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24 子供たちの事情

「つまり、売るはずだったお花がダメになってしまったから、孤児院の屋台で売るものを探しているのですね?」

「そう。……できれば食べ物。それで、簡単に作れるものがいい」

「チビたちでも作れて、ちょっと珍しいものね」

「貴族のお姫さんなら、俺たちなんかよりずっといろんな菓子を知ってんだろ」


 なるほど、そういう事情なのか、と話を聞いて納得したけれど注文が多すぎる。

 用意できる材料はそれほど多くはない。

(基本材料は、小麦粉、ラード、砂糖、卵にミルクくらいでしょうか)

 それを踏まえて頭の中のレシピを検索する。


「……作り置きがきくものがいいと思うので、まず一つは焼き菓子ですね」

 その観点からすればクッキーというのはなかなかいい着眼点だ。

「そのフェグの実を使ってもかまいませんか?」

「あ、うん。必要ならもっととってこようか? 裏の林でいくらでもとれるから」

「……いくらでも?」

「裏がフェグの林なんだ。この時期、孤児院のおやつはだいたいがフェグの実なんだ。……チビ共でも簡単にとれるから」

「つまり、材料費がかからない?」

「ああ。いっつも腐らせちまって全部は食べきれないくらいとれる。……フェグの白い花からとれる香料が女神の薔薇香の材料なんだってさ。だから、フェグは聖堂ならどこでも植えてる」

「……聖堂なら、どこでも……」


 それは、すごい。

 ちなみに、フェグの樹というのは最大でも高さは二メートルくらいにしかならない樹木だ。秋になると白い花を咲かせて、冬に実がとれる。青いままの実からは少量とはいえ油がとれて、春近くにとれる茶色の実はちょっと大粒のアーモンドみたいな見た目をしている。見た目だけではなく味もアーモンドそっくりで、下町の屋台ではこれを塩と胡椒で乾煎りしたものをつまみとして売っていたりもする。


「フェグの実、採用ですね。とりあえず、これを細かく刻んでください。こっちは粗く」

「了解」

「あと、そうですね。この孤児院ではバターとラードのどちらが手に入りやすいですか?」

「んー、バターかな」

「高価ですか?」

「え?」

「いや、バターも喜捨品にあるから……あんまり買わねえ」

「ならばバターで……そうですね、バターの塊の半分くらいの量をこのボウルにいれて、砂糖をこのカップ二杯分」

「おう」

「それができたら、粉砂糖をこのカップ摺り切り一杯分をそのボウルにいれて、かき混ぜてください」


 クリーム状になると良いです、というと、ルファの手がそのスピードを増す。

(ポルボロンを作りましょう)

 スペインだったかポルトガルだったか……修道院で作られていた美味しいお菓子だ。


「あとでレシピを書きますけど、とりあえずは作業手順をみていてくださいね」


 ポルポロンの一番のポイントは、サクサクで口の中でホロホロとほどけること。このサクサクさを作るのはそれほど難しくない。


「一番大事な作業は、最初に小麦粉と細かく刻んだフェグの実を炒ることです」


 見た目だけを言うなら皮なしのアーモンドプードルを使いたいのだけれど、子供たちが作業するかもしれないことを考えたらできるだけ手間は少ない方がいい。

 粉を最初に十五分くらい炒ってボウルにうつし、そこにさっきつくってもらったクリーム状にした砂糖とバターを混ぜる。


「よく混ぜたら、こんな感じにブロック状にして生地を少し休ませます」

「少しってどのくらいかな?」

「そうですね、三十分くらい。その間に別のものをもう一品作りましょう」


 ポルボロンは、休ませた生地を厚さ一センチくらいに切って天板に並べて焼けばできあがりだ。最後に真っ白な粉砂糖をふるってもかわいい。

 簡単で、なおかつ、ポルボロンの食感は珍しいから、彼らの望む条件に合っていると思う。

(少なくとも私の知る範囲で、こちらでは食べたことないし)


