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36.ユーリア王妃

「……ティーエ、あなたは自分のことについてどのくらい知っているのかしら」

「私のこと、ですか?」


 突然、自分のことをたずねられて驚いた。


「ええ、そうよ」

「記憶がありませんからそれほど多くは知らないですが……母が、陛下の異母妹で、父はエルゼヴェルト公爵だということくらいしか……」


 あと、言うまでもないけれど、夫がナディル殿下だということ。


「じゃあ、あなたのお母様のことは?」

「前の国王陛下であるラグラス3世陛下と第四王妃エレアノール殿下との間に生まれた陛下の末の異母妹だと聞きました……あと、ナディル殿下がお転婆なところのある人だったと……」

「王太子が?」

「はい。いろいろなことを話して下さいました」


 殿下の話の中の母の姿は、活発な少女だった。

 音楽が好きで、動物が好きで、遠乗りがとても好きだった、と。

 私は侍女たちの噂話の中の悲劇の主人公である母よりも、殿下の話してくださった母の話のほうが好きだった。ナディル殿下の記憶の中に、ちゃんと彼女は生きていたから。


「あなたは、エルフィナ姫に生き写しというほどに似ています。そして、エルフィナ姫の母であったエレアノール妃にも」

「エレアノール王妃……」


 名前だけは何度も聞いた。この国で絶世の美女と言ったらまず前の第四王妃エレアノール殿下の名があがるという。

 ダーディニアの北西部と接したリーフィッドという細工物で有名な小国の公女だった女性で、私の母を生んですぐに亡くなっている。


(けれど、その実像は曖昧だ)


 美貌で知られ、先王陛下の寵愛を一心に受け、リーフィッドという小国の公女でありながら、これまでこの国で他国の者がなった前例のない正妃になった。

 婚姻外交をほとんどしないダーディニア王室においてこれは類をみない珍しい出来事であり、ある意味、この方がいたからこそユーリア妃殿下と陛下の結婚は許されたのだと誰もが言う。


「私の娘、アリエノールは、エレアノール王妃からお名前をいただきました。つけたのは陛下です」


 無表情の仮面をつけた妃殿下が言う。

 頭の中で、その言葉の裏を考えてみる。

 エレアノールのダーディニア読みが、『アリエノール』。

 王族の姫に美貌で知られた王妃の名をあやかってつけるのは、別に珍しいことではない。そして、父親が名づけるのももちろん普通。

 けれど、妃殿下がわざわざこんな風におっしゃるということは、普通じゃない意味があるということなのだろうか。

 もしそこにあえて何かがあると仮定するのであれば、そこに陛下が何らかの思い入れを持っていたということなのではないだろうか?


「陛下は、エレアノール王妃をずっと愛しておられます」


 その言葉にはまったく感情が含まれていなかったけれど、王妃殿下は、わずかに視線を揺らした。

 それが、何よりも彼女の心のうちを表しているように思えた。

 予測はしていたけれど、私は何と言っていいかわからなかった。

 陛下にとってエレアノール王妃は父王の妃であり義理の母であるはずだ。

 まあ、心の中でいくら愛していても構わないけれど、ユーリア妃殿下がご存知ということは有名な話なんだろうか?

 私はたぶん噂に疎いほうだからアレだけど、でも、初めて聞いた話だ。


(敬愛とかっていうニュアンスじゃないよね、妃殿下のこの口ぶりでは)


 義理の母子といえど、たぶん、たいした年の差はないはずだ。

 だって、その子供同士である私の母とナディル殿下もほとんど年齢が違わないのだから。


「エレアノール王妃の祖国リーフィッドと私の祖国ダーハルは同じくらいの国土を持つ、同じ様に小さな国でした。隣国同士であったこともあり、古くから通婚を繰り返していました。どちらの国も国主たる大公の配偶者は互いの国から迎えるのが通例となっていました。……それがどういう意味かわかりますか?」


