25 孤児院内手工業制菓子工房
「お嬢、こっちはどうする?」
「それは水色のリボンにしてください。青系統の色のリボンをクッキー、赤系統のリボンを飴がけで使います」
「お嬢様、火加減、これくらいでいい?」
「ええ、いいです。フィー、焦がさないように煮詰めてください」
「お嬢様、紙の大きさはこれくらいで大丈夫?」
「ええ。のりしろをちゃんととってね」
厨房はもとより一番広い子供たちの共同寝室は包装用のリボンや切り揃えられた紙やできあがった袋が束ねたものなどが所狭しと置かれていて、どこぞの工房か、はたまた工場かというありさまだった。
そして、どういうわけか、私はその中心で指示を出す立場になっている。でしゃばるつもりはまったくなかったのに、気が付いたらこういうことになっていた。
(なんか、王宮にいる時みたい)
侍女や女官たちと大量の差し入れを作るときを思い出す。
まだ、王宮を出て三日目でしかないのに、もうずいぶんと時間がたったように思えた。
(……ナディルさまは、ちゃんと食べてるでしょうか?)
私がいないと面倒くさがって、またあの缶詰を食べているかもしれない。
(いいえ、食べているならまだマシですね)
私がいなくなったことできっと忙しくしているだろう。忙しさがピークに達すると携帯糧食の缶詰すら食べなくなるから要注意なのに、ここからでは何もできないことが口惜しい。
(心配かけるつもりは全然なかったんですけど)
できれば仕事を減らすお手伝いをしたいと考えているのに、自分がさらに仕事を増やしてしまうなんて本末転倒だ。
(でも、でも、これは不可抗力なんですよ!)
そう。不可抗力だということを強く主張したい。
だって、誰が王宮内であんな風に狙われると思うのだ。とっさに地下に逃げ込んだ判断は間違っていないと思う。
(ただ、私が思っていた以上に方向音痴だっただけで)
ついでに、同行者が自分と大差ない箱入りだったことも不運だった。
(……せめて、戻ったらたくさん謝って、それでナディルさまのお好きなものをたくさん作ろう……)
私にできるのはそのくらいだ。
「おじょー、これでいい?」
ふわふわの金の巻き毛の小さな男の子が、手にした紙の束をドヤ顔で見せにくる。
「はい。大丈夫ですよ。よくできました」
「えへへへ……」
頭をそっと撫でると嬉しそうに笑った。
孤児院にお客様が滞在することは珍しいせいだろう。小さな子たちは私に割合早く懐いてくれた。
ここでの私の呼び名は『お嬢様』ということになっている。
私が名を教えたくなかったのと、孤児院の子供でない以上、名で呼ぶわけにはいかないというレラ・アデーレの言い分とが一致した結果だ。
「ラグ、今日からもう売りに行くんですよね?」
「おう」
「では、この後の手順をお話しますね」
作業に入る前に、まず、子供たちを三つの組に分けた。
愛想が良く物おじしないタイプの子たちをラグの組に。
それから、背が高い子と身体能力が高そうな子をルファの組に。
そして、それ以外の全ての子が私と一緒に厨房に入る。
「まず、ラグたちの組が屋台で販売する係です。すでにできている商品をどんどん売ってください。商品名は『ホロホロクッキー』と『琥珀飴』それから『糖蜜豆』です。売るときには名前を連呼すること。そして、足りなくなったら誰かがここまで補充に来てください」
「りょーかい」
ラグは売り子をする仲間たちとうなづきあう。
「ルファたちの組はフェグを取りに行ってくもらいます。で、とってきたら大きさを大・中・小に選り分けてそれぞれの箱にいれてください」
「わかった」
すでに選り分けるための箱は準備済だ。
「それで、お留守番組は私と一緒に作業してもらいます。フィー、お願いしますね」
「……わかった」
女の子の中で一番年長のフィーが力強くうなづく。
「まず、お留守番組は、厨房で商品を作る班と大部屋で商品を包装する班に分かれて作業します。厨房班はルファたちがとってきたフェグを使ってクッキーを焼いたり、飴を作ったりして、包装班はそれを包んでいきます。包装できたものは随時、聖堂に運んで祭壇に置いてください」
「なんで祭壇に?」
ルファが首を傾げる。
「祭壇にはレラ・アデーレがいます。レラが祈祷してくれますので、祈祷が終わったら祝福の証明をいれてもらいます」
「祝福の証明って、スタンプ?」
「はい。……きっと真似する人間が出てくると思うんですよ。その時にそれが本物のシルシになります」
「本物のシルシ……」
「どのみち、聖堂の砂糖から作った品です。女神に捧げてからじゃないと売る……じゃなくて、頒布することはできません」
「お嬢、聖堂のことに詳しいのか?」
「義理の弟が聖堂にいるので、よくお話を聞かせてもらっています」
「義理の弟……」
「ええ。夫の同母の弟なのです」
いい子なんですよ、とシオン猊下の面影を思い出しながら笑うと、ラグは何か複雑そうな表情をした。
(夫、とか、義理の兄弟ってラグのNGワードなんでしょうか?)
