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4.最後の願い

 何もすることないって、なかなか苦痛だ。

 食事の時間で区切りというか時間の感覚を取り戻してるけど、朝なんだか昼なんだか一瞬わからなくなったりもする。

(いい匂い……にんにく炒めてるっぽい)

 厨房が近くにあるのか、風に食欲をそそる臭いが混じっている。

 この国では、夕食はだいたい夜の7時前後。

 まだちょっと時間があるので、これからどうするかの基本方針を考えてみた。



 そもそも、ここにいる主目的である母の葬祀は終わっている。

 葬祀というのは、お年忌みたいなもので、ここで行われる葬祀はただの形式だ。母の遺体は王都の霊廟で眠っている。

 私の墜落事故がなければもうとっくに王都に戻っていたはずだ。

(でも、王宮に帰るって言っても、犯人、捕まってないし……よーく考えると王宮が安全って保証があるわけでもないし……)

「姫さま……いえ、妃殿下」

 つらつらそんなことを考えていると、リリアが珍しく私に『妃殿下』と呼びかける。

 彼女が妃殿下と私を呼ぶ時は、それが公の何かの用事であることを意味しているのだと、私はこの数日で理解していた。

 何?というように視線を向ける。

「……エルゼヴェルト公爵より、公爵夫人以下、子供達を拝謁させたいとの申し出がございました」

 瞬間、私は軽く首を傾げる。

「公爵閣下は、妃殿下に義母である夫人と兄君達をご紹介したいとお考えのようです」

 いや、意味はわかっているんだけど……ちょっと、考えてしまう。

 なぜならば、何度も言ってるように単純だけど複雑な事情があるからだ。



 ここでおさらいです。

 私は、公爵と王女との間の正式な婚姻により生まれた公爵令嬢で、今は王太子妃です。

 正式な婚姻とわざわざつけるのは、このダーディニア王国ではそれがとっても重要視されるから。

 それを踏まえた上で、私の立場と複雑な状況について状況を整理してみると、これが、何ていうかすごく昼メロ的だ。

 父であるエルゼヴェルト公爵にはアルティリエの他に五人の子供がいる。

 五人全員息子で、彼らを産んだのは後妻に入った現公爵夫人ルシエラだ。

 ここでのポイントはまず、彼女は『妃<ディス>』ではなく、『夫人<フィス>』であるということ。

 『夫人』は『愛妾』ではない正式な妻ではあるけれど、『妃』の持つさまざまな権利を持たない。ルシエラは『妃』になれる身分ではないのだ。

 とはいえ、これは身分だけのことではない。実際には、ルシエラ以下の身分であっても『妃<ディス>』となった女性は何人もいる。

 でも、おそらくルシエラは永遠にその座につくことができないだろう。王家は絶対に彼女に『妃<ディス>』を認めない。


 というのにはもちろん理由がある。

 ルシエラの産んだ子供は上から、アラン・ディオル・ラエル・イリス・エルス……アランが二十四歳で最後のイリスとエルスの双子が十七歳だ。勿論、父親はエルゼヴェルト公爵だ。

 これ、年齢的におかしい!と思う人も多いだろう。だって、後妻に入った女性の子供の方が前妻の子である私よりだいぶ年上なのだから。

 でもこれは実に単純な事にすぎない。平たく言ってしまえば、彼女はずっと父の愛妾で、私の母が死んで晴れて後妻になったというだけのことだから。

 私の父であるエルゼヴェルト公爵は、私の母、エフィニア王女が生まれた時に王女の婚約者になった。

 これは公爵家が強く望んだものであり、かつまた、年齢差があったにも関わらず、政治的な事情からか王家はそれを退けることがなかった。

 四公爵家と王家は互いに何代にもわたって通婚を繰り返しているのだけれど、中でもエルゼヴェルト公爵の配偶者はほとんど王家からの嫁入で、それが不文律と化しているようなところがある。

