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27.フィル=リン

「妃殿下、こちらは、本日より家令見習いとしてこちらに勤めますアルトハイデルエグザニディウム伯爵公子です」


 朝一番にリリアに紹介されたのは、殿下と同じ年頃の……ちょっと変わった雰囲気のある貴族の男の人だった。

 貴族かどうかは服装を見れば一目でわかる。服装というのは、宮中序列に従ってすごく細かい規定のあるものだから。

 私の中の知識は、その人と一つの名前を結びつける。

 ラグフィルエルド=エリディアン=イル=レグゼルスノウディルイルティーツク=アルトハイデルエグザニディウム伯爵公子。

 今のところ自身では爵位を持たない。もっとも、この人はいずれ爵位を授かるに違いない。王太子殿下の乳兄弟であり、共に大学に通った学友であり、殿下が信頼する側近の一人なのだ。


「どうぞ、フィル=リンとおよび下さい」


 ニヤリと笑う。学者という雰囲気はあまりない。むしろ、アル殿下とか……武人の人に近い感じがある。それも、折り目正しいというよりはもっと……くだけた感じ。


「フィル=リン?」

「はい。あまりにも名前が長いのでそれで通しています。うちの家の人間は、公式文書以外はすべて短縮した名前で通ることになっています」

「長い名前ですものね」


 小さく笑うと、フィル=リンは信じられないものを見た、という表情で目を見張った。

 こういう反応にももうだいぶ慣れてきたし、それを楽しむ余裕もある。

 今は、少しづつこの宮内では以前とは違うのだということを周囲に示していこうと思っているところ。いつまでも人形姫ぶりっこでもいられないし……とはいえ、公式の場ではまだ無表情の仮面を取り去ることはできないけれど。


「……何か?」

「いえ、失礼しました。妃殿下が以前とはだいぶご様子が違いますので驚きました」


 正直な人だ。

 でも、ただそれだけの人でもない。たぶん、観察……いや、計られてるのだと思う。

 『私』……王太子妃アルティリエがどういう人物であるのか。王太子殿下の妃としてふさわしいのかどうかを。


 フィル=リンは、王太子殿下の無二の腹心であると周囲に認識されていて、事実その通りなのだと思う。

 彼が来る前にリリアが言っていた。

 本来、大学まで行った人が……執政官という身分を持つ人が、一時的にとはいえ家令になることはありえないのだと。


『その上、王太子殿下の信頼をかちえているという意味では、ご兄弟以上かもしれません。シオン猊下がよく悔しがっていました。彼には絶対にかなわないのだと。……アルトハイデルエグザニディウム伯爵公子というのは、そういう方です』


 そういう人がわざわざ『家令見習い』なんていう中途半端な役職で派遣されてくる。

 殿下、よっぽど心配してくれてるんだなぁと思って、少し嬉しかった。


(裏を返せば、それだけ危険になるということなのかも)


 うん。ありえそう。

 殿下が留守になれば、自然、この宮もいつもよりは手薄になる。隙ができるだろう。


(いや、殿下のことだからそれ狙って、罠とか仕掛けてるかも!)


 そういうのこっちにも教えておいて欲しいな~とか思ったけど、それでは罠にならないかもしれない。

 何にせよ、大概のところは私の知らないところで始まり、知らないところで終わっているのでそれほど気にすることでもない。

 これまでだって、私の知らないところでたくさんのいろいろなそういうことがあったはずだから。


(私が危険になったり、あるいは何か影響を被るというのは、殿下のそういう計画が失敗した時なのよね……)


 その最たる例が、おそらく私のエルゼヴェルトでの墜落事件であり、毒殺未遂事件……いや、こっちはちょっと違うか……なのだと思う。

 だから、失敗することはあんまり考えなくてもいい。………たぶん。


「リリアとよく話し合って、良いように取り計らってください」


 家令の仕事や職分なんてわからないし、他の事情があるかもしれない。何にせよ、リリアなら良いようにしてくれるだろう。


「かしこまりました」


 言葉少なに答えて、頭を下げる。いろいろと無駄なことを口にしないのは、なるほど殿下と親しい人らしいと思った。


「ありがとう」


 鷹揚にうなづいてみせる。

 これは、ある種の儀礼であり儀式だ。


「……では、リリア、私は図書室にいますね」

「かしこまりました。本日はお昼はいかがいたしますか?」


 一人ぼっちの朝食はもうとっくに済んでいる。

 味気ない朝食。

 チーズとろとろのオムレツや、カリカリなのにジューシィなベーコンも、一人ではあんまりおいしくない。


(殿下と一緒に朝食をとらないだけなのに……)


 ここしばらくはずっと殿下と一緒に食事ができる『朝』を中心に生活が回っていたんだなぁとしみじみ思う。

 国として大変な時なのに、私としては殿下とご一緒できない朝食の方が大事だったりなんかするあたりが小市民的だ。

 

 殿下とご一緒に朝食を取るようになってから、朝食とそれからおやつは元々、こちらで作るようになっていた。

 最近では差し入れをしたりする関係で、昼食もだんだんとこちらで作るようになりつつある。夕食だけは変わらずに西宮の台所で作られるものが運ばれてくるけれど、私が口にすることはあまりない。


 ……二度、異物が混入していた為だ。


 リリア達が即座に気づいた為に、騒ぎにすらならなかったけれど。

 毒物であったかどうかはわからない。今はまだ調査中だから。

 今作ってる台所が完成して、エルゼヴェルトから来る料理人さんが入宮したら、そんなこともきっと少なくなるに違いない。


「こちらで簡単に作りましょう」

「ご準備だけ整えておきます」

「ええ」


 私はぼんやりと考え事をしながら、図書室へと足を向ける。


(人って変わるもんだよね……)


 異物の混入程度では動じなくなった自分に少しだけ驚いたりもした。

 本当に怖いのは、そんなみえみえの……あからさまな悪意ではない。


 私の周辺の警備がとても厳重で、毒物に対してもとても敏感だということをわかっていながら……もし、わかっていないのだったら、犯人はただのバカだ……異物が混入されている。

 これは、私に対する警告であり、脅しにすぎないのだと思う。

 

(脅されるということは、真実に近づいてるということ)


 幾つかの知りえた事実とそこから導き出される推測。


 エルルーシア、幼馴染、彼女の故郷であるネーヴェ……頭の中を断片的な情報が駆け巡る。

 パズルのピースはまだ全部そろっていないし、登場人物も全員そろっているわけではないと思う。


 けれど、何となく予感がしている。


 何かが、失われる……あるいは、これまでぎりぎりのバランスで保たれてきた何かが壊れしまう……そんな、感じ。

 正直、怖いと思う。

 けれど、私はもう立ち止まることはできないのだ。


 死んでしまったエルルーシアの為ではなく、今となっては自分自身の為に。




「妃殿下」


(ん?)


「妃殿下」


 もう一度呼びかけられて、立ち止まった。


「はい?」


 フィル=リンだった。


「何でしょうか?」


 立ち止まって、見上げる。


(……身長も、殿下とほとんど一緒なんだわ)


 見上げる角度がほとんど一緒だ。


「お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「……かまいません」


(何だろう?)


 私は、フィル=リンを自分の図書室にいざなった。

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