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42 儀式(上)

「では、どうぞこちらでお待ちくださいませ」


 恭しく頭を下げたのは金や銀の飾りがたっぷりとついた聖衣をまとった老人だ。王宮にある聖堂の管理者だと紹介されたが、かけている聖帯の色は最高位の紫で刺繍は金なので、おそらくそれなりの地位にあるのだろう。

(聖堂の人たちは、総じて私に対して丁寧です)

 聖堂は聖堂で、私の血に対して何らかの意味を見出しているのかもしれない。

 老人の合図で同じく正装姿の二人の老人が、目の前の扉を閉める。

 私の身長の倍以上の高さのある大扉が、ぎぃっと音をたてて閉められた。

(……夜が来た……)

 闇に閉ざされた空間に私は一人きりにされる。

 不思議と怖いという感覚はなかった。

(……不思議な場所だ……)

 王宮の地下にある祈りの間と呼ばれるのが、この場所だった。

 これまでに足を踏み入れた建築物の中で最も天井が高い場所だ。

 しばらく、台に座ったまま目を慣らした。

(随分といろいろなことがあった一日だった)

 ここのところ、毎日がとても濃密でいろいろなことがありすぎて、ジェットコースターに乗っているみたいだった。

 ちょっと気を抜くと、自分の目の前で起こっていることなのに意味がわからない。

(……たぶん、エオル殿下はナディルさまの地位を狙って暗躍していたのよね?)

 そして、さっきナディル殿下の執務室で隠れていた私の前でそれを暴かれて、謹慎させられた。

(……どのくらいの罪になるのかしら?)

 処分も、罪一等を減じる、という言葉通りにとるならば、随分な厳罰になる。

 ナディルさまの口調はあまりにも淡々としていたので、いまいち現実味がなかった。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、だんだんと目が慣れてくる。


「さて……そろそろ、行こうか」


 目が慣れると、暗闇の中でもそれなりに平衡感覚を保つことができる。私は教えられた通りにあまり広くない真っ暗な道へと歩を進める。

(……このトンネルを抜けると花園がある。私は、その花園の東屋で一晩を過ごす)

 それが、私の潔斎だという。

 トンネルはしばらく続く。長いように思えるかもしれないが一本道で絶対に出口はあるので安心して進むように言われた。

(懐中電灯が欲しい……ううん、こちらだと手燭かランプか……)

 だが潔斎では、身一つで祈るのが決まりだという。

(で、同じく北の塔で潔斎をしている殿下が時間になったら迎えに来てくれるって言ってたけど)

 この場所でどうやって時間を知るのだろう? とか、殿下は北の塔からどうやって迎えに来るのだろう? とか、幾つかの疑問が浮かんでは消える。

 明日になればわかることとはいえ、もう少しちゃんと説明をしてほしい。

(ナディルさまは説明が足りません)

 説明できないこともいろいろあるのだろう。でも、必要最低限の説明も怠っているような気がする。

(それにしても、まだ歩くのかな……)

 真の暗闇……一筋の光も射しこまぬこの闇の中では、壁に触れて進まないと歩くことができない。

足元すら見えないせいか、まるで闇の中に浮いているような錯覚をしそうだった。

(……ここ、何か妙に安心する……)

 それは、不思議な感覚だった。

 別に見知った場所ではない。むしろ、今日初めて訪れた場所だ。

 なのに、奇妙ななつかしさと共にこみ上げる絶対の安心感……それは、殿下の腕の中にいる時とは種類をまったく異にしていた。

(この格好、誰かに見られたら幽霊に間違えられるかもしれません)

 シンプルな白いガウンに、白い靴、髪を結んでいるのも白いリボン……という白一色の装いはこの暗闇の中でも闇に溶け入ることがなかった。


「……あ……」


 視界の先にわずかな光を見留めた。

(……光……)

 闇に差し込む一筋の光は、大理石と思しき石の床に白い円を落としている。

(スポットライトみたい)

 光を見つけたことで、歩くスピードが格段にあがった。

(……とーちゃく!)

 靴の爪先が円の縁を踏んだか踏まないかというその瞬間、視界がハレーションをおこしてまばゆい白に覆われた。


「……あ……」


 反射的に目を閉じる。

(……何だろう……今、何かわかりそうだった……)

 何かが頭の片隅で閃いたのだけれど、光の中に消えてその輪郭だけが脳裏にうっすらと残る。

 足元がぐらついているような気がしたので、その場で蹲った。




 どのくらい時間が経っただろう。

 一瞬のようだったようにも思うし、随分と待ったようにも思う。

 うっすらと目を開き、少しづつ光に慣らしながら目を開いた。


「……わぁ……」


 感嘆がこぼれでる。

 だって、これ凄い。

 光の中に広がっていたのは、一面の花園だ。

 咲き乱れる花、花、花……どこを見ても今は盛りの花に埋め尽くされている。


「……まるで絵の中だわ」


 思わずつぶやきが漏れる。

 淡い色合いの花々……かと思えば、鮮やかな原色の赤や黄色、オレンジなどの大輪の花々が咲き乱れている。

(それとも、もしかしてこれは夢なのかしら……)

