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30.急変

 家令の仕事というのは多岐に渡る。そして、来客や訪問の取捨選択もその一つらしい。

 意外にも、と言ったら申し訳ないけれど、フィルは仕事はちゃんと真面目にする人間だった。


「王妃殿下のお茶会ですが、これはお断りですね」


 前回と同じ綺麗なエンボスの封筒の招待状を、欠席の封筒の山の一番上にのせる。

 こんなにたくさんの招待状が来ていることを、これまで知らなかった。

 内容はいろいろ。

 貴族の謁見の申し入れや、お茶会や夜会の誘い。私はこれまでまったく出たことはないのに、それでも招待状送ってくるのがすごいと思う。


「どうやってですか?」


 リリアが首を傾げる。

 どうやら、断ることに異存はないらしい。


「風邪ひいたってことにすればいいでしょう。ナディルの許可がなければ、王妃殿下とてこの宮に入るのは困難だ。見舞いに来るって言われたら、寝てるからって言って遠慮してもらえばいい。医師はこちら側の人間ですからうまくやらせます」

「わかりました」


 お医者さんまで口裏合わせる完璧な仮病。さすがだ。


「なので、ナディア姫と遊ぶ約束も却下です」


 淡いピンク色の封筒を上に重ねる。

 残念。ナディの秘蔵コレクション見せてもらう約束だったのに。


「はい」


 フィルのこの決定は殿下の意向に基づいているわけなので、私はこくりとうなづいた。


「殿下が宮を離れている間は、この宮から出ないことが一番です。当分の間、妃殿下はお風邪を召されたので外にはお出ましにならない、ということにしますので、残念ですが建設現場をのぞきにいくのもダメです」

「はい」


 うーん、ひきこもりだ……それこそ退屈しそうだけど、仕方がない。

 王妃殿下に対してすら仮病を押し通すのだから、徹底的にやらないとってことなんだろう。


「……物わかりいいですね、妃殿下」

「?」

「普通、貴女の年齢の子供はもっとわがままなものですよ」

「でも、危ないんですから」


 時々忘れそうになるけど、私には33年の人生経験があるのだ。そんな、子供みたいな駄々こねたりしないんだから。

 大人の女の包容力を隠し持ってるんだよ。……今のところ発揮できてないけど。


「そーいうとこが、ナディルには合うんだな、きっと」


 あいつ、言葉の通じない子供大っ嫌いだから、とフィルが笑う。


「私だってわがまま言うことありますよ。でも、言うべきタイミングはちゃんとわきまえてます。計算高いんです」


 切り札は大事なときに使うものだ。


「……さすが。ちっこくても、女ですねぇ」

「当然です」


 私はにっこり笑う。

 わがままはここぞというとっておきに言うものだ。

 ……それに、あんまり子供扱いもされたくないんです。

 フィル=リンはちょっとだけ笑って、まじめな表情でリリアに向き直った。


「ラナ・ハートレーは、王妃殿下ならびにナディア王女殿下にお断りのカードを代理で作成して届けていただきたい」

「わかりました。……王妃殿下には、私が直接お届けいたしましょう」

「よろしく」


 様子も伺ってきます、とリリアが私に唇だけで言う。

 この間のお茶会から……ううん、ずっとそれ以前から、リリアは王妃殿下に対して疑いを持っている。リリアは口に出しては言わないけど、この間のお茶会後に話したときの口ぶりではそうだった。


(……無関係ではないけれど……)


 何かこうピンとこなかった。

 確かにユーリア妃殿下は怪しい。怪しいというか、絶対に関わってることは間違いないし、確証もある。

 表向き、シュターゼン伯爵は自身の領地に帰っていることになっている。が、実は私の依頼でいくつかの調査をしていて、すでに届いている報告書にはそれを裏付ける事実が幾つか記載されているのだ。


 ……でも、私には妃殿下が犯人だとは思えない。

 んー、相当深いところまで関係はしていると思うんだけど、彼女が私を殺そうとしているとは思えないのだ。

 

(だって、彼女は王妃だから……)