 私は素直に首を横に振った。

 二つの国の公家がどちらも何代にも渡って血を重ねてきた意味、と言われてもピンとこない。


「両大公家はとても縁が深く、どちらかの公家がその血を絶やしてしまった時は、もう一方の公家から世継ぎを迎えるという密約があったほどの血の濃さを持つということです。……私の母とエレアノール様の父君は兄妹でした」


 私は、妃殿下の次の言葉を静かに待つ。

 まるで凪いだ海のような静かな空間だった。

 ここが聖堂だからなのか、どこか厳かな空気の漂う中で、私は深呼吸を一回してそっとコートの上から胸元を押さえた。

 カサリと小さな紙の音がした。それだけで不思議なくらい心が落ち着いた。

 そして、ユーリア妃殿下はまったく別の問いを口にした。


「ティーエ、あなたは、私の祖国のことを知っていて?」


 声に、わずかに甘さがにじむ。

 それが望郷の想いなのか、故郷への愛情なのか私にはわからない。


「私が生まれる前に、帝国の侵攻を受け、併合されたと聞いています」


 妃殿下は遠い眼差しで宙をみつめ、そして誇らしげに私に言った。


「ええ、そうよ。山間の小さな小さな国だった……私は、その小さな国の、ダーハルの世継ぎ姫でした」


 『ダーハル』というその名を、王妃殿下は大切そうに口にする。


「私にはまだ幼い妹が二人居て……私は長女だった」


 呟く王妃殿下の心はこの場にはなく、不思議と安らぐ暗闇の中、向かい合った私達はこうして向かい合っていながらお互いのことを見ていなかった。

 王妃殿下は、殿下の記憶の中にある懐かしい祖国へと心をとばし、私は殿下の姿をぼんやりみながら、ナディル殿下のことを想った。


(ナディル殿下は、きっと、このことも最初からご存知だっただろう……)


 妃殿下のことを。そして、それ以上のことも。


(殿下は何でもご存知だから)


 私はたぶん、殿下の手の平の上でじたばたしているだけなんだろうなと思う。ちょっとムカッとすることもあるんだけど、それ以上に、じくりと胸が痛んだ。

 ただ一人、高処にある殿下の孤独を想う。

 

「父には男児がなく……でも、父は側室はとらなかった……母を愛していたからです。だから、長女である私はいずれ婿をとり、女公となることが決まっていました。その為に、幼い頃から教育も受けていたのですよ」


 妃殿下はひっそりと笑みをこぼす。それは見たことのないような笑みで……そのほうがずっと美しいと思った。いつものあの笑みは、どこか怖いものを孕んでいる気がする。


「私は、自分が女公となり、ダーハルをを守るのだと思っていました。その未来を疑ったことなどありませんでした」


 かつて、まだ陛下が第五王子殿下であった時代、家令は妃殿下にすべてのお伺いをたてていたのだと聞いた。

 私はそれを聞いて不思議に思った。

 その噂を教えてくれたリリアやフィル・リンは、陛下がまったく政治や表向きのことに興味がないということの例として教えてくれたんだけど、じゃあ、妃殿下は何でそういった判断が……ううん、決断ができるのかって。


 私にも王太子妃としての所領というものがある。

 けれど、私は何もできていない。

 本当は自分の所領のことくらい、自分で何とかしようと思ったのだ。

 真実幼かったアルティリエと違って、私は十年以上社会人経験のある大人なんだから、頑張れば何とかなるんじゃないかなって。


 でも、間違ってた。


 最初、私は、領地を経営するということは会社の経営のようなものと思っていた。領主は社長で、領民が社員。

 でもね、これ全然違うの。似ているようでまったく違う。

極論だけど、わかりやすく言ってしまえば、社長が責任を持つのは社員のお給料で、領主が責任を持つのは領民の生活だということ。

 生活……それは、よりよく生きるということ、その全て。


 お給料は生活の糧ではあるけれど、その全てではない。

 つまり、それだけ責任が重いということ。

 領主の決断一つ、命令一つで、民は生き、あるいは、死ぬ。

 この世界では、それが当たり前で普通のことだった。


 そして、私にはそんな重大な決断はできなかった。

 自分の決めたことで、誰かが死んだり、あるいは酷い目にあったりしたら……それでもそれが間違っていなかったと、一番良い道だったのだと胸をはって言えるほどの覚悟は、私にはない。

