第88話 大丈夫だよー☆
「ヴァン! オレだ」
「侵入者は排除、侵入者は排除、侵入者は……」
う、うおお。グルゲルが呼びかけたからか、真祖が喋った!
喋るモンスターは初めてで超驚きだ。真祖は苦し気に頭を抱え、ぶつぶつと同じ言葉を呟いている。
「グルゲル、真祖はコピーがうまくいっていないんじゃ」
「分からん。だが、あいつはヴァンであってヴァンじゃなねえ」
「せめて、コピーが何度も出てくる状況を何とかできないかな……あ」
「何か浮かんだのか?」
真祖の動き出す距離の外へ退避しつつ、グルゲルと言葉を交わす。
一定距離を離れたところで、真祖はまた時が止まったかのように動きを止める。
「ふう……通路まで逃げ込まなくても止まるんだな」
「みてえだな。他のモンスターで試したことねえから、ヴァンが特別なのか他もそうなのか判断がつかねえな」
「時にグルゲル、試してみたいことがあるんだけど、真祖……ヴァンさんを2分ほど抑えることはできそうかな? 俺も手伝う」
「さっきと同じようにぶつぶつ言ってる時間は抑えなくともいけるだろ。動き出そうとしたら左右から抑えれば……オレの今の筋力じゃあ、もって1分だな」
う、ううむ。ぶつぶつタイムが2分以上あればいいのだが……もう一回行って、今度もぶつぶつタイムがあるかどうかの保証はない。
「松井くん、何か考えがあるの?」
「うん、だけど、山田さんにも出てもらわないといけないから、ヴァンさんを抑えることができるか、が肝で」
後ろから心配そうに声をかけてきた山田さんに応じていたら、あることを思いついた。
「そうだ! ミレイ、身体能力強化を俺に加えて、グルゲルと山田さんにも同時にいけるかな?」
「大丈夫だよー☆」
ミレイが俺の肩に降りてきて座りながらにこおっと回答する。
「ミレイ、さっそく二人に頼む」
「うんー☆ ほおい」
ミレイの身体能力強化のバフがグルゲルと山田さんにかかった。
拳を握りしめ、開き、屈伸をしたグルゲルがにやあっとした笑みを浮かべる。
「これなら、オレ単独で3分はいけそうだ」
「わ、私もたぶんもっと速く走ることができるよ」
俺も手伝えば3分以上抑えることができそうだ。となれば、撤収も楽になる。
目途がついたところで作戦の説明をば、と思ったらグルゲルが先んじた。
「んで、ヤマダの再起の杖を使おうって手は分かったが、何をするつもりだ?」
「ヴァンさんの時間を戻せば消えるか、元のヴァンさんにならないかなと思って。グルゲルの記憶で彼女と過ごしていたころは何年前くらいになる?」
「んー、5年前くらいだな」
「分かった。山田さん、ディープダンジョンにコピーされ、ここへ出現するようになった時がいつなのかは分からないけど、『5年戻し』でお願いしたい」
うまくいけばラッキーくらいで考え、無事に逃げおおせることに重きを置く、と二人に伝える。
グルゲルはともかく山田さんは大賛成してくれたので良し。
「では、状況開始、ちょ、ま、グルゲル、スピードを抑えて」
「めんどくせえ……あいよ」
身体能力が強化されているグルゲルにいつもの調子で進まれると、全然追いつけない。
今回の作戦は俺も真祖を抑える役目を請け負っているから、足並み揃えなきゃならんのだ。
「そろそろ射程に入るぞ」
「うん」
真祖の索敵範囲の中に踏み込む。
「ヴァン!」
「ヴァンさん!」
初回と同じようにグルゲルが真祖の名を呼ぶに合わせ俺も呼びかけてみたが、彼女もまた同じように反応を返す。
「侵入者は排除、侵入者は排除、侵入者は……」
よっし、このまま傍により彼女が攻撃に移ろうとした時に抑え込める。
「山田さん! 頼む!」
山田さんが俺に追いつき、俺と真祖を挟んで後ろから再起の杖を伸ばす。
「ぐ、あ、ああああああ」
「ヴァン! まずい」
うずくまっていた真祖が顔を上にあげ、悲鳴をあげた。時をおかずグルゲルが彼女の両腕を背後から掴む。
ちょうどその時、再起の杖が真祖に触れる。
「戻したよ!」
「よおっし、撤収!」
真祖の様子を確かめず、逃げることに集中する俺と山田さん。
ある程度距離をとったところで、真祖の状態を眺める……彼女はペタンとお尻をつけぼんやりとした様子だった。
そんな彼女に向け、グルゲルが呼びかけている。
「ヴァン、オレだ。分かるか?」
「う……あ」
グルゲルが呼びかけるも、彼女はくぐもった声しか返すことができていない。
彼女が覚醒した後、どのような動きをするのか不明な状況だから、グルゲルが彼女の傍にいるのは危険だ。
「グルゲル、一旦引こう」
「……んだな」
声が終わるか終わらないかというところで、瞬きする間にグルゲルが目の前まで来ていた。
速いってもんじゃねえぞ……。
「ミレイの強化があるからな、これくらいの速度は軽い運動だ」
グルゲルも戻ってきたので、真祖の索敵範囲外から大きく離れ、通路の前で彼女の様子を見守る。
さあて、吉と出るか凶と出るか。
待つこと5分。ゆらりと真祖が立ち上がった。
そのまま自然な動作でスタスタと歩く。
あ、歩く……だ、と。
立ち上がって、元の態勢に戻り、固まる、なら分かる。
だが、こちらに向かって歩いてくるとは、どう対処したらいいんだ?
今のところ彼女から攻撃の意思を感じない。ただ歩いているだけである。
「ヴァン、ヴァンに戻ったのか?」
「……」
グルゲルからの呼びかけに反応はない。だが、彼女の歩みは止まらなかった。
「グルゲル、ヴァンはこちらを攻撃する意思はなさそうに見えるんだけど、近寄らせて大丈夫かな?」
「問題ねえ。万が一があった時、オレが首をはねる」
「真祖って首をはねても死なないよね」
「んだ。だが、少しの間動きが止まる。その間に逃げりゃいい」
グルゲルの提案はありがたいが、彼女に親しい友人? 恋人? を傷付けて欲しくない。本人も、戦うことを避けたがっていたし。
やるなら俺がやった方がいいよな。鈍器で頭を叩いて気絶させることってできるかなあ。
あれよあれよという間についに真祖は俺たちの目前まで来て、両手を広げ僅かな笑みを見せる。
お、これはもしや、親しいグルゲルへの抱擁か?




