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31 ハッピーエンドにはまだ早い

「……やっぱり、出てきましたね、真似っこ」


 昼近くになって少しだけ人波が切れると、周囲の状況がよく見えるようになった。

 そうすると、あっちこっちに砂糖豆やら豆飴という看板が出ている。

 看板をよく見ようと道の半ばまで足を進める。


「引っ込んでろ、捨て子」


 小さな罵声。

 私はそれを聞かなかったことにする。まともにとりあうだけ馬鹿馬鹿しい。


「朝からチラホラ出てたんだけどな」

「こんなに増えるとはねぇ」


 ここの屋台があまりにも売れているのを見て、商売替えをしている屋台があるのだという。


「店もちの屋台はそんなことしないけど、屋台商人は売れるのが正義だからさ」

「作るのは難しくないからね」


 ホロホロクッキーはともかく糖蜜豆と琥珀飴は、お料理をする人間ならば見ればだいたいの作り方もわかるくらいシンプルなお菓子だ。

(でも、完璧にコピーできるかっていうと、それは別の話なんですよね)

 孤児院の子供たちだけで作れるくらい難しくない品だけど、それはレシピをしっかりと決めてあるからだ。

 子供たちは自分量で作ったりしない。

 この量の小麦粉にはこの量のつぶしたフェグをいれるのだと教えれば、きっちりその通りにする。

手順をおろそかにしたりはしないし、母女神への捧げものなのだからと真剣だ。

(そういうのってちゃんと出るんですよね)

 わりといい加減に作っても似たようなものはできる。

 でもそれは似たようなものであって、そのものではない。

(こういうのはね、オリジナルが一番なんですよ)

 こちらはきっちりと定められたレシピで作っている。どれだけ作っても、いつも同じ味を提供できるというのは強みだ。

(こういう一時的な屋台ならいい加減でもいいのかもしれませんが)

 全品五十ディーという強気の値段設定が付け入る隙だと思われているらしく、看板には四十八ディーとか四十五ディーという文字が躍っている。

(原材料費がかなり圧迫してると思うんですよね……)

 孤児院では最も高価な材料である砂糖が無料でフィグも無料で人件費も無料だ。


「……で、どうすんの? お嬢」

「別にどうもしませんよ。別に彼らが悪いことをしているわけではありませんから」


 これで、こちらの妨害をしたり、自分たちが元祖だとか本家だとか言い出してこちらに何かしてくると言うのなら話は別だけれど、今のまま紛らわしい看板を出しているくらいで咎めるのはちょっとどうかと思う。

(えーと、専守防衛というかそういう感じかな)

 あちらが手出しをしてこないのだから、こちらから仕掛ける必要はない。


「安売り競争にのる必要もありません。五十ディーでも安いと思っていますから」

「いや、でも、何か気に入らないっていうか……」

「仕方ありません。真似をされるのは最先端を行く者の宿命ですから」

「そういうものなんですか?」

「ええ。そういうものなんです」


 ルファはふーんと納得したようなしないような顔で小さくうなづいた。


「……そういえば、お嬢、もうすぐ砂糖がなくなります」

「え、あんなにあったのに?」

「そうなんです。……砂糖だけじゃなくて、小麦粉とか薪とか炭とかもなくなりそうなんですけどね」

「それはすごい」


 パチパチと手を叩く。


「いつもだったら花がなくなったら、レラの心尽くしの小遣いを握り締めて、建国祭を楽しむんだけど……」


 今年はその限りではないそうだ。

 何といっても最初からイレギュラー続きだ。

「建国祭当日まではできれば売った方がいいと思います。今後の為も含めて」

「じゃあ、手分けして材料を買って……」

「待ってください。……今の時期、何を買っても高いですよね? まあ、高い小麦粉や薪や炭を買って、それで作っても多少の利益は出ると思いますけど、問題は砂糖なんです」

「「砂糖???」」


 ラグとルファが声をそろえて同じ方向に首を傾げた。

(一緒に暮らしていると、似てくるのかな?)

 だとすると、私と殿下もいつか似てくるのだろうか?


