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28 挫折

 そして、私はこの世界に来てほぼ初めてといっていい挫折を体験することとなった。

 私がどれだけ意欲があったとしても、たとえ、どれだけ自信のある商品だったとしても、きっかけがなければ売れない。

 人が、今までにまったく食べたことがない商品に手を出すのにはなかなかの勇気がいるのだと知った。


「……売れないな」

「だね」


 急遽、参加する班編成を替えて残ってくれたルファと売り子経験者であるラグが丸椅子の上でだらけている。


「やっぱ、初めての商品ってのは難しかったかなぁ」


 孤児院の屋台は毎日売り切れ御礼だったそうだけど、それは毎年毎年、それこそ二十年以上ずっとここで花を売っていたからだったらしい。

 台の上の籠にこんもりともられた包みの山が減る様子がないのが悲しい。


「似た商品ってのがないからなぁ……」

「クッキーって言ってるのにダメなのかしら?」

「しっつれいしまーす。わー、もしかして……まだ一個も売れないの?」

 追加のホロホロクッキーをもってきたフィーが軽く眉を顰める。

「あー、うん」

「お嬢がどんどん作れって言ったから、作っちゃってるよ」

「……それはかまわないわ」

「なんで売れないのかなぁ、食べてもらえればわかるのに……」


 フィーが困った顔をする。

(……最近、ちょっとイイ気になってたかもしれない)

 別に奢っていたつもりはない。ないけれど、でも、やっぱりちょっと調子にのっていたとこがあるのかも……。

(殿下の餌付けは連戦戦勝で、昼餐会のメニューがとても評判が良くて、公式行事デビューも順調だったから……)

 自分が作ったものならば売れると思っていた。

 美味しいのだから、きっと喜んでもらえるに違いないと。

(……最悪です)

 自己嫌悪で胸の中がモヤモヤしてどうにかしそうだった。

 叫びだしたくなるような恥ずかしさと、口惜しさと、己の醜さをつきつけられて、泣きたいような気持になる。

 でも、ここで泣いている暇なんてないのだ。

(早ければ、明日にはシオン猊下が来る)

 そこでシオン猊下とコンタクトがとれない限り、私が期限内に王宮に戻る確率がほぼ絶望的になってしまう。

 パン、と自分の頬を叩いた。


「お嬢?」


 どうしたんだ?という顔を向けられる。


「ちょっと落ち込んでました。……でも、もう大丈夫です」


 いつまでもここでうじうじしていてもはじまらないのだ。

(とりあえず、市場調査に行きましょう)


「ラグ、つきあってください」

「お? どこ行くんだ、お嬢」

「偵察です」

「はい。何が足りないのか、他の売れているお店を見て考えたいと思います」

「へえ……」


 ラグがにやりと笑った。



**********



 まず、角の自分たちの屋台から聖堂までの間を歩く。

 これは競合品の調査だ。


「……菓子売ってるのがあそことあそこだ」

「屋台は全部同じサイズなのよね? どうしてあそこだけ大きいの?」

「元が二店舗だったんだよ。それが店主同士が結婚で一緒になったからああなった。あれで二軒分分ってことだ」

「減らされないんだ?」

「売ってるもんが違うから。……それから、あっちが、焼き菓子で、そっちの右のところに餅菓子な。……で、そっちがボンボン」

「……競合するのは焼き菓子だけですか?」

「あー、飴もあるけど、あっちの大通りだな。……ただ、琥珀飴とは全然違う」

「そうですか」

「……買ってみるか?」

「え?」

「今、ちょっと金があんだよ。……前に言ったろ。たぶん姫さんの同行者だったばあさん。辻馬車にのっけやったやつ……そん時に御礼にってもらったブローチを換金したんだ。それがかなりいい値段でさ」

「それならいいんですけど……すいません、参考までに買わせてくださいね」

「おう。俺は投資は惜しまないから!」

「投資、ですか?」

「そう。……売るための初期投資だ」

「責任重大ですね」


 口ではそう言いながらも、さほど圧力は感じていない。


「じゃあ、お願いします」


 にっこりと笑顔を向ける。


「おう! さっすがお嬢。わかってるな」

「何がです?」

「男なんて単純だから、そんな満面の笑顔見せられたら、ついつい貢いじまう」

「貢ぐって人聞き悪いですから!」

「いいじゃねーか。俺が好きでやるんだ。お嬢は笑って喜んでくれりゃあいいさ」


 だから、私はそっとワンピースのスカートをつまんで、優雅な礼をしてみせた。


「……ありがとうございます」

「なっ!!!」

「私の示せる最上級の御礼です」

「……ほんとに、貴族のお嬢さんなんだな」

「『お嬢さま』じゃありません。本当は、『奥さま』です」

「お嬢……」

「でも、構いません。……今だけは、ただのお嬢でいいです」


 私はここにいないのだから。


「……わかった」


 何か考え込む風をみせながら、ラグはうなづいた。

(本当は私も気づいてます……あなたやルファが普通の子供じゃないって)