 

 でも、王妃殿下には、それができた。

 つまり、それは王妃殿下にはそれだけの覚悟と素養があったということで……その理由の一端がわかったような気がする。

 ユーリア王妃殿下は国を治める者として育てられていた……だから、今の妃殿下が在るのだ。


「私はダーハルであり、自身こそがダーハルという国そのものだと思っていました。統一帝国の時代からダーハルを治めてきた大公家の娘として生まれた誇り……私は少し、人よりもその誇りが強い子供で……公家の誰よりも、いいえ、民の誰よりも私こそがダーハルを愛しているのだと言って、よくお父様を困らせたものでした」


 淡い緑の瞳が更に遠くを求める。

 王妃殿下の言葉に宿る熱。それが、私の中にある何かに触れる。

 何か違うと思うのに、その強い思い……熱に気おされる。


「私はまだ幼く、愚かで、無知で、そして、傲慢だった。大公家の一の姫、世継ぎの公女として大切に育てられた私にとって世界の中心はダーハルでした。そんなことあるはずがなかったのに」


 泣き笑いにも似た表情。


「転機が訪れたのは、私が、花冠の儀を迎えて3年……そう、私の婿探しが本格的にはじめられた頃でした」


 転機……王妃殿下の運命の転換点。それは……私にもわかる。

 陛下との出会い、あるいは、陛下との結婚。


「陛下が……当時は、ダーディニアの第五王子であったヴィダル殿下がダーハルを訪れたのです。公宮は大騒ぎでした。でも、私や妹たちには関係がなかった……当時既にエレアノール公女はダーディニアに嫁いでいましたが、そんなことが私達にあるなんて思いもよらなかった」

「なぜですか?」


 ユーリア王妃は、今もこんなにも美しい人だ、幼い頃はさぞ美貌の少女だったと思うのに。


「母が美しい人だったので、私も自分の容姿にはそれなりに自信がありました。でもね、そんなことは関係ないとも思っていました。王家や王族や貴族というのはね、だいたいが美しい容姿を持つものです。なぜだかわかりますか?」

「……美しい伴侶を求めるから。あるいは、それが許されるから」

「ええ。そうです。つまり、そういった家では代々、美しい者の血をとりこんでゆくものですから、ある意味、美しく生まれつくのは当たり前なのです」


 代々の好みでいろいろ揺らぎはあるだろうけど、それでも、遺伝要素に美形の形質が含まれ、それが重ねられてゆくのだ。美しい子供が生まれる確率は確かに高くなる。


「だから、私は自分の容姿にそれなりの自信を持ちながらも、さほどの価値があるとも思っていませんでした。

何よりも……私は知っていました。大陸行路の道筋にあり、貴石を豊富に産出するリーフィッドと違い、ダーハルは小さな山間の農業国でしかなかった。地図を見た時、ダーハルとリーフィッドはどちらも面積もさほど変わらぬ小国ででしたが、その中身はまったく違っていました。ダーディニアがそんな小国と婚姻を結ぶ必要はまったくなかった……あなたのお祖母さま、エレアノール妃殿下は例外中の例外なのです」

「例外中の例外……」

「エレアノール公女は生まれる前から、ダーディニアに嫁ぐことが定められていた方でした」

「……なぜですか?」


 何かこう、ひっかかるものがあった。

 母と私……私達が陛下に例外扱いされ、同時に私達の婚姻の特別さに共通する何らかの因子。

 それはたぶんエレアノール公女からはじまっているのではないか、と思う。


「エレアノール様の母君がエルゼヴェルトの姫君だったからです」

「エルゼヴェルト……」

「ええ、そう。……あなたの生家です、ティーエ」


 エルゼヴェルト。その名がここに出てきたことに、少し驚き、そして納得もした。

 私の生家……王家のスペアと影で呼ばれることもある東のエルゼヴェルト。


「細かい事情は別として、エレアノール公女がダーディニア王家に嫁いだ事は、四公家の姫でなくとも王妃になれるという一つの先例を作りました。実際にはこれはまったくそんなことはなかったのですが」


