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第60話 巻き戻り

 失敗上げが有効で嬉しいのは「罠発見」の方じゃあなくて、「罠解除」なんだよね。

 「罠解除」の熟練度アップを行うために知恵の輪を解き続けるの無理です。死んでしまいます。

「山田さん、罠解除に失敗したことある?」

「うん、『外れなかった』だけで罠が発動したことはないよ」

「ありがとう。罠発動で怪我した時は頼む」

「任せて!」

 ぎゅっと握りこぶしを作った山田さんが「再起の杖」を出し、しゃがむ俺の肩にそいつを乗せる。

 宝箱に何らかの変化があれば、即彼女が「再起の杖」を発動、そして、俺の体の時間が巻き戻るって寸法さ。

 再起の杖の効果は「回復」じゃないけど、「完璧に治す」という点でみると完璧な効果を持っている。

 回復魔法とか回復するポーションってのは怪我を治療するのだが、再起の杖は怪我をする前の状態に時間を巻き戻すのだ。

 怪我した事実をなかったことにするんだから、毒だろうが大怪我だろうが状態を確かめるまでもなく元通りになる。

 こういうのを本当のチートって言うんだぜ。

「よっし、『罠解除』やってみる」

 七つ道具を用意してっと、宝箱の鍵穴っぽいところにすこんと針金っぽいものを差し込む。

 ガチャリ。

 こいつは手ごたえあり。

≪効果不明です≫

「効果不明ってなんだろ……」

「効果不明という表示は見たことないわ。失敗だと『罠が外れなかった』、成功したら『罠が外れた』だったよ」

「成功判定の失敗具合によって変わるのかなあ」

「私は熟練度を上げてから罠解除を試したから、松井くんとは少し違うのかも」

 熟練度がカンストしたら「効果不明」と出ることがなくなるのかもしれん。

「まあ、もう一回」

 ガチャリ。

 こいつは手ごたえあり。

≪効果不明です≫

 何このデジャブ。う、うーん。

 そうだ。困った時は熟練度が上がっているかどうかで判別がつく。

 結果、「罠解除」の熟練度が上がっていた。

「罠解除の場合は罠が外れたかどうかは熟練度からは推し量れないな」

『箱を開けるモ』

 どうしたものかと首を捻っていたら、あろうことかマーモが両前脚でふんがーと宝箱を開けてしまう。

 10階までの宝箱と変わらないのなら、開けるには体重をかけて押し込まないと開かないってのに、あいつ体のサイズの割に結構なパワーを持っているな。

「え、ちょ、おま」

『重くて開かないのかと思ったモ』 

 ぼふん。

 毒々しい紫色の煙が宝箱からもくもくと出てくる。

 咄嗟に体を引いたが、紫色の煙を吸い込んでしまった!

「ぐ、ぐう」

 指先と足先がぴりりと痺れ、くぐもった声が漏らしてしまう。といっても致命的なものではなく、正座して足が痺れた時のような感覚に近い。

「お願い『再起の杖』」

「お、戻った」

 指先と足先の痺れが突然消える。ほほお、これが再起の杖の効果か。こいつはすげえぞ。

 って、俺はよいのだが、後ろにいた山田さんも紫色の煙を吸い込んだんじゃ?

「痺れがとれたよ、ありがとう。山田さんは平気?」

「うん、煙? の効果は松井くんだけだったみたい」

「宝箱の罠は開けた人だけってことはなさそうだけど……山田さんが無事でよかった」

「もう少し離れていた方がいいかもだよね。次はそうするね」

 山田さんまで怪我しちゃったら心が痛む。俺の宝箱開けは彼女にとって何らメリットがないのに、怪我までしたら、さ。

 さて、罠が発動した宝箱の中身はどうなってるのか。

 お、ガルドが入っていたようだ。

 ガルドは山田さんにトレードしよう。

「松井くんがとってもらって大丈夫だよ。これでも私、宝箱とモンスター討伐で結構稼いでいるんだから」

「お、俺もまあまあガルドは持っているよ。ま、まあ微々たるガルドだから」

「あ、そうだ、松井くん、さっきちょっと『戻し過ぎた』かも、体の様子は問題ないかな?」

「うん? 全く持って何ともないよ」

 時間を戻す、という効果を自分の体で実感することは非常に難しい。

 お、そうだ。「罠解除」の熟練度をチェックしてみる。最後にチェックした時から1つ減っていることが分かった。

「なるほど、なるほど」

『リンゴを寄越すモ』

「何か気が付いたの?」

 毎度の唐突発言にマーモと山田さん双方から応答があり、ちょっとばかし驚いた。

 まずはマーモから対処するか。こういう時は一つずつ対処するに限る。

 リンゴ、リンゴっと。あ、リュックからリンゴと梨がポロンと落ち地面を転がった。

 神速の動きでリンゴを両前脚で挟み、梨を後ろ脚の間にとどっちも食べる主張をするマーモ。

「ま、まあ、食べられるなら二個食べて」

『しゃりしゃりしゃり』

 マーモが食事モードになり、改めて山田さんへ向きなおる。

「かわいいー」 

 彼女はマーモに夢中になっており、声をかけるか迷ったが質問されたからには答えねばなるまい。

「山田さん、『罠発見』の熟練度から戻った時間がどれくらいなのかだいたい分かったんだ」

「確かに分かるね! 松井くんはいつも『気づき』がすごいね」

「い、いや、知ってることの殆どはイルカからだし」

「ううん、松井くん、マーモちゃんが食べ終わるまで少し私の話を聞いてくれないかな、松井くんならきっと」

 彼女の言う通り、マーモがリンゴの次に梨を食べることを考慮すると今しばらくの時間がある。

 山田さんは俺にどんな話をしてくれようとしているんだろう。いつになく真剣な顔で長いまつ毛をぱちりとする彼女から緊張感が伝わり、俺の額からもたらりと冷や汗が流れる。

「あのね、再起の杖は私が指定した時間を戻す効果があるの」

「うん、対象は再起の杖が触れている人間になるのかな、ただし死んだ人には効果を及ぼすことができない、だったっけ」

「そうなの、対象が『私』の場合だけ、特殊な効果があって――」

 続く彼女の話は衝撃的だった。俄かには信じられないが、彼女の顔は真剣そのもので突如おかしくなったとか、嘘をついているとかそういうのじゃないことはコミュ力が低い俺でも分かる。


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