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32.ギッティス大司教


 シオン猊下と対面したのは、作業室の隣……よくお茶に使ったりする部屋だった。


 ギッティス大司教シオン猊下。ナディル様と母を同じくする末の弟君だ。

 どういうわけか、ナディル様は異母弟妹であるナディ達を認めていないわけではないのに、兄弟であるという認識に欠けているようなところがあって、シオン猊下をいつも末っ子扱いなさる。

 殿下のお話を聞く限り、猊下はそれをよくご承知で、いろいろ甘えているようなところがある。なので、現実には私のほうが幼いながらも、気分としては私も何となくシオン猊下を弟っぽく思っている。

 居間は公的な空間でもあるため、私にはちょっと広すぎる。だから、私はこの小さめの部屋を使うことを好む。

 まあ、現在は居間を使えない理由があるわけだけど。


「このような夜分にお目通りの許可をいただき、ありがたく思います。アルティリエ妃殿下」

「いえ」


 にこやかなシオン猊下は柔らかな笑みを見せる。

 やっぱり兄弟なんだなぁと思う。笑い方がそっくりだ。


(どっちかというと私的にはあんまりよくない意味で……)


 爽やかかつ完璧な王子様笑い……シオン猊下は今は聖職者だけど……は、どこか空虚な感じがする。

 でも、王太子殿下がそうであるように、対外的にはもうこの笑みがはり付いてしまっているんだと思う。

 だって、ナディに見せてもらったスクラップブックカードのシオン猊下はほとんどがこの表情していた。


「怖い思いはされませんでしたか?侍女からは、こんな時間まで眠れなかったと聞きましたが」

「……大丈夫です」


 私は目を伏せる。本当は心配しているのは殿下よりもリリアだ。

 でも、傍らにジュリアが控えているから下手に口に出すわけにもいかない。急に人払いなんてできないし……。


(そもそも、ここで人払いなんてしたらマズいから)


 12歳の私がそこまで意識するのもおかしいかもしれないけれど、この宮は王太子殿下の後宮になる。そこで、夫以外の男性と二人きりになりたいというのはちょっとどころかかなりマズいと思う。

 この国の聖職者は条件付だけれど結婚が認められているからなおさらだ。


「……兄上のことがご心配ですか?」


 私が口ごもったのを、猊下は別な意味にとったらしい。


「え、ええ……」

「兄上なら大丈夫ですよ。兄上は負ける戦は決してなさらない」


 うん。殿下のことはそれほど心配していません。

 正直言って、殿下が負けることなど想像すらできない。

 どう言ったらいいんだろう……わざとらしいけれど、ジュリアにお茶でもいれに言ってもらおうかなと思ってジュリアを見ると、ジュリアは何を誤解したのか私にうなづきを返し、笑みを浮かべて口を開いた。


「妃殿下は、王太子殿下がご心配のあまり、夜もあまり眠れないとか……。その為、殿下の戦勝を祈願なさりたいとおおせなのですわ、猊下」


(ちっが~う!)


 笑みを含んだその言葉に、一瞬、シオン猊下はぽかんとし、それから破顔した。


(それ、ちがうから!!)


 誤解だから!そこまで心配してないし、別に眠れなかったのはそのせいじゃないからね!

 口に出して言いたいけれど、言うわけにはいかないのがつらい。


「それは良いことですね。兄上もお喜びになることでしょう」

「聖堂への外出はご無理でしょうが、猊下が導師として祈願の儀式を行ってくだされば妃殿下もご安心なさると思うんです。……そうですよね?」

「う、うん……」


 ここでうなづくのは何かちょっと違うような……。いや、殿下のご無事を祈ることに不満があるわけじゃないんだよ。ただ、誤解されてるのが気になるだけで!


「勿論、おひきうけしましょう」

 

 シオン猊下は力強くうなづき、それから、ちょっと考えて言葉を続ける。


「ですが……せめて、西宮の聖堂に場所を移しましょうか。さすがにここは祈りの場には不釣合いです」

「でも……」


 ジュリアはためらっていた。

 王太子殿下の留守中に私がここから出ることは絶対禁止事項。それが基本ルールだ。しかも、今は判断を下すリリアがいない。

 他の者が言い出したなら即座に却下なのだけれど、それを口にしているのが、王太子殿下が留守の様子見を任せた実弟のシオン猊下だというところにジュリアのためらいの原因があるんだろう。


(……これは話がしたいというサインなのかしら?)


「こっそり行けば、大丈夫ですよ」


 シオン猊下はいたずらに誘うような表情で言う。思わずひきこまれてしまいそうな魅力的な表情に、ジュリアがちょっと頬を染めた。


「いかがです?妃殿下」


 柔らかな笑みを浮かべてるけど、目はあんまり笑ってない。


「……わかりました」


 迷うことはほとんどなかった。

 これが私と心置きなく話をするための提案なのか、あるいは、もっと違う別の目的なのかはわからない。


(だって、あまりにもタイミングが良すぎるもの……)


 世の中が、そんなに都合よくできていなことを33年+12年の人生を送っている私は知っている。


(でも、この申し出にのってみるしかない)


 現在の状況は手詰まりなのだから、どのみち他の選択肢はない。

 私が抜け出すことのマイナスとプラス……迷惑をかけるだろう人たちや他のいろいろなことが頭をよぎる。


(でも、優先順位の一番はリリアを助けること)


 気持ちの整理がついたわけではない。けれど、一番大事なことを間違えなければいい。

 そして、幾つかの可能性を頭に思い浮かべる。


(たぶん、どう転んでも私の目的は達成できるだろう)


 だったら、それでいい。

 こう言うのも何だけど、結構度胸のあるほうだ。

 決めるまでにいろいろと悩むこともあるけれど、一度、決めてしまえば、後は腹を括ってしまえる。

 親兄弟も親族もなく一人で生きるということは、幾つもの決断を自分だけで下す繰り返しだったのだ。

 ちょっと思い出すのがイヤになるようなこともやっぱりいくつかあったし、いろいろ鍛えられてもいる。

 多少の不測の事態はどうとでもできるはずだ。


「騎士の方には……」


 ジュリアが不安げな表情をみせた。


「申し上げないほうが良いでしょう。騒ぎになりかねませんし」

「でも……」


 シオン猊下は柔らかく笑って言う。


「妃殿下は風邪をひいて臥せっていることにもなっているし、ほんの1時間足らずのことだよ、ジュリア」


 言い聞かせるように名前を呼ぶとことか、ダメ押しだと思う。


(似てるなぁ……)


 いつだったか、私の目の前でアル殿下を丸めこんだ王太子殿下と。

 シオン猊下と王太子殿下は雰囲気がよく似ている。

 でも、本当は顔立ち自体は、実はアル殿下と王太子殿下のほうがよく似ているのだ。

 アル殿下の性格が王太子殿下とはまったく違うのと、髪の色や瞳の色が違うのでそれに気づく人は少ないだろうけれど。


「……妃殿下?どうかされましたか?」


 私の視線に、シオン猊下が軽く首をかしげる。


「いいえ……何も」


 そう答えた私に笑みかけ、シオン猊下は更にジュリアに畳み掛ける。


「ジュリアが妃殿下の身代わりをつとめてくれれば、きっと大丈夫だから」

「身代わりだなんて……」

「たいしたことじゃない。妃殿下の服を着て寝室に戻って、代わりに寝ていればいいだけだから」

「でも……」


「ジュリア、お願いします」


 私も言葉を添えた。

 

「……妃殿下がそうおっしゃるのでしたら」


 不安げなジュリアに、私は大丈夫ですというようにうなづいてみせた。


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