「今の時期、高い砂糖を買って作るのは決してオススメしません」

「いや、砂糖は買わない。砂糖が必要になったときは、聖堂に頼むんだ」


 聖堂はいつも大量の備蓄があるという。


「ならば、薪も炭も……可能なら小麦粉も聖堂の備蓄を融通してもらえるよう交渉してください。……建国祭が終われば、品物の値段も下がりますから」

「そうだな。十日後に同量を返すっていえば、貸してくれるか……」

「もしくは、材料を提供してもらう代わりに売り上げの七割を渡す、と」

「え、それってこっちの損にならない?」

「損ではないと思いますよ。だって、こちらの経費は包装紙とリボンと人件費です。実質、包装紙とリボンだけでいいんですから」


 リボンはまだまだ在庫がある。薄い蝋引きの紙は何度も買い足しているけれどこういうものはこの時期であってもあまり値段の上下はない。


「それと、記録はちゃんととっておいてくださいね」

「何の記録だよ」

「一日ごとに、どれを何個売ったか、試食に使った数、それから作った数、作るために使った材料の量もわかればいいですね。もちろん、仕入れに使ったお金も全部記録しておいてください」

「それはジャーロが知ってる」


(ここの孤児院は貴族の子供らしい子が多い気がします)

 貴族の子であれば幼くとも家庭教師がついているから初歩的な学問はすでにおさめている。それを考えるとやっぱりジャーロは貴族の生まれのような気がした。

(ジャーロとかフィー、それから、あんまりお話はしていないですけどエディとか、怪しいですね)

 発音とか言いまわしとか、あとカトラリーの使い方なんかで、違いがわかる。

 捨てられた子なのか、あるいは、愛人の子供なのか、それ以外の理由があるのか……それぞれにいろいろ事情があるようで気になるけれど、好奇心で問うて良いことではないので聞かないことにしている。


「売れた数くらいは僕もわかってるけど、試食に使った数とか何に使うの?」

「厳密にいえば、試食に使った数=商品にできなくてハネた数ではないですけれど、どれだけの量を作ったらどれだけ商品にできないものができるか、というのがだいたいわかりますね。あとは、試食の量からだいたいの人数を割り出して、何人に食べてもらったら、何人くらい購入してくれるかもわかります。こういう記録からいろいろなことが読み取れるそうなんですよ」


 予算管理と統計ですね。こういうの、殿下が大好きなのです。数字を見て、そこからあれこれ読み取ったりするのが得意で、暇さえあればいろいろな統計に目を通しています。

 趣味と実益を兼ねているというか……そういう知識が殿下の政の下支えになっているのだと思うので、私はそういう時は絶対に邪魔しないようにしている。


「へえ……」

「ちゃんと記録しておけば、来年、どのくらいの量が必要でどのくらい買わなければいけないのかがだいたい予測できるんですよ。そうしたら、日付をみながら材料が安い時に大量購入することも可能です」

「すごいんだな」

「ええ。……そういう記録の蓄積が大切な財産なのだそうです。だから、ちゃんととっておいてください」


 きっとここの記録を殿下は取り寄せるに違いないから、そうしたら、殿下の分析をいろいろ聞いてみたい。

 

「お嬢っ、小麦粉終わっちゃったって連絡来たよ」


 ジャーロが少し慌てたような顔で告げにきた。


「……だそうですよ。どうします? ラグ、ルファ」


 続けるかどうかは二人次第だ。

 真顔になったラグとルファはすばやく視線を走らせ、屋台上の在庫を確認した。

(今、聖堂にある分を合わせても、今日一日もつかもたないか、というところでしょうか)


「お嬢、ちょっと、ここ抜けてもいいか?」

「……二人とも、ですか?」

「うん。ごめんね。……司教様や助祭さまといろいろ交渉しなきゃいけないから……」

「……わかりました。でも、大司教猊下の馬車が通ったら私も抜けますから、それは承知しておいてください。もしかしたら、そのまま帰る事になるかもしれません」

「わかってる。それまでには戻るから」


 どうやら二人は販売続行を決めたらしい。


「いってらっしゃい。がんばってね」

「おう」

「いってきます」


 二人に手を振って、見送りながら気づいた。

(……私、殿下に『いってらっしゃい』とか言ったことありませんね)

 それは一応、一つ屋根の下に常に一緒に居るということになっているからだ。

(広すぎて一緒に暮らしている感がすごく薄いですし……)

 王太子妃宮にいたときは建物が違ったけれど、物理的な距離自体は同じ建物に住んでいる今よりも近かった。

(あと、殿下はいつも私が知らないうちに外出していたりするせいもありますね)

 だから、『いってらっしゃい』も『おかえりなさい』も言ったことがないのだ。

(だから何だというわけではありませんけれど……少しだけ淋しいような気がします)

 二人の後姿に、殿下の後姿が重なる。

会いたいと思う自分の心がそんな幻を見せるのだとわかっていた。

(ちょっと重症かもしれません)

 離れてみて改めてわかった事実に、私は小さく笑った。



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