 そう。彼女は何よりもまず王妃なのだ。

 妻であり、母である前に『王妃』であること、それが彼女には何よりも重要なことなのだ。

 そして、王妃である彼女は、『私』という存在がどれだけダーディニアにとって貴重なのかがわかっている。

 好き嫌いで言えば『嫌い』であってもそれはそれ。傷つけることはしても、たぶん、殺すことはできない。


(エルゼヴェルドの推定相続人である『私』はダーディニアという国を存続させるのに絶対に必要なパーツだから)


 今、私という存在が失われると、ダーディニアが内戦に突入する可能性は恐ろしく高くなる。即座に突入する、とまで言わないのは当代公爵がまだ健在だから。

 この国の王妃であることが何よりも最優先である妃殿下には、ダーディニアを内戦に陥れてまで、私を殺す覚悟というか、意思はないだろう。

 そして、他国の人間には、私という存在の本当の価値がわからない。

 彼らにはダーディニアという国の特殊性が本当の意味で理解できていないからだ。


「お願いします、リリア」


 気をつけてね、と声に出さずに伝える。

 リリアはにこっと笑った。

 無理は絶対にしてほしくない。でも、実際のところは、王妃殿下のところがそれほど危険だとも思っていなかった。

 リリアはシオン猊下の乳兄弟だ。リリアに何かあれば、シオン猊下が乗り出すことはわかりきっている。

(妃殿下は王妃という立場を何よりも優先させるけれど、母であることを忘れたわけでははないと思うし……それに、王妃殿下というお立場としても、王族枢機卿の機嫌を損ねることはできないはず)

 国教会は王妃殿下の地位を……他国の王女に第一王妃の地位を与えていることを苦々しく思っているので、王妃殿下が不祥事を起こしたら即座にとは言わなくとも、廃位させようとするに違いない。

(それほど事情に詳しくない私でもそれくらいわかるんだから、現実はもっと厳しいんだろうな)

 これは、妃殿下個人の資質がどうこうということではない。

 そして、徹底している国教会は、そんな妃殿下を第一王妃にしている国王陛下に対してもあまり好意的ではないのだ。

 そのせいで、陛下は教会嫌いとして知られている。

 必要最低限の儀式すら、体調不良で欠席なさるという徹底ぶりで、戴冠以来、教会に足を踏み入れたことは数えるほどと聞く。

(逆に、ナディル殿下にはわりと好意的なんだよね)

 これは、殿下が私と婚姻しているからだとリリアは言った。

 ダーディニア王家の血は、殿下よりも私のほうが濃い。それが正統な血筋なのだと国教会は見なしているのだろう。


「かしこまりました」


 リリアはスカートの裾をつまみ、一礼して出てゆく。幼いころから宮中で育ったリリアの挙措はとても優雅で、実は私も時々真似してる。

 こういうのって言葉で聞いてもわかりにくいけれど、目の前で見せられると案外あっさりわかるのだ。ただ、その優雅さが真似できるかというとなかなか難しいのだけれど。

 扉がぱたんと閉まると、ほーっとフィル=リンは大きくため息をついた。


「そんなに緊張します?」

「……まあ」


 フィルや軽く肩をすくめる。


「ようは、慣れないってだけなんですがね……何しろ、物心ついた時から男所帯なので」

「殿下の側近の方は女性はいないんですか?」

「ええ、まったく。……こういうと誤解を招くかもしれませんが、あいつはかるーく女嫌いなところがあるので」

「そうなんですか?」

「ええ。……女嫌いの男嫌いの人間嫌いかもしれませんが」

「でも、決して口には出さない……ですね」

「ええ」


 私とフィルは顔を見合わせてにっこり笑う。

 きっと、私とフィルは仲良しになれるだろう。

 お互いにナディル殿下が大好きだから。


「確認しておきたいのですけど」

「何ですか?」

「誰か、はわかりませんけれど、私を狙ってる人……まあ、その手先かもしれません……が、来るんですね?殿下の留守中に」

「そうです」


 まるで決まりきった事実というようにフィルはうなづく。


「それは、私を殺そうとしている方ですか?それとも、そうじゃない方ですか?」

「……ほんと、すげえな」


 思わずといった感じでため息がもれる。


「?????」

「あなたはナディルにとって最高の妃だってことですよ」

「ありがとう」


 その言葉の真意はよくわからないけれど、そういう風にほめられるのはとっても嬉しい。

 それが、殿下の乳兄弟のフィルの言葉だからこそ尚更に。


「たぶん、殺そうとしてる方です……判断に迷うこともあるんですが、殺そうとしている方も毎回どうしても殺そうっていうわけじゃないんですよね。まあ、こないだみたいに成功しかかったりとかもありますが……その次は、結構お粗末な襲撃だったし……」