 ダーディニアの婚姻政策というのはとても特殊だ。

 特に特徴的なのは、王女はまず国外に嫁がないということ。そして、王の妃はエレアノール王妃殿下、ユーリア妃殿下という二つの例外をのぞけば必ず国内から……それも、四公爵家から求めていること。

 けれども妃殿下の言葉の意味を考えると、エレアノール王妃は例外として考えるものではないような気がする。


「先王陛下のお言葉に誰もが納得したとおり、エレアノール様の肩書きはリーフィッド公女ですが、実質的にはエルゼヴェルト公爵家の姫の扱いだったのですから」


 私はその言葉にうなづく。何となくいろんなことがのみこめた気がした。

 王妃殿下だけが真実の例外なのだ。


「……ともかく、エレアノール殿下の例があったから私が第五王子の妃になることは、許されました……私は四公爵家の血など欠片もひいておりませんでしたが、陛下は王位継承権とは無縁になるはずでしたから」


 ユーリア妃殿下の穏やかな様子が、不意に硬質な空気を帯びた。


「許されずとも良かったのです。前例など、なければよかった!」


 その声が、叫びにも似た響きに変わる。


「私は、ダーディニアの王子の妃になどなりたくなかった。私はダーハルの女公となって、ダーハルを守りたかった。……ねえ、知っていて?ダーハルが失われた時、ある人はね、私に言ったのよ。妃殿下は最高の幸運をお持ちだわ、ってね」


 王妃殿下は、その秀麗な面に、自嘲にも似た笑みをひらめかせる。

 

「何が幸運なの?他国に嫁いでいたから私だけが生き残ったこと?大国の王子の妃になったこと?それとも、夫となった人が国王になったこと?私が生んだ子供が、稀代の天才と言われるほどに頭が良かったこと?そのせいで王妃になれたこと?……どれ一つをとっても、私が望んだことなんてなかったわ。私が望んだことなんて一つも叶わなかった!!」

「ユーリア妃殿下……」


 感情が迸る。押さえようとしても押さえきれないもの。激情にも似た何か。

 妃殿下の背後にゆらりと立ち上る青白い陽炎が見えたような気がした。


「……ダーハルの公宮で開かれた歓迎の宴の時に、宴の主役たるヴィダル王子は、私に目を留めました。吟遊詩人の歌では、王子が私に一目で恋をしたということになっています。でも、そんなことはまったくなかった。だって、ヴィダル殿下は……陛下は、最初から私を見る為に、ダーハルにやってきたのですから」


 私は意味がわからなくて首を傾げる。


「でも、私はそれを知らなかった。そして、知らぬまま、淡い思いを抱きさえもしたのです……でもね、それは微熱のようなもので、子供が絵本の中の王子様に憧れるのと変わりがないものだったのです。だって、私はダーハルの世継ぎだったのだもの。それ以上に大切なものなんてなかった」


 妃殿下の祖国への思いは充分すぎるほどわかった。

 理解できたとは言わないけれど、私があちらの世界に対して抱く思いと少し似ていると思う。

 でも、私なんかよりも、もっともっと激しいもので、私は少し怖かった。

 こんな熱は、私の中にはない。私はこんな風に、何かを愛したことがない。

 この胸に抱くナディル殿下への想いは熱っぽさを持つけれどもっと柔らかな、思い出すだけで何か赤面したくなるような、優しくて恥ずかしくてくすぐったいものだ。

 こんな、まるで伝染しそうな熱を、私はもっていなかった。


「陛下のことを、お厭いですか?」

「いいえ……いいえ」


 妃殿下は激しく首を横に振った。


「淡いものではありましたが、私は確かに陛下に恋をして……そして、一番大切なことすら、どうでも良いと思った瞬間があったのです。ヴィダル殿下はとてもお優しかった……だから、殿下に求婚されたとき、私は嬉しかった。婚姻を結ぶのは無理だとわかっていましたが、そう言っていただけたことが嬉しかった」