 いつの間にか、自分はもう眠りについているのかもしれないと

 だってここに咲いている花は、季節を無視している。

 こでまりはたぶん春の花だし、そちらの真紅の薔薇は冬咲きだったはずだ。


「……あ、ロゼフィリア」


 薄紅や白、クリームに薄紫……七枚花片のこの小さなかわいい花はさまざまな色合いを持つ。ダーディニアの国花であるためか、国中のあちらこちらで見ることができる。

 育てやすく、寒さにも強いから育てやすい。建国王とその妃である妖精王の姫君との出会いの花であることから広く親しまれている。

(そういえば、私の部屋では青いロゼフィリアしか見たことないなぁ)

 この花園でも、この青のロゼフィリアが一番多い。

 青……ダーディニアの王家を象徴するその色。

(そういえば、エルゼヴェルトの紋章の中にもロゼフィリアがあったっけ)

 エルゼヴェルトの紋章は王家と同じ双頭の竜だ。

(……つまり、同じ血ってことを意味してるのかしら?)

 脳裏にそれぞれの紋章を思い浮かべる。

(王家の紋章には王冠が、エルゼヴェルトの紋章にはロゼフィリアの花冠が描かれているのってこの建国神話を元にしてるのか) 

 ちなみに、北のグラーシェスは弓矢と有翼獅子、南のアルハンは三叉の鉾と海竜、西のフェルディスは剣と一角獣を紋章にしている。どこの一門に属するかというのは紋章をみればわかるのだ。


「ところで、四阿ってどこ……?」


 見渡す限り一面の花の海である。遠くに白いものが浮いて……もしや、あれか?

 思わず、足が止まった。

(……あそこまで、距離、どのくらいあるの?)

 目を凝らせば、花の海に浮かぶ小さな島。そこに白いドーム状の屋根を持つ四阿がある。


「たどり着けるかしら……」


 ううん。たどり着くんだ! と決意を固め、ぐっと拳を握り締める。

 どうりで履かされたのがサンダルでもヒールのある靴でもなかったはずだ。色こそ白だったけれど、足首までしっかりとあるレースのショートブーツはとても歩きやすい。




「……お休みしたい……」


 でも、ここはどこもかしこも花が咲き乱れていて、座ることができるような場所がない。

 白く光沢のある石が敷き詰められたこの小道だけが、花が咲いていない部分だ。

 この純白の装いでは、そのへんに気軽に座るわけにもいかない。さっきよりは近くなっている。なってはいるけれど……でも……道のりはまだ長い。

 もういっそここに座ってしまおうか、と思った時だった。


「ルティア……」


 声がした。耳に馴染んだ殿下の声が。


「……ナディルさま?」


 きょろきょろと周りを見回す。


「ルティア……良かった」


 私と同じ白一色の簡素な装い ──── ゆったりとしたシャツと足にぴったりとしたズボン。殿下の長靴もまた白だった。

 ナディルさまは当たり前のように私を抱き上げる。


「……もうお時間なのですか?」

「いや。……少々裏技を使った」

「裏技?」

「ああ。……君が困っていると思って……」


 すごい、と思った。それから、ありがとう、という気持ちがこみ上げてきて、喜びと幸福感でぐちゃぐちゃになって、どうしていいかわからないっぱいい気持ちでになった。

 ナディルさまは私のヒーローだ。いつも、私を助けに来てくれる。


「……ナディルさま……」


 言葉で何て言えばいいかわからなかったから、ぎゅうっと抱き着いた。


「ルティア?」

「迎えに来てくれて、ありがとうございます」

「……いや」


 ナディル殿下は少し首を傾げ、そして、しがみついている私を抱えなおしてそっと背を撫でてくれた。




「ここは『はじまりの園』と言われている。といっても、建国王と最初の王妃がここで出会ったわけではない。君が入った祈りの間の地下から、さらに地下に潜った場所になるな」「さらに、地下になるのですか?」

「ああ。地表に王宮。その地下が城塞遺跡、この場所は、その城塞遺跡の更に地下になる。王宮は複層構造の遺跡の上に立っているのだが、その最下層がここだ」

「そんなに下っていませんけど……」


 確かに私の入った祈りの間は地下だけど、そんな最下層にまで下りていない。


「……祈りの間は昇降するのだ」

「え?」


(つまり、あの広い部屋が丸ごとエレベーターなの? え? 何それすごい)