 だからこそ王家のスペアなどと呼ばれたりするし、女王が即位する場合の王配の第一候補は必ずエルゼヴェルトの人間なのだ。

 注意して欲しいのは、王女が生まれた時点で彼は既に十五歳だったことと王家よりも公爵家が強く望んだということ。

 この年齢差が後のすべての事象の元凶となった。


 父・レオンハルトがフィノス伯爵の一人娘であるルシエラと恋に落ちたのは彼が二十歳の時のことだ。

 この時点で母・エフィニア王女はまだたった五歳だった。婚約者といっても五歳児じゃあどうにもならないのが普通だから、レオンハルトとルシエラの仲は歓迎されないまでもわりと好意的に大目に見てもらえた。

 エルゼヴェルトは国内有数の大貴族であったし、一地方貴族にすぎぬフィノス伯爵にとって、娘が次の公爵の寵を受けることは願ってもないことだったからだ。

 王家に次ぐ四公爵家の当主に愛人の一人や二人いてもおかしいことではない。むしろ、いない方が珍しい。

 やがて二人の間には子供が生まれる。

 それが、長男のアラン。アランの生まれた二年後にはディオルが、そのまた二年後にラエルが……そして、その三年後には、イリスとエルスの双子が生まれた……でも二人は結婚していなかった。

 できるはずがない。彼は王女の婚約者なのだから。

 とはいえ、レオンハルトとルシエラはもはや夫婦同然だった。彼等自身の間でも、そして他者が見たとしてもそうだっただろう。最早、ルシエラは単なる愛人とは言えなかった。

 他に何人も愛人がいたのだったら別に問題になどならなかった。王女の降嫁する先として相応しいかどうかはともかく、何人もの愛妾に何人もの子供がいることはどこの国でも珍しい話ではないし、それなら事態もここまでこじれなかった。

 けれど、公爵には他に愛妾はいない。皆無というわけではなく、何人か手をつけた女はいるらしいが、ただそれだけだという。

(……一番感心したのは、手をつけた女性がいることまでよく知っている侍女達の噂話だ。すごいよ、侍女。どこの諜報部員なんだ)

 この時点で、公爵は王女の降嫁を断るべきだったのだと私は思う。

 けれど、彼は断らなかった……政略的なことや政治的なことやいろいろあったんだろうけど、私人としては、その判断は最悪だと思う。

 その結果どうなったかというと……。

(そこで、私の今の状況を複雑にしてくれているお母さんの悲劇がおこるんだよね)

既に五人の子持ちで十五歳も年上の、しかも妻同然に遇している女性のいる男の下に、たった十五歳の王女が降嫁した……これは、王女にしてみれば悲劇だ。

 この時点で、王女がルシエラに勝っていたのは身分だけだった。

 この場合、若さは武器とはなりえない。明るく可愛らしい末王女は国民に人気があった。けれども、男の目には子供にしか映らなかっただろう。

 女としての魅力も落ち着きも成熟も……そういう意味で男を魅きつける何かを十五歳の少女が持っていたはずがない。

 しかも、ルシエラには五人の子供があった……ルシエラには愛されている自信があっただろう。

 ……せめてあと五年あれば、その立場は逆転したかもしれない。

 肖像画を見る限り、王女は素晴らしい美貌の持ち主だった。彼女から生まれた自分の顔を見てもそう思う。


 でも、王女にはその時間はなかった。


 私が生まれた……王女の亡くなったその夜、公爵は別邸で行われていたルシエラの産んだ末子の誕生祝いのパーティの席にいた。

 そして、彼はまだ年若い初産の妻の破水の知らせを握りつぶし、パーティをとりやめることもなく、その後、何度も訪れた本邸からの使者を無視しつづけてパーティを続けさせた。