 妃になどなりたくなかったと叫ぶ一方で、求婚されたことが嬉しかったと妃殿下は言う。

 その明らかな矛盾。

 でも、たぶん、どちらも本当だ。妃殿下の言葉はどちらも嘘ではなく、だからこそ、妃殿下は取り戻せない過去を後悔し、選ばなかった未来を思い現在から目をそむけようとする。


(けれども……本当はわかっているはずだ)


「『私は婿をとり、国を継がねばならないから殿下の妃にはなれないですが、嬉しかった』と、そうお伝えする練習までして……うまく申し上げることもできました。なかったことにされましたが」

「なかったこととはどういう意味ですか?」

「殿下は、断られることなど思ってもみなかったようでした。そして、笑って私におっしゃったの。『ユーリア、貴女はよくわかっていないのかもしれないが、私が望み、我が父がそれを了承した以上、これは決定事項なのですよ』と。そして、私がお断りを申し上げたという事実はなくなりました」

「……………」

「私は意味がわかりませんでした。……でも、結果は確かに殿下のおっしゃった通りだった。お断りしたはずなのに、翌日には私が殿下に嫁ぐということは決定事項となっていました。嫌だという私の言葉を誰も聞かなかった……むしろ、そのたびに言われたものです。『ご冗談を』と」


 想像がついた。

 人は自分を基準に物事を判断しがちだ。そして、自分がそう思ったからというだけで他人もまた同じように思うものだと思っている。


「ご家族も同じ様におっしゃられたのですか?」

「いいえ。父はちゃんと私の言葉を聞いてくれました。でも、だからといって結果が変わるわけではなかった。……父は、私に聞き分けてくれるように言いました。ダーディニアに睨まれては、ダーハルのような小国はひとたまりもないのだから。と」


 確かにその通りだ。

 ダーディニアは大陸有数の大国の一つだ。その国力も、その国土の広さも桁違いであり、何よりも、ダーディニアの軍の強さは大陸に鳴り響いていた。

 後に帝国に攻められたダーハルがたった三日で陥落したことを考えれば、そのお父上の言葉も当然だっただろう。


「私は訴えました。世継ぎの公女なのだから外の国に嫁ぐなんてできないと……でも、父は言ったのです。ダーハルを継ぐのは妹たちでもできる。と。ダーディニアの王子の妃となって、内からではなく、外からダーハルを守ることができるのはおまえだけなのだ、と。だから、聞き分けてくれと。……私はうなづきました。……今だから言えることですが、結局のところ、私は理由を探していただけなのです。初恋の人の元に嫁ぐための理由を」


 そして、私はヴィダル殿下の妃となりました、と王妃殿下は自嘲気味に笑った。


「そんな風に嫁いだにも関わらず、私は祖国を救うことができませんでした。外から守るようにと父がいってくれたのにも関わらず、私は何一つ祖国の為に役立つことができなかった……」


 その笑みが自嘲に見えたのは、その先に起こったことを私が知っているからだろうか。

 きっと、この先どんなに優しく微笑まれたとしても、私は、この人がただの穏やかな……慈愛の人だとは、思わないだろう。


「嫁いだ当初は幸せでした……私は、なぜ殿下が私にそんなにも執着されたのかを知りませんでしたから」

「執着、ですか?」

「ええ。……私の絶望は、殿下の執着の理由を知ったときに始まったのです」

「……それは、愛しているからですか?」


 私の言葉に、妃殿下はああ、とこらえきれなかった嘆息を漏らす。


「あなたはどこまで知っているの?ティーエ」


 私に向けられた眼差しには、何もなかった。

 慈愛も、敵意も、挑むような鋭さも何もなかった。

 ただ、何もかも諦めたような女がそこにいた。


「私が知っていることなんてそう多くはないです。だって、私、覚えていないのですから」


 私は内心のさまざまな思いを押し殺して、にっこりと笑ってみせた。

 無邪気に、そして、誰よりも美しく見えるように。


 それこそが、私の武器なのだと、今の私は理解していたから。


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