 ほら、やっぱり私の知らないところでいろいろあるんだ。


「……ですが、ナディルは、今回で決着をつけるつもりなので、気を楽にしてそれを待っていてください」

「そうですね」


 ……たぶん、殿下には犯人の目星がついているのだろう。

 証拠とか確証は全然ないけれど、殿下に比べれば圧倒的に情報量の少ない私にも何となく思いつく名前がある。もしかしたら間違ってるかもしれないけれど。

 でも、それと同じくらい間違ってないんじゃないか、という気もしている。

 ようは、認めたくないだけなのかもしれない。


(でも、そもそもこの国の実質的な最高権力者って言われてて、最高権力を持つだろう殿下がこれまで処分しきれていなかったことを考えれば、犯人は限られているんだよね)


 私は、不思議なくらい殿下が犯人を知っていることを疑っていなかった。

 だから、ナディル殿下が決着をつけるというのであれば、それを待つだけだ。

 だって、約束したもの。

 ここで待ってるって。

 まあ、正確にはここから出ないって約束だけど。

 

「あ、お菓子は作ってもかまわないですか?」


 それまで禁止されたら、ヒステリーおこすけど!


「大掛かりでないのでしたら。侍女達が作ってると言えばいいだけなので」

「良かった」

「ま、本音を言えば、俺も食べたいですし。……妃殿下、貴女、最高の菓子職人になれますよ」

「ありがとう。もし、王太子妃じゃなかったら、絶対にお菓子屋さんやると思う。王太子妃はお菓子屋さんできないけれど、エルゼヴェルド公爵ならできるよね!」

「まあ、できないことはないですね。商売をやっている家も多いですし」

「不思議ね。貴族が商業に従事するなんて、バカにされそうなものだけど」


 少なくも、ダーディニア以外の国ではそう。

 けれど、ダーディニアはちょっと違う。

 たとえば、北部諸侯の大部分は林業に従事しているし、南部諸侯は大農場主を兼ねているの。で、彼らは、自分たちで独自の販売ルートを持っていたり、開拓したりと経済活動に関して大変積極的なのだ。


「いや、直接商売はやっぱりほとんどないですよ。ですが、『持てる者』であってこそ、貴族としての義務が果たせる、というのがダーディニア貴族の信念ですから……『困窮している領主が領民に善政を施しても効果はない』って慣用句は、ダーディニアでできたくらいですし」


 フィルの言った『困窮している領主が領民に善政を施しても効果はない』っていう慣用句は『無意味』っていう意味で大陸中で広く使われているのね。

 確かにこの慣用句はダーディニアだからこそ生まれたものだ。

 貴族って、お金持ちで優雅にパーティ三昧!なイメージだったけど、全然それだけじゃないんだよ。


「私がレシピつくったお菓子が、ダーディニア中で販売されるのとかいいよね」

「レシピ?」

「作り方。……粉の配合とか微妙なの」


 ダーディニアは、やっぱり別の世界の別の国で、よく似たものであっても向こうとはちょっと違う。

 そのちょっとの違いがお菓子には影響あったりするわけで、向こうのお菓子をダーディニア流にアレンジするのが結構楽しい。


「へえ~」

「いつか、チョコレート作るの夢なの」

「ちょこれーとってなんです?」

「それはね……」


 私は、フィルに「チョコレート」がどんなにおいしいお菓子なのかを熱心に吹き込んでおいた。

 ほら、ひきこもりの私より、殿下の側近のフィルの方がいろいろなものが手に入るかもしれないしね!


 何の変哲もない一日だと思ってた。

 また何事もなく今日が終わった、と思いながら寝て、次の朝を迎えるんだろうって思ってた。




 真夜中に、私の部屋にリリアのカフスが投げ込まれるまでは。

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