アレクスもエミールもそれこそダリオンも視察やお忍びで行った事がある。
しかし、今回は視察ではディクス公爵が警戒する。と、なれば非公式でアイランドへ向かうのだとエミールは説明した。
「全員はダメですよ? 目立ちますし、例のセプター嬢が怪しむでしょう? 二人もしくは三人でお願いします。ああ、護衛はしっかりつけますのでご安心を」
行く行かないの答えは聞いていないとエミールは提案と言う形で暗に指示を出す。それは、彼らが「自分が行く」と必ず言うと分かっているからこその誘導でもある。
「如何でしょう。陛下」
「⋯⋯お前達はいずれは国の中枢に立つ立場だ。この国が抱える問題をお前達が解決すれば実績となるだろう」
「そう言う事です」
満足気にエミールは頷く。その表情にダリオンは呆れたような溜息を吐き席を立った。
「今晩中に計画を纏めよ」
彼らが後継者としての教育を受けていても、あくまでも机上の論。実際に問題と向き合った時に対処出来なければ意味が無い。
ただでさえ王族と古代から続く四大侯爵家に生まれ、将来が約束された出自は妬みの対象だ。
妬みを押さえ込むには多くの実績を積み、人々の信頼を勝ち得、その言動に説得力を持たせる必要がある。先を見れば今の状況は良い機会だ。この機会を優位に運び、誘拐事件も違法複製商品の流通も解決させる事が出来れば煩い外野を黙らせる事が出来るだろう。
人は行った事実で評価される。善行も悪行もその全てをもって、その為人を見極められるものだ。
好機と言うには言葉は悪いが、使える状況は使ってこそだ。
「さあ、作戦会議を始めようか」
その後の話し合いは予想通り互いが「自分が行く」と譲らず、最終的にはエミール主導で纏った。
「アレクス様は護衛の人数を増やさなければなりません。余計目立ってしまいます。シリル君とユルゲン君は責任を感じているのは分かりますがマルタ嬢とタール嬢の件で公式ではなくとも謹慎中です。王都からは暫く出られません。と、なればレトニス君とテラード君に⋯⋯と言いたいところですが、君達の中でキャラスティの暗号が解読できるのはテラード君だけらしいね。また届くかも知れないから残ってもらわないとならないな」
「レトニス君は⋯⋯」そう言って考え込んだエミールは手をポンと打ちニンマリと笑った。
「付き合いも長くキャラスティを良く知る君が行くのは適任だけれど、君はキャラスティに対して冷静さに欠けがちだ。そこで、セレイス嬢にお願いして一緒にアイランドへ行ってもらおう」
「レイヤー嬢⋯⋯と、ですか」
レトニスは思いもしない人物の名前に目を瞬かせた。確かにキャラスティとテラードと同じ「前世」を持つレイヤーなら、旅先でキャラスティの暗号を手にしても読めるかも知れない。だがしかし問題が有る。
「し、かし⋯⋯レイヤー嬢は女性です。いくら護衛が付くとは言っても⋯⋯」
婚約関係に無い相手と旅行は問題では無いか。
「二人きりでは当然ありませんよ。それに⋯⋯君に「女性」になってもらえば偽装の意味でも有効ですからね」
「じょ⋯⋯せい」
言葉を紡げなくなったレトニスとは対照的にエミールの青藍の瞳が伊達眼鏡の奥で楽しそうに細められた。
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秋の入り口とは言え外はまだ暑さが残っているが船室内は涼しい空気に満たされている。サーブされた果実酒も良く冷やされて暑さを和らげてくれた。
「レイヤー様、フライア様、船を降りる際にはこちらの仮面を着けて下さいね」
「決まりだそうです」と連れの男、ブラントが「梟」の仮面をつけて見せ、テーブルに「孔雀」と「鷲」の仮面を置いた。
孔雀を手にしたレイヤーは面白いと目を輝かせ「似合うかしら?」と鏡を覗き込んでケラケラと笑った。
「これ、ベネの弟君が私達を例えた動物よね。しかも三人共鳥類。面白いわ」
「⋯⋯仮面を着けるなら、別にドレスじゃなくても⋯⋯」
「フライア」と呼ばれた女性、レトニスが深い溜息を吐いて頭を抱えた。
「もう⋯⋯まだ言ってる。いい加減割り切りなさいよ」
「似合ってますよ? お綺麗じゃないですか」
「ブラント⋯⋯帰ったら覚えてろよ」
アイランドへの「休暇」と言う名の偵察に対してレイヤーは二つ返事で承諾したが、「レトニスと二人」でと聞いた途端に苦虫を潰したかのような酷い顔をしてリリックとベヨネッタの笑いを誘っていた。
レイヤーはアイランドに行くに当たり「キャラスティを探す為にも是非に。けれどブラントも一緒に来てくれるならレトニス様と一緒に行っても良いわ」と条件を出し、それをブラントが了承した事によりこの三人での旅となった。
キャラスティの捜索とは言えブラントと旅をする。それだけでも嬉しいレイヤーを喜ばせる事柄はもう一つある。
女性を演じるレトニスのドレス姿だ。