「ボクは? ボクは?」
私のエプロンを掴んでまとわりついている一番小さなウェイはもうすぐやっと四歳になるところ。人見知り癖があると聞いたのに、私にはすぐに懐いてくれた。
「何がですか?」
「えっとね、ボクのおしごと!」
この年齢くらいの子は手伝いたがりだ。でも、できることはそう多くないし、任せるには忍耐力がいる。
「ウェイには特別なお仕事がありますよ」
「ぼくのおしごと?」
「はい。だから今日は厨房で手伝ってくださいね」
「うん」
こっくりとウェイはうなづいた。
「あー、お嬢、大丈夫なのか?」
「何がです?」
「チビだよ」
暗に足手まといだろうと言っているのだ。
「大丈夫ですよ。ウェイにもやってもらうお仕事があります」
「うん」
力いっぱいうなづく。
「フェグを潰す係ですからね。責任重大ですよ」
試作では刻んでいたけれど、刻むのより潰すほうが楽に早く細かくできることから潰すことにした。目の細かな布袋に入れたフェグを木槌で叩くだけだ。
こうすれば小さなウェイも立派な戦力になる。
「ウェイのつくる潰したフェグがないとホロホロクッキーも、琥珀飴もできないですからね」
「ボク、がんばる」
「はい。お願いします」
拳を握り締めて、難く決意する小さなウェイの姿は健気で可愛らしくて思わず頬が緩んだ。
「人たらしだなぁ、お嬢」
「そうでしょうか?」
「おう。……俺もだけど、あんたに何か頼まれるとつい調子にのっちまう」
「別に私は関係ないと思いますけど?」
「あんたがそこにいるだけで、何でもできるような気がすんだよ」
「ありがとうございます?」
「そこで疑問形なのがお嬢だよね」
くすくすとルファが笑う。
「……私のことはもういいです。それよりも、これを皆に」
エプロンのポケットから出したのはシュシュだ。こちらでは、髪を結ぶだけではなく、ブレスレットとしても使うので男性が持っていてもまったくおかしくない。
王宮を出るときに来ていた孔雀緑のドレスは、滞在費代わりにレラに寄付したのだけれど、レラがそれを解いて作ってくれたのがこのシュシュだ。
「売り子はこのシュシュを利き手にいつもしていてください」
鮮やかな孔雀緑は、生成りやごくごく薄いグレイといったあまり色のない服装をしている皆の中ではとても目立つ。
「……ねえ、お嬢」
「はい」
「これにも意味があるの?」
ルファは自分の手首をひらめかせた。
「ええ。本物の売り子の目印ですよ」
「鮮やかな色だから、目立つもんね」
「ええ。あと、この色って染めることが難しいので模造品を作ることができません」
「なるほど」
「おいしいことはもちろん大事なのですが、聖堂の孤児院で作っていることが最大の売りです」
「……それが、売りになるのか?」
「なります」
私は即座にうなづいた。
「……本当に?」
私のエプロンの裾をひいて尋ねたのは、リナリーと呼ばれている小さな少女だった。
「ええ。正確に言うと、聖堂の孤児院で作っているからというよりは、皆が作っていることが売りになります」
「私たちが作っている事?」
「はい。食べ物で一番大切なのは安心して食べられることですよ。皆は聖堂付の孤児院で育っていますから、清潔が習慣づいています」
女神の傍近くにお仕えする聖堂の者たちは、一般の人たちに比べてこまめに湯を使う。それから、洗濯もまめだ。
「あと、つくるまえにせっけんで、てあらいにかい!」
「その通りです」
そして、厨房に入るときの決まりは私が教えた。
しっかりと手を洗うこと、髪をまとめること、三角巾をすること、エプロンをすること……あちらでは当たり前だった衛生上のルールは、こちらでは特別なことになる。
「ホロホロクッキー、琥珀飴、糖蜜豆……この三つのレシピは条件付きで聖堂に寄進するつもりです」
「お嬢? それはどういう意味だ?」
「たぶん、マネする人間はすぐに出ると思うのです。でも、聖堂に寄進すれば取り締まってもらえますよね」
聖堂に寄進すれば、それは聖堂の……いや、母女神のものだ。母女神のものを侵されることを聖堂は絶対に許さない。
「あとでレラにご相談しておきますから、皆は一生懸命作ることを考えてください」
こういうことは大人の仕事だ。
(私の見た目は、皆と同じ子供ですけど!)
「おら、おまえら、仕事はじめるぞ」
ラグが一声かけると、子供たちは気合が入ったように背筋をのばす。
(ラグにはリーダーの素質がありますね)
殿下とはまったく違う方向だけど、その一声で皆を奮い立たせることができるのは同じだと思う。
くぅぅぅっと小さな可愛らしい音がした。
「……おなかへった……」
小さな小さな声で、私のエプロンの裾を掴んで纏わりついていたフェイが呟く。
釣られたのか、ぐうううううっと誰もが聞こえるくらいの大きな音が響いた。
「……ラグ?」
「あー、考えてみれば朝飯食ってないだろ」
そこここでおなかの音が鳴る。
「……フィー、何かできるか?」
「何かって言われても……」
すぐには無理だよ、と困った顔で言う。建国祭の前後というのは聖堂がとても忙しい時期だ。大人たちも孤児院のことまで面倒を見て居られないのだろう。
どうやら、自分たちで食事を調達することになっているらしい。
「……私が作るわ」
「え? お嬢、料理もできるの?」
「もちろん」
任せなさい、と胸を張る。
私の中ではどちらも同一線上にあるのだけれど、どうもこちらでは、お菓子作りと料理を作ることは別物だという認識らしい。
「材料、ぜんっぜんないよ?」
「あるもので工夫するのがお料理です。フィー、リナリー、手伝ってくれるかしら」
「もちろん」
「はい」
残り物の野菜と豚の塩漬け肉の端っこから作ったのは、大なべいっぱいの雑穀のリゾット。
皆が競ってお代わりをしたので、鍋には米粒一つ残らなかった。