「もう一品って?」

「フェグの実のお菓子を」

「フェグの実で? この時期、フェグは珍しくも何ともないぞ。どこの屋台でも売ってる」

「そこは一工夫です」


 余っている砂糖で飴の衣をつけるのだ。

(糖衣のフェグの実だったらちょっとは珍しいと思うんですよね)

 簡単すぎるから誰かが作っているかもしれないけれど、聖堂付の孤児院だからこそ気軽に使えているだけで、基本的に砂糖は高価なものだ。

(それを考えたら、充分、採算採れるはずなんですよね)

 フライパンに一つかみのフェグの実をいれて炒る。全体的に火をいれることができたら、砂糖を振りかけて、パンをゆらしながら煮詰めて飴の衣をつけていく。


「これをちょっと高級そうにするのでしたら、仕上げに粉砂糖の中にいれて粉砂糖でコーティングしますけど、手順が増えるので今回はこのままです」

「「おおーーーーーっ」」


 二人が感心したような声をあげる。


「焜炉があればこの甘いフェグの実は現地で作ってもいいかもしれません」

 何たって手順が簡単だ。炒めて砂糖を絡めるだけでいい。

「木の実でしたら何でも応用できます。それから、同じ材料でお砂糖増やして飴にするとまた違うものになります」

「あめ?」


 説明するよりも作った方が早いだろう。

綺麗に糖衣がついたフェグの実を皿にあけ、軽くパンを洗って火にかける。それから荒く砕いたフェグの実をそのパンにいれて炒めはじめた。

 味見にと糖衣のフェグの実に手を伸ばしたラグとルファの手がしきりに皿と口を行き来している。

(味見だけで全部なくなってしまいそうですね)

 荒く砕いたフェグの実が薄く色づき始めたところで砂糖を振り入れる。さっきと違って砂糖の量は少し多めだ。


「これ、もうちょっと砂糖いれて飴の分量を増やして、バットに流し込んでやると冷やして飴にしてもいいんですけど、今回は飴というよりはフェグの飴がけみたいな感じですね」

 砂糖がとけてぷつぷつと泡立つ。それが少しずつ飴色を帯びてゆくのを観察しながら、適当と思うところで止め、木べらでかき混ぜた。

「で、これは温かいうちに成形してしまいます」

 木匙で丸くすくって、皿の上に並べて行く。

「温かいうちに、こうして砕いていないものをのせて飾りにしてもいいですね」

 舐める飴というよりはフェグの飴がけなので、一つ一つを少し大きめに成形した。


「包装はどうするんだ?」

「花束に使うはずだった薄い蝋引きの紙を使えばいいんですよ。クッキーと飴がけはキャンディのように包んで、リボンで留めます。リボンの色をかえるといいと思います」

 蝋引きの紙は飾り気のない白だけど、リボンはいろんな色を用意してある。

「さて、ではそろそろクッキーを焼き始めましょうか」


 といってもここからの作業に難しいことは一つもない。

 普通にクッキーが焼けるなら特に問題もないだろう。

 焼けるまでの間を惜しむように、二人はちょっと待っててくれと急いで出て行った。

 他の子供たちにフェグをとってこさせるのだという。


(……疲れた)

 誰もいなくなった厨房でほっと一息をついた。

(……どうしよう)

 ここでこんなことをしている場合じゃない、というのはわかっている。

 でも、何をどうすればいいのかわからないのだ。


(……まず、状況を整理しよう)

 まず最初。とばっちりなのか、あるいは自分が本命なのかわからないけれど、生命を狙われた。

 次、逃げ出したら王宮で迷子になり、戻るに戻れなくなって王宮を出ることになった。ちなみに迷ったせいで疲れ切って体調を崩した。

そして、詳細がよくわからないけれど今はレガリア地区の孤児院にいる。ここにいることはたぶん誰も知らない。

 それから一番大事なこと────帰るためのタイムリミットは、余裕をみて五日。

(ただ戻ればいいってわけじゃない)

 ほぼ唯一にして絶対の条件は、『秘密裡に戻る』こと。

(私が王宮の外に出た事実はなかったことにされるから)

 でも、私が一人で王宮にこっそり帰るというのはたぶん無理。


(エレーヌ様がいない今、グラーシェスを頼ることはできない)

