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第79話 ケイタ、誰だそれ?

 どうしてこうなった、と後悔するのも僅か数秒で、勝てないにしても逃げるだけなら何とかなるだろと達観に子持ちが傾いた。

 ディープダンジョンの世界に放り込まれてから実感していることがあってさ。人間とは環境に慣れるというだろ。俺もこの異常な世界に慣れつつあるのだと思う。

 すぐに気持ちを切り替えるってのも環境圧による変化の結果だ。

 なんでも楽観的に考えないと何もできなくなり、気が滅入るだけになる。

 今回の場合、山田さんもいるし、死ななきゃ腕を飛ばされようが完全回復できるだろ、ってね。

 ディープダンジョンの仕様上、この場所まで引き返せばモンスターは追いかけてこないということもある。

「よっし、見てくるか」

 覚悟を決めて広間に入場した。あれ、待てよ。

 ここにきて山田さんにエレベーター前で待っててもらえば安全だったじゃないかと気が付く。

 しまったああ。グルゲルと一緒に戦うことができたのにい。しかし、時すでに遅し、ここで引き返してもグルゲルが「オマエに任せたんだぜ」とか言われて、一人で行くことになる未来しか見えん。

「ミレイ、マーモ、頼むぜ」

『終わったらブドウを寄越すモ』

「ミレイは見ているだけだよー☆」

 ミレイが攻撃行動をとらない限り、彼女はモンスターのターゲットにならないんだったよな、確か。

 以前マーモで試したし、これまでもミレイがモンスターから攻撃を受けたこともないし、今回も問題ないはずだ。

 マーモはまあ、自分に向いた攻撃に対してぶおんぶおんでバラバラにするから俺より余程、大丈夫。

 

「でかいにもほどがある……」

 広場に入ってすぐにモンスターの影が見えた。影のサイズは体高15メートルくらいあるんじゃないか。

 まだまだ遠くてシルエットが何とか確認できる程度だが、ドラゴンぽいんだよなあ。

「ミレイ、身体能力強化って視力は強化されなかったんだっけ?」

「できるよー、えい☆」

 お、見える見える。

 俺が見えるのだったらシステム側も反応するんだな。表示名も出てきたぞ。

≪蒼の王『ファルファル』≫

 名前の通り、藍色の鱗を持つどっしりとしたタイプのドラゴンだった。翼竜のような翼に、短い前足、細くて長い尻尾、大きな口から覗く鋭い牙。

 ある種の神々しさまで備えるその竜は、ツインヘッドドラゴンと比べたら俺の目から見ても天と地ほどの差がある。

 蒼の王が虎ならば、ツインヘッドドラゴンは子猫以下……それくらい違う。

『グガアアアアアアアアア!!』

 ぐ、この距離でもう動き始めるのか!

 まだあと20メートルほどは近寄っても大丈夫な距離だと思っていたが、もう咆哮をあげてきやがった。

「ぐ……」

 鼓膜が破れんばかりの大音量でもなかったのだが、その場でペタンと尻もちをついてしまう。

 蒼の王ファルファルの威に、俺の体が委縮したからなのだろうか? 

 今すぐにも逃げ出したいという心持ちではないのだが、体が言うことを聞いてくれない……感じ?

「まさか、状態異常か、これ」

「はい、今、マスターの状態は『バインド』です。ステータスをご確認ください」

「こ、これ、しばらく金縛り状態みたいになるってこと?」

「数秒立ち上がれなくなります」

 まだ蒼の王との距離があるから、尻もち状態でも大事ないのだが、近寄ったところで咆哮からの状態異常「バインド」を食らうと詰む。

 数秒間、尻もち状態になれば致命的な隙になる。ブレスで蒸発、踏みつけでぺしゃんこ、なんでもありだ。

 あの巨体から繰り出すどのような攻撃であっても当たれば一発であの世行きだもんな。

『あいつ、まだいたのかモ』

「ん、突然どうしたの? 蒼の王とのエンカウントは初なんだけど」

 バインド状態が解除されたようで、ようやく立ち上がり、パンパンとズボンをはたく。

 一方のマーモは蒼の王をつぶらな瞳で睨み、鼻をふんふんしている。

 初めて見せるお怒り状態にこれ如何にと戸惑っていると、意外なことにイルカが答えを返す。

「『世界の書その2』によると、蒼の王は『山』の暴君だったようです」

「マーモが暮らしていたという山のことかな」

「マスターマーモのことは情報がありません。答えはキミの目で確かめてくれよな」

「いつもの……」

 よくわからんが、マーモが住んでいた山で蒼の王がライバルか何かで、彼がお怒りになっている様子。

 グルゲルが語ったマーモに出会った山なのか、以前に住んでいた山なのか、マーモットの里があったのか、マーモが単独だったのか、とかその辺は一切分からない。

 なんかこう意図的に時系列をズラして誤解させようとしてきている気がするんだよな、ディープダンジョンが。

『ケイタ、あいつはモがヤル、モ』

「ケイタ? あ、俺にことか。あんな巨体に一人で行くの? 俺も微力ながらパワーアップしたバールで」

『投げろ、モ』

「わ、分かった」

 有無を言わせぬマーモの圧に同意する以外の返しができなかった。

 いやいや、そのままマーモを投げる前に対策を練らないと、いくらマーモでもまずい。

 咆哮は蛍光灯で切り飛ばせるものじゃあないもの。

 さっき体感したが、咆哮による状態異常「バインド」は致命的な隙になってしまう。

 といっても、対策を打とうにも……頼みの綱は一つのみ。

「ミレイ、バインドって何とかならない?」

「聞こえなかったらどうなるのー?」

「音が聞こえなきゃ、か。試してみるのもいいが、耳栓なんぞ持ってないな……」

『あんなしょぼい声、平気だモ』

 以前、蒼の王とバトルをしたことがあるらしいマーモットは平気なのだと。

「マーモ、投げ込むけど、戦況次第で俺も介入する」

『好きにしろモ』

 ではでは、行くか。

 介入するには咆哮対策をとってからにしたいが、今は装備がない。咆哮するとき、大きく息を吸い込む予備動作があるから、予備動作を見たら警戒する、とか距離をとって咆哮を受けて回復してから突っ込むとか(連続で咆哮がくるかもしれないけど)、やりようはある。

  

※松井くんの名前は松井圭太です。(一話参照)


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