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9 夜会のはじまり

 夜会の席では、飲食をしないようにと言われている。

 もちろん、昼寝のあとだからといって、昼餐会で食べたものがすぐに消化されたはずもなく、これ以上食べなくて良いことにちょっとだけ安心した。

 夜会は舞踏会だから日中と違って食事はメインではないけれど、壁際のテーブルにはいろいろな料理が並んでいると聞いた。ビュッフェみたいに好きなものを好きなだけとっていいそうだ。

(まだ、消化しきれてないけど)


「ルティア、大丈夫か?」

「……はい」


 私は柔らかな笑みを浮かべてみせる。

 熱があると言われたけれど、私の体感では少し暑いかなって思うくらいで特に気にするほどのことはない。

 殿下を見ると、頬が緩む。

 一緒に居られるだけで心が浮き立つ。

 私の腰に回される手……抱き上げられるのではなく、こうしてエスコートしてもらえることが嬉しい。

(我ながら単純だなぁ)


「寄りかかっていなさい」

「……大丈夫ですよ?」


 少し暑いと感じているだけで、別に眩暈がしたり、歩けなくなったりするわけではないのだ。


「無理はしないように」

「はい。もちろんです」


 小声で会話を交わす私たちの前で、儀礼官が私と殿下の訪れを高らかに告げ、合図のラッパが鳴らされる。

 大広間へと続く正面扉が重々しく開かれた。


(眩しい……)


 きらめくシャンデリアはもちろんのこと、そこここに常夜灯がともされている。

 これだけの灯火があると、電気ではなくとも夜を感じさせないくらいに明るくなる。

 やや甘みのある薔薇の香りが漂っているのは、高級な蝋燭が惜しげもなく灯されているからだ。


「……どのくらいの人数がいらっしゃっているのでしょう?」

「最大で二百五十を少し越えるくらいか」


 私たちはこっそりと言葉を交わす。


「二百五十……」

 それが、夜会の出席者として多いのか少ないのかはわからない。けれど、『私』が戻ってきてからそんなにも多くの人が一か所に集まっているのを見るのは初めてだ。

(……おしのびで連れて行ってもらったユトリアでだって、そんなにたくさんの人が集っていることはなかった)

 夜も賑わう繁華街での様子を思い浮かべる。


「今日の夜会の招待状を受け取ったのは、男爵以上の百二十八家だ。招待状の文面からその当主夫妻だけに出席する権利がある。もちろん、妻がいなければ妻の代わりに娘や婚約者を連れてきてもかまわない。ただし、妾や愛人は不許可。だから、すべての家が二人ずつ参加するとしても最大で二百五十五人。そこに王族……私と君、それから、アルと双子を足しても二百六十人だ」


 なるほど二百六十人と思いながら、開かれたドアから大広間に足を踏み入れる。

 ここは最も格式が高く、最も広い大広間で、それだけの人がいても、詰め込まれているという感じはまったくしない。

 私たちに向けられる視線……そして、張り詰めた空気に心がほんの少しだけ怖気づく。これが初めての夜会なのだから当たり前だし、私はこんな風に注目されたりすることに慣れてない。

そこから現実逃避するために別のことを考えようとして気づいた。

(……あれ、二百六十一人じゃないのかな?)

 私の考えたことがわかったのだろう。殿下はちょっと私に笑いかけて続けた。


「エルゼヴェルトの参加者が二人になることはない」

「あ、なるほど……え、参加資格がないんですか? 公爵夫人」


 そういえば公爵は一人参加決定だよね、と思ってから、あれ? 後妻の人は参加資格がないのかな? と改めて疑問に思う。


「単なる制度上、ルール上のことならば資格はある。彼女は公爵夫人だから。でも、王家が主催する……あるいは、王族の出席する催しに彼女は出席しない。というよりは、できないだろう。いくら東公といえど、私たちの気持ちを逆なでしてまで夫人をつれてくる気はもうないだろう」

「もう?」

「何度か連れて来たことがある。が、私やアル、アリエノールも彼女が来たら退出する」


 きっぱりと殿下は言った。

 私は、殿下にエスコートされてて二つに割れた人垣の真ん中を歩きながら、にこにこと両側の人たちに愛想を振りまく。もちろん、誰が誰だかなんてわからない。

 殿下も、こんな内容の話をしているとは思えないほどにこやかな表情をなさって知己らしい相手と目線だけで挨拶を受けたり、会釈を交わしたりしている。


「……根深いのですね」

「そうだ。……個人的な感情を政治的な判断に反映させてはいけないというのは当然のことだが、この一件だけは例外だ。別に公爵夫人個人がエフィニアに何かしたということはなかったが、彼女の存在と彼女が成したことがエフィニアを……王女を殺したのだと私たちは考えているからな」


 うん。この話、何度聞いても現在進行形なんだよね。もう十年以上前のことなのに。


「……ナディル殿下は、母が死んだことを私のせいだとは思わないのですか?」

「……なぜ、君のせいなんだ?」


 心底不思議という表情で殿下は私の方に視線を落とす。


「私を生んだせいで身体を損ねたことが死因なのだと思います」


 私は皆に笑顔を振りまくために見上げていた視線を戻す。殿下は私が目をそらした理由を理解したのだろう。私の背に添えた手がそっとなだめるように動かされた。


「……身体がさほど丈夫ではなかったことも死因の一つではあるのだろう。だが、最も彼女を蝕んだのは、公爵と当時は愛人でしかなかった公爵夫人の無神経な在りようだった。愛人がいたことについては私がとやかく言うことではない。だが、領地での結婚式を終えたその夜に、同じ敷地内の離れに住まわせた愛人の元に通う新婚の夫に、エフィニアが心を痛めなかったと思うか?」

「いいえ」


 本当の気持ちは母本人にしかわからない、と言いたいところだけど、それだけはきっぱりと言い切れる。仮に政略結婚相手の上に心がなかったとしても、その初夜に夫となった相手が愛人の元に通うことを許せる妻はいないと思う。

(……ありえないことだけど、それを感情的には許せたとしても政略結婚なら絶対に許してはいけないわけだし)

 政略結婚だからこそ守らねばならない筋というものがある。

 公爵がしたことは、政略結婚の新妻をないがしろにしたというだけではない。妻の実家である王家をないがしろにし、この上ない屈辱を与えたのだ。

そのことを今現在も、王家は赦していない。亡くなられた陛下はもちろんのこと、ナディル殿下もだ。


「この一件に関しては、君がどんなに口添えをしようとも決して赦すことはない」

「え、なぜ私が望むんですか?」

「記憶のない君は、公爵夫人に同情しかねないから」

「……私が一番大事なのはナディル様なので、できる限りナディル様の御心に添いたいと思ってますよ? そうおっしゃるナディル様のお気持ちを無視して、顔も知らない公爵夫人のために口添えをする気は毛頭ありません」


 殿下の足が、一瞬、止まった。


「ナディルさま?」

「……いや……何でもない」


 眼差しが和らぐ。

 いつも以上に甘く見えるその目の色に、私はにこっと笑った。殿下も笑みを返してくれる────たぶん、他の人には殿下が笑ったようには見えなかっただろうけど。



そして、上座に置かれた豪奢な二つの椅子……仮の玉座にエスコートされたときにはもう、私の中に夜会に対する緊張など欠片も残っていなかった。


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