 なるほど、揺れたと思ったわけだ。あの暗闇に閉じ込められた時、部屋ごと地下に下っていたのか。


「同じものが北の塔にもある。この二か所からしか、ここには入れない」

「警備はどうなっているのですか?」

「祈りの間も北の塔も資格のある者しか入れない。……そして、どちらも、建国祭の期間にしか地下への道が開かない」

「資格というのは?」

「例えば祈りの間には高位聖職者の一部が入れる」

「では、北の塔は?」

「直系王族の一部だな」

「どちらも入れる者はいるのですか?」

「私と君だな」

「え?」

「君は『鍵の姫』だ。君の入れぬ場所はない」


 なるほど。『鍵の姫』と言うのは、物理的にも鍵なのか。


「ここで何をするのですか?」

「一応、建国王とその王妃の故事に思いを馳せ、女神に祈ることになっている」

「何を?」

「この国の繁栄とさらなる発展、といったところか……そうだな。たぶん、この夜に皆、覚悟を決めるのだろう」

「覚悟……」


 ──── 覚悟。それは私にも必要なものだ。

 この方の隣に立つ覚悟。

 この方の王妃となる覚悟。

 この方とこの国を守る覚悟。

(……うん。大丈夫)

 驚くほどあっさりそう思った。

 私はもうとっくにナディルさまと共に歩むこと……共に生きることを決めている。だとすれば、今更だ。


「……まあ、形式だな」

「この潔斎は何の儀式になるのですか?」

「何の、というと?」

「つまり……戴冠式の為のものなのか、それとも建国祭のためのものなのか、ということです」

「どちらも兼ねている。建国祭の為だけであれば、乙女役の君が祈りの間に入るだけだ。乙女役が鍵の姫でない場合、祈りの間は昇降することもなければ、この場所への道も開かない。明日の朝、聖職者の手で祈りの間が開かれ、渡された剣を国王に捧げるだけだ」

「私の場合はどうするのですか?」

「特にやらねばならぬことはない。……が、ここは古の伝承の確認をしたいと思う」


 殿下の目がきらきらと輝いている。


「伝承、ですか?」

「そうだ。建国神話とも言われるあの話には、いくつかバリエーションがある。王家の宝剣ルファナザートの逸話は、後世で追加されたもの。ゆえに儀式に使っている剣ももちろん後世に作られている。だが、それは完全に後世の追加だったのか? ──── 私は、剣は最初からあったと思う」

殿下は、まるで水を得た魚のようにいきいきと話し始める。

「建国王は姫から剣を得た。それは二つのことを意味している」

「二つのこととは?」

「一つは物質的に剣を得たこと。もう一つは姫の持つ武力の指揮権を与えられたこと。特に指揮権を得たということは、大きかった。姫の武力は、当時の帝國の精鋭の一部だっただろうから」

「なぜ精鋭だと?」

「帝國の歴史書の検証の結果、姫の騎士たちの中核は近衛兵だっただろうことがわかっている。帝國の近衛兵というのはエリート中のエリートだ。東方の貴族たちの大半は彼らの末裔だ」


(ダーディニアの血筋へのこだわりは、そのあたりにも原因がありそうだ)


「物質的な剣はどうしたのか? その時、共に与えられたとされているこの指輪が今も残っていることを考えると朽ち果てたという線は薄い。ならば、まだどこかにあるはずだ。……私はここにあるのだと考えている」

「なぜここなのですか?」

「最も安全な場所だから」

「でも、隠し場所なんてありませんよ」


 隠す必要はないだろう。と、殿下が指差したのは、石像だ。

 膝まづく騎士とそれを受ける姫君 ──── 騎士の元には確かに剣があった。


「……ルティア、触れてくれ」


 言われるままに手を伸ばす。

 私が触れると剣は白く光を帯び、そして光はフラッシュのように発光した。

(この光、さっきの……ここに到着した時の光に似ている……)

 光がおさまると、そこに一本の剣が残された。


「ナディルさま……これ……」

「ああ……」


 殿下は自分で言い出したくせに、何だかとても不思議そうな顔をしている。


「……ずっと疑問に思い、いろいろな仮説を立てていた。だが、その仮説がこんな風にあっさり実証されるとあっけなさすぎて不思議な気分になる」


 私は殿下の腕の中からするりとすべりおり、剣を手に取った。ずっしりと思いそれを両手で持ち上げ、殿下に捧げた。


「どうぞ、ナディルさま」


 殿下はしげしげと剣を眺め、それから右手でそれをとった。

 重さを確かめ、抜こうとしても鞘から抜くことができないことを確認する。


「……儀式、本物でやってみます?」


 本物の剣は、現在の宝剣とはまったく違う。鞘にも装飾がなく、とても地味だ、

(この剣が本物なら、この剣でやるのが正しい)


「そうだな。そうしようか」


 ナディル殿下も私の提案にとても乗り気だった。


「……本物の剣で儀式を行ったら何か特別なことがおきるのか……一つ一つ確認していこう」


 四阿のベンチに剣をおき、裏返して文字や彫刻を確認したり、あるいははめこまれている宝石をのぞきこんだりと手に入れた剣をつつきまわしている殿下を見ていると、ほほえましい気分になるから不思議だ。

 この時、すでに異変が起こっていたことを私たちは知らなかった。


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