 年齢は確かに子供かもしれない。でも、二人には何か秘密がある。

 他の子たちにはない秘密が。

(だって、あまりにも詳しすぎるんです……)

 最初に聞いた二人の経歴に嘘がなかったとしたら、二人は生粋の一般庶民だ。

 なのに、大司教猊下の護衛のこと一つをとっても、普通は知らないような細かいこともよく知っている。

(……でも、暴き立てる必要はない)

 私はここに留まるわけではない。

 だから、秘密なんか知らなくていい。

 ただのラグとルファとお嬢のまま別れればいい。



**********



「おー、ずいぶん買い込んできたのな。おかえり~」

「ただいま。お嬢に貢いできた」

「貢いでもらいましたよ。……で、売れましたか?」

「あー、とりあえず、琥珀飴が三つばかし」


 それは全然ということだ。


「あー、値札、作り直します。全部五十Dで。」

「えー、他の屋台見てきたんだろ? なのに、その強気? 売れてないのに値下げしねーの?」

「ええ。そうです。価格設定が間違ってるわけじゃないですから」


 間違っているのは売り方だ。


「それから、売り子を招集します。売り子やってくれる皆分の宣伝板を作ってください。全部五十Dって書いて、首から下げます」

「おう」

「それでどうするんですか」    

「それで、試食販売をします」

「試食販売?」

「そうです。……さっきフィーが言ってたじゃないですか。食べてもらえばおいしさがわかるって。だから、食べてもらいましょう」

「でも、試食ったって……」

「クッキーは割れやすいから、割れてしまったものや、潰れてしまったものがあるじゃないですか。……正規品として売るのにはちょっと厳しいものですね。そういうの使えばいいんんですよ」

「琥珀飴とか糖蜜豆は?」

「そっちも包装の段階でハネた品がありますから。それを使いましょう。売り子さんはとりあえず試食係をしてもらいます」


 籠に三種類をいれて、大通りで試食をさせて屋台へと誘導してもらう。

(食べてもらえさえすれば、わかってもらえる)

 値段だって、ルファは強気だと言うが、原価から考えるとまったく問題ないと思うのだ。

(だって、これ、普通のお店だったら絶対に赤字ですもん)

 フェグと砂糖が無料だからこの値段でできるのだ。 

(お祭りの時だけこの値段で、普段は百ディーで聖堂の土産物で売ればいいと思います)


「さて……では、私も行ってきますね」

「え? お嬢も試食係をする気か?」

「はい」


 私はこっくりとうなづく。


「いやいやいや、何、そんな当たり前の顔でうなづいてるの? お嬢はダメだって」

「なんでですか?」

「お嬢、あんた、今度は誘拐とかされたらどうすんですか」

「……誘拐、ですか?」

「おう。このへんは王宮勤めの下級の文官とか役人が多い地域だから安全な方だけど、でも悪いやつがいないわけじゃない。お嬢みたいな見た目のお姫様なんか、ぜってー、狙われんだろ」

「特にその髪の色とか……」

「あー、じゃあ、これでどう?」


 私は調理の時に使っていた三角巾で髪をうまくまとめた。


「これなら、目立たないでしょう?」


 何たって一番目立つのはこの金色の髪だから、これを隠してしまえば何とかなるはずだ。


「いや、でも……」

「売って、売って、売りまくるんですよ。他人任せになんかしていられません」

(ナディル様の元に帰るんだから)

 殿下に会いたかった。

 あのぶっきらぼうな顔が見たかった。

 どうしようもなく会いたくて仕方がなかった。

 殿下に会って、お話がしたかった。

(そのためにも、売りまくるのです)

 他にももっと方法はあるのかもしれない。

 これはすごく遠回りで稚拙な方法なのかもしれない。

 でも、この屋台を……新しく作ったこのお菓子を売りまくってシオン猊下と無理ない形でコンタクトをとることが、今の私にできる一番無理なく秘密に帰れる方法だった。


(絶対、帰るから……)


 私はぐっと拳を握り締めた。



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