元々顔の作りが憎らしいほどに整っているレトニスは少し化粧を施しただけで美人から絶世の美女へと変身した。
身長はあるがローヒールならハイヒールを履いたレイヤーより少し大きいくらいで収まり、男性特有の喉仏はチョーカーやスカーフで隠し、胸には詰め物をして誤魔化している。
リリックの様な明るい茶色のロングヘアーのカツラを被り、藤色のデイドレス姿のレトニスは涼し気な目元の貴婦人そのものだ。
そもそも、いくらレトニスでも性別を偽る有効さと意味は理解している。
レイヤーとレトニスが友人関係だとしても、男女での旅行は社交界で要らぬ噂を生む格好のネタになってしまうし、勘ぐるものは必ず出て来る。
また、トレイル家の者がアイランドへ行ったとなればディクス公爵とセプター男爵が警戒して先手を打たれる可能性がある。あくまでもレトニスは「体調を崩して療養する」として出立したのだから領地に滞在していると偽装しなくてはならないのだ。
根回しと工作の結果、領地へは替え玉が向かい、アイランドへはレトニスがレイヤーの従姉妹フライア・パーシモンとして旅券を発行した。
「フライア嬢は暫く外に出られないだろう? 迷惑かけたな」
「社交の場に出なくて良いって喜んでいたわよ。なんでも大作の編み物を完成させるって」
「利害の一致よ」そう言ってレイヤーはふっと真顔になってレトニスに詰め寄った。
「浮かれているって思ってるでしょ? けど、これが私の普通。私は普段通りを「演じる」わ。だって、キャラが無事であって欲しいからね。
だから貴方もしっかり「演じる」事。私達の行動一つでキャラに危害が加えられるかも知れないってしっかり覚えていて。貴方だって危ない目に合うかもしれないのだから。絶対に無茶な事はしないでよ」
「⋯⋯ああ、分かっている」
エミールにも同じ事を言われていた。今は己の未熟さを痛感している。レトニスは深緑の瞳に強い意志を込めてレイヤーに頷いて見せた。
「演じ切ってやるさ。必ず取り戻す」
レトニスが決意を表すと同時に着岸を知らせる汽笛が鳴り響いた。
緊張気味に「いよいよね」と呟いたレイヤーをさり気なく支えたブラントの腕に気付けば、レトニスは羨ましさに目を細めた。
始めの頃は遠慮よりも引き気味だったブラントもレイヤーと打ち解けるに連れ彼女との距離が近付いたとテラードが嬉しそうに話していた。
身分が違うと言われたら公爵家のレイヤーと子爵家のブラントは反論のしようがない。それでも二人は、特にレイヤーは胸を張って「公爵令嬢なんて肩書きは要らない」と宣言するだろうし、それをブラントは呆れながらも受け入れるのだろう。
彼らはその選択が出来る。
レトニスは──後継者として育ててくれた人達の為にもトレイル侯爵位を継ぐ事を望むキャラスティの為にも「特別」を捨てる事は出来ない。
もし、レトニスがキャラスティを「お嫁さん」にする為に全てを捨て、トレイル侯爵家を継がないと言えば彼女はレトニスの前から自分の意思で姿を消し、より高くより分厚い透明な壁に阻まれ、触れる事も親しく名前を呼んでくれる事も無くなってしまうのだろう。
レトニスは想像しただけで気が遠くなる。
そんな事になったら想いのままキャラスティを閉じ込める事を躊躇しない自分が安易に想像できる。それではキャラスティが前に言った「迷惑を掛けるのは好き嫌いでは済まない」の通りになってしまい、レトニスの我儘が周りにとってただの迷惑でしかなくなるのだ。
忌まわしく、無駄な古い制約に囚われたレトニスが個人的な希望を通すには「特別」な立場に課せられた役割を利用して実績を積み「特別」であり続け、有無を言わせない力を付けなくてはならない。
「さあ、参りましょう」
ブラントに促されてレトニスは頷いた。
──必ずキャラスティを見つけ出し「人攫い」の全貌を明らかにする──
帽子をかぶり直し鷲の仮面を手にしたレトニスの深緑の瞳に強い光が宿る。レイヤーとブラントはその光にニヤリと口角を上げた。
「レイヤー嬢、ブラント。⋯⋯俺はまだ無力だ。手を貸してくれてありがとう」
「良い表情だわ。キャラも貴方も私の友達ですもの当然の事よね」
「己の力を知るのは良い事です。けれど「俺」では無く──」
「私、でしょう?」
レトニスが品を作るとそこには優雅で隙のない完璧な「令嬢」が艶然とした微笑みをたたえていた。
「ようこそ! リゾートアイランドへ」
「ホテルのご用意はこちらへ」
「島の案内はお任せください」
着岸した船を迎えたのは客引きの声と笑い声。そして美味しい匂いと歌と踊り。山から海岸へ向かって白い壁の家々が立ち並ぶ美しい景観が広がりレイヤーは「なんて美しい島なの」と目を輝かせ、レトニスとブラントも言葉を無くした。
──ここにキャラスティが居る──
音楽と花に溢れ陽気な声が飛び交う豊穣祭に訪れた人々に紛れ三人はリゾートアイランドの地に降り立った。