 不思議なことだけど、私はエレーヌ様が無事に戻られたのだろうな、という確信をもっていた。エレーヌ様は世間知らずな方だけれど、運が良いし、それにあの方に本気でひどいことができる人はいないと思う。

(エレーヌ様は裏表がないから)

 人というのはたぶん、自分を映す鏡のようなところがある。

 だから、誠意には誠意がかえってくるし、悪意には悪意がかえってくるものなのだ。


(そうなると、エルゼヴェルトを頼ることになるのか……)

 私が己の実家であるエルゼヴェルトを頼るというのは本来であれば自然なことなのだけれど、正直、実家との縁が薄い私にはそういう感覚が薄い。

(何よりも、殿下が絶対に嫌がる……)

 でも、エルゼヴェルならば私をこっそりと王宮に戻すことができる。

(ちょっとずるいけど、お父様は断らないでしょうし)

 私に負い目のあるエルゼヴェルト公爵は絶対に断らないし力を尽くしてくれるだろう。

(あとは……)

 おそらく秘密裡に私を探しているだろう殿下の配下の人たちとうまく巡り合うことができるかどうか……。

(とりあえず、エルゼヴェルトに頼るのは最後の手段だ)

 殿下の仏頂面が脳裏に思い浮かんだ。

 心配しているだろうな、とは思うものの、何か殿下が慌てたり焦ったりしているところというのが想像がつかない。

(私が行方不明になったからといって、それだけに構っていられるほどお暇ではないし……)

 即位を控えた忙しい時期にこんなことになったことを申し訳なく思う。


(……ミレディが責められてなければいいけど)

 目の前で私が狙われて、それで結局行方不明になってしまったのだ。さぞ、気にしているだろう。

 なのに、オーブンからフェグとバターのいい匂いが漂ってきたら、理由のない焦燥感とか、どうしていいかわからない不安とかそういうものがふわりと軽くなった。

(我ながら現金というか、何というか……)


「たっだいまー」

「戻りました」

 二人が戻ってくる。

「……えーと……」


 私はここでおかえりなさいを言うべきなんだろうか?

(でも、私の家はここじゃない……)

 迷った末に結局何も言えない。

 でも二人はまったく気にしていないようだった。


「あー、お嬢さん、紹介するな。こいつら、うちのチビども」

 彼らの背後から姿を現したのは子供たちだった。

 上は十二、三歳から、下は三歳くらいだろうか。彼らをいれて総勢で九人。

「おねえさん。おかしありがとう!」

「あのね、あのね、甘いのおいしかった!」

「ねえねえ、いい匂いするのなあに?」

 口々にいっせいにしゃべりだすと、まるでスクランブル交差点のど真ん中の喧騒に放り込まれたみたいだった。

「あー、おまえら、そんなにいっぺんにしゃべっても、お嬢さんにはわからんから!」

「はいはい、整列っ」

 ラグとルファは、彼らのまとめ役なのだろう。

 二人の言葉に、子供たちはちゃんと従う。

「みんなでお願いするぞ」

(え? 何を?)

「チビ共にもう一度、さっきの作り方を教えてやってほしいんだ」

「え?」

「あ、火を使うのはこっちの二人だけ」

 こいつら、と示されたのは私と年齢がそんなに変わらない女の子と男の子だ。

 そして、小さな声が、いっせーのーで、という合図を口にする。

「え?」

 私が聞き返そうとした瞬間、全員がいっせいに頭を下げた。一瞬前までは口々に別のことを話していたはずなのに、そこらへんの呼吸のあいっぷりに驚く。


「「「「「「「「「よろしく、おねがいします」」」」」」」」」


「あ、はい」

 こんなことをしている場合じゃない、と思う傍ら、乗りかかった船なのだから、と考える己がいる。

(別に、子供たちに同情してるとかじゃない)

 ただ、自分のことを孤児のようだと思っていたから、何となく一方的に共感を持ったのだ。そして、今は自分のできることで手助けができるならしたいという気持ちが芽生えていた。



(帰るまでの間だけだから……)

「……こちらこそ、よろしくお願いします」


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