第90話 ラクダでもラマでもなく
さあてやって参りました五部屋目です。
部屋の構造はこれまでと同じで、ただただ広い。一定距離まで近寄らないと動き出さないのにこれほど広い必要があるんだろうか。
ボスと鬼ごっこするためとか? そんなわけないか。
「山田さんとヴァンは念のため、後ろで」
「ひまりのことは任せて。どんな魔法を使ってでも護るから」
ふふんと胸を反らしぷるるんと揺れながら得意気な顔で返すヴァン。
その恰好は目に毒だから、着替えとか準備しなきゃな。山田さんがお願いしたらどんな服でも着替えてくれるだろ。
んー、とはいえどんな服を用意すりゃいいんだ。冬用の体操服でいいか。
もしくは山田さんに服を選んでもらおう。胸が気にならない服で頼む。
「よっし、どんなボスがいるやら」
小脇にマーモを抱え、ミレイとイルカが周囲を飛び、グルゲルが隣を歩く。
この映像だけ切り取ったら不気味だろうなあ。
冴えない男子高校生がマーモットを抱え、周囲を可愛らしい妖精と変なイルカが浮かび、その隣を時代錯誤な恰好をした女子高校生が並ぶ。
突っ込みどころしかない絵だよな、うん。
本人は極めて真面目にやってるから、気にしないでくれ。
ボスの姿が見えてきた。
え、ええと、アレがボス? 見た目で騙そうたってそうはいかんぞ、と気を引き締めようにも、ダメだ! 無理、こんなん笑う。
ボスの姿は、牛であった。
ホルスタイン柄のアレ。白と黒のあの模様のやつだよ。
牛がローマ時代の貴族が纏っていたようなローブを着ている。着ているといっても牛なので、首元から背中あたりまでしかローブが覆えていない。
場違いな牛と無駄に豪華でアンティーク感のあるローブのギャップもあって、気が抜けるってもんじゃないんだが……どうすりゃいいんだよ。
≪トーガを纏ったうし≫
表示名でまた吹き出しそうになった! 表示色は真っ赤だから、油断できない相手なのだが、見た目こそモンスターの作戦なのかもしれん。
あと、「牛」じゃなくて「うし」なのは何か意味があるのか?
「あのモンスターを知ってる?」
「あいつは……」
笑いそうになる俺に対し、グルゲルの顔は真剣そのもの。険しい顔で「うし」を睨んでいる。
表示名が真っ赤だったから、グルゲルでも厳しい相手なのだろうか?
「グルゲル、無理して戦うこともないだろ。死んだら元も子もないからさ」
しんどかったピットフィーンドでも、面白そうじゃないかとニヤニヤしていたグルゲルが真顔になるなんてただ事じゃない。
動く距離に至る前に撤退しよう、そうしよう。
「まあ待て。めったに見られるもんじゃねえぞ」
「牧場に行けばいるだろ」
「牧場? アレは違う。元の存在の格が相当高いんだろうな、残念だがヴァンと同じ状態になってんじゃねえか」
「存在の格……また難しいことを」
俺たちの世界……地球じゃ生きとし生けるものは全て格なんてものはなく、同じだと考えている。
一寸の虫にも五分の魂というじゃない。命ってのはどんな生命体でも生きているってことは同じ。たぶん一寸の虫の慣用句の意味が違うが、言いたいことは伝わったはずだ。
ところがどっこい、グルゲルの世界は同じじゃないらしいんだわ。
殆どの生き物は地球と同じ生命体なのだけど、一部違うものがいるんだって。
深い深い山の中にいる超自然的な存在がそれだ。精霊とか神獣という霊格? が普通の生き物より一段階高い存在らしい。
「とまあ、そんな感じだ」
「モンスターの索敵範囲ギリギリでのんびり喋っている俺たちも相当だよ」
「別に危険はねえだろ。寄らなきゃ動かねえんだし」
「それもそうだな。ええと、あの『うし』はなんか神聖なやあつ、ってことなんだよな」
「まあ、そんなもんだ」
こういう時、グルゲルは軽い調子だから助かる。ここで神とは精霊とは、なんてくどくど説明されたら困ってしまう。
ん、待てよ。
「元が神聖で今も霊格? が完全に失われていないんだったら、俺たちにも友好的なんじゃないの?」
「んー、半々だな。ヴァンの時みたいになるかもしれねえし、他と同じように襲い掛かってくるかもしれん」
「気が進まないけど、ここまで来たんだ。逃げる前提で近寄るか……」
「おう」
問答無用で襲ってくるパターンは嫌だなあ。ヴァンのようにしばらくまごまごしてくれたら逃げやすいのだが。
そろそろ、踏み込むぞ。
『うもお』
「……えー」
動き出したと思ったら気の抜ける鳴き声で迎えられた。この鳴き声でガチバトルとか嫌すぎる。
うしは呑気にふあああとあくびをして、また「うもお」と鳴く。
「もう帰らないか」
「敵意はなさそうだな」
さすが霊格が高いだけに、ディープダンジョンのモンスターになっても友好的とはすげえな。
なんて思ったけど、敵意も好意のどちらも無いからこそ、どっちにも振れないんじゃねえの?
この呑気で気の抜ける鳴き声、そして、こっちを見ることもなくぼーっと明後日の方向を見ているし。
うわ、目があった。
『うもお』
「結局それかよ!」
もういい、俺は帰るぞ! グルゲル。
ふんふんと鼻息荒く背を向けた時、頭に声が響く。
≪よくぞここまで辿り着いた。勇者……にしては影が薄く、華がない。勇者でよいのか?≫
「ただのぼっちだよ」
酷い脳内へのメッセージに思わず即突っ込みを入れてしまう。
≪まあよい、ぼっちよ。汝は何を求める≫
「そういわれましても、選択肢はないの?」
フリーで求められると回答できないゲーム脳ですまんな。
≪世界の書、金銀財宝、酒池肉林、他≫
「これはひどい」
奥深くまできてご褒美がもらえる。これほどの達成感はなかなか味わえない。
だがしかし、報酬に碌なものがねえんだわこれが。
世界の書……何かヒントが入るかもしれないけど、全部揃ってからじゃないと誤情報に踊らされそう。だからこれまで、入手しても調べてこなかった。
正直言うと、イルカを通じて聞くのが面倒。
金銀財宝ってのはガルドだろ。もううなるほどあって使い切れないから要らない。
そんで、酒池肉林? どんな罰ゲームだよ。俺はコミュニケーションってやつが嫌なのだ。
「他」というのは何があるんだろ。