 彼は愛人の子供の誕生祝いを優先させ、その為に私の誕生には間にあわなかった。

 普通は父親が名をつけるものだけれど、私を名付けたのは母である王女だった。

 すごく綺麗な名前だと思う。聖書の冒頭の一節でもあるアルティリエ=ルティアーヌという名前が私はすごく好き。

 そして、エフィニア王女は、私の洗礼の為にそこにいた国教会の枢機卿……現在、最高枢機卿となられているジュリウス倪下に願ったのだという。

『お願いです。どうか、私とこの子を王都に帰らせて。ここにはもういたくない』

 それが、彼女の『最後の願い』となった。

 彼女がその一時間後に息をひきとったからだ。


 『最後の願い』というのは特別なものだった。

 教会の教えにおいて『最後の願い』は必ず叶えられなければいけないものだ。

 それが『最後の願い』と認められたものならば、教会は教会の持つ権威と権力をもって、その願いを絶対に叶える。その遂行にどんな障害があろうともだ。

 でも、だからこそ『最後の願い』と正式に認定されるのには厳格なルールがある。そうでなければ、故人の最後の願いだといって臨終の席にいた人間たちが勝手なことを言い出しかねないから。

 私が生まれたその夜であったから……その時であったから、皮肉にもすべての条件が整い、最後の願いが成立してしまった。


 ちなみにその条件は以下の四つ。


 条件1:国教会の高位聖職者の臨席→ジュリウス枢機卿

 条件2:騎士以上の位を持つ者二名以上の列席→王女の護衛騎士達 確実に二名以上

 条件3:故人の血族と姻族の列席→血族:故人の子である私・故人の異母兄であるキーディア大公/姻族:故人の姑である前エルゼヴェルト公爵妃・故人の義理の弟であるサウディア伯爵とその妻他

 条件4:故人が貴族であった場合は、故人の血族でも姻族でもない貴族の列席→王女の出産を案じた王家からの使者であるヴェルニ伯爵とファーン男爵


 よって、王女の最後の願いは叶えられた。

 翌日、公爵が駆けつけたときにはもうすべてが決まっていた。

 エフィニア王女は王家の霊廟に葬られ、私は王都のエルゼヴェルト公爵邸で育てられることが。

 降嫁した王女が実家である王家の霊廟に葬られるというのはまずもって前例がないことだった。その前例がないことが、最後の願いとはいえその場で認可されたあたりに言葉にしない事情が含まれる事をわかってもらえると思う。

 たった二年の結婚生活は、王女には苦痛しかもたらさなかったのだ。



「妃殿下、どういたしましょう?内々のお申し出ですが……」

 考え込んでしまった私にリリアが重ねて問い掛ける。

(三番目のお兄さんには個人的に会ってお礼を言いたい。でも、それとこれとは別にした方がいい気がする)

 私は小さく首を傾げ、それから首を横に振った。

 潔癖なわけじゃないけど……私はアルティリエの記憶を持たないけれど、でもやはり、公爵と公爵夫人を許せないという気持ちが私の中にはある。

(お母さんが可哀想だ……)

 何か鼻の奥がツンとした。

(私は、アルティリエなんだ……)

 今更だけど。……これまでだって、自分がアルティリエだとは思っている。でも、やっぱり実感がなくて……自分に言い聞かせてるようなとこがある。

 でもこんな時、アルティリエと私はつながってるというか、本当にアルティリエなんだって思う。

 この胸に、ひたひたと満ちてくる感情がある……哀しみにも似た、何か。

 泣きたいような、叫びたいような何か。

 それは、この世界を知らない和泉麻耶が持つはずもないモノだ。

 いくら悲劇的……と思っても、所詮他人事ならば本を読んでるように、あるいは、ドラマを見たように通り過ぎることができる。

なのに、胸の奥に降り積もるものがあってそれを無視することが出来ない。

 ただ、話を聞いただけなのに、決して忘れる事が出来ないと思う。

だから……。

(お会いしません) 

 私がもう一度静かに首を振るとリリアがどこかほっとしたような顔で頭を下げた。


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