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25.予感

 定番となった朝のお茶の時間は、最近は朝食タイムも兼ねている。だから、甘いものだけではなく、軽食になるようなものを用意するようになった。

 一人じゃない朝食が嬉しくて、準備するのにも力が入る。

 野菜たっぷりのスープは必須。デザートにはなるべくビタミン多そうな果物を選ぶ。今の季節は温室栽培のオレンジが多い。

 殿下は、最近、自分で作るオープンサンドがお気に入りだ。

 切れ目をいれた小さ目のバケットを軽く焼いたものと挟むための具をいろいろ準備しておくの。

 ハムや卵のフィリングに軽く焼いたベーコン。タマネギとレタスはさらしてぱりぱりにして、にんじんとじゃがいもは刻んで茹でてある。余った材料はそのままサラダやおかずとして食べる。

 栄養価の高いザーデは細かく刻んで摩り下ろしたニンニク少々と一緒にバターにいれた。

 そのままだと絶対に殿下食べないし。

「これは?」

「グリーンバターです。おいしいですよ」

「……悪くない」

 味見をした殿下は大丈夫だと思ったのか、普通にバケットに塗った。

 よしよし。思わず拳を握り締めてしまう。

(……食わず嫌いなだけなんですよ、もう)

 次はザーデのマヨネーズディップを用意しよう。

 意外に好き嫌いがあるんですよね、殿下。

「お野菜もはさんでください」

「いもは野菜だろう」

「じゃあ、にんじんもはさんでください」

 男の人って、ほんと野菜嫌いなんだね。上司とか同僚の男の子たちとお昼を食べたりすることあったけど、皆、サラダとか食べなかったし。メタボを気にしてる人が健康の為に!とか言って無理やり食べていたくらいで、好んでは食べない。

「……………もんだ……」

「問題あります」

 問題ないって言うのは、殿下の口癖。そう言うとみんな黙ってしまうのでよく使う。

 これと、ふんと鼻で笑うのと冷ややかな眼差しで口元だけで冷笑するのが必殺技。慣れてしまえば何てことないが、初心者にはなかなか高いハードルらしく、これが出ると、皆、反論できなくなるようだ。

「何が問題だ」

「にんじんには、身体に必要な栄養素が含まれているんです。……言っておきますけど、殿下がこれまで携帯糧食のビスケットだけで何年も大丈夫だったのは、若かったからです」

 まあ、あれはそれなりに栄養バランスとれてるしね。

 ビタミンが絶対的に足りないと思うけど。

「……………私は、まだ若い」

「いつまでも自分は若いと思っていたらダメですよ」

 そう思って気が付いたら、風邪ひいたらなかなかなおらなくなってたり、徹夜で飲み明かそうなんて言ってて0時を過ぎたらすぐに沈没してたり、ちょっと夜更かししただけで目の下にクマができてたりするのだ!

 不摂生が即座に身体に反映するんです、殿下!

「確かに年齢は君の倍だが……」

「倍以上です。はい、チーズも一緒にいれてあげますから。……このにんじんは甘くておいしいんです」

 殿下のバケットにチーズ込みでにんじんを挟むことに成功!

 よし!

「……私はあまりにんじんは好きではない」

 にんじん嫌いなことくらい知ってましたけど……。

 食事にこだわりがないのかと思っていたんだけど、こだわりが無いのではなく、こだわっている時間を惜しんでいただけみたい。

 料理人達をそのままにしておいたのは面倒だったからで、今はアルフレート殿下に押し付けることができて良かったと思っているらしい。

 なんていうか……殿下のことを、皆はいろいろ勘違いしていると思う。

「ダメですよ。そんなこと言ったら、殿下はザーデも嫌いじゃないですか。色の濃い野菜は栄養あるんですから」

 自分の口からは絶対に嫌いとは言わないけどちゃんと知ってます。

「………………」

 そんな目で見ても、無駄です。

「ダメですよ」

 私はにっこり笑った。

 笑顔は立派な武器の一つだよ。

「……わかった」

 殿下は仕方が無いという顔をする。

 これまで普通に食事をとらなかったのは、もしかして、好き嫌いが多かったせいかもしれないと疑ってしまいそうだ。

 携帯糧食ばっかりな食事はあんまりだと思っていたけど、案外あれはあれで殿下は好んで食べていたのかもしれない。

「チーズと一緒だとあんまり味わかりませんよ。生ハムもしっかり味がついてますし……それに、ほら、お花の形でかわいいでしょう?」

「花の形であっても味は変わらないと思うが……」

「可愛いんです!」

 強く主張する私を見て、殿下は笑った。

 ひき下がりませんからね。

(……だって……ちょっと疲れてるみたいに見えるの)

 野菜を食べれば健康になるなんて思ってはいないけれど、食生活はやっぱり基本だ。せめて朝食だけでも栄養バランスを考えたものを……と思ってしまう。

 私のこの小さな手でできることはあまりにも少ないから。

「……確かに甘いな」

 殿下はお花のにんじんを一つ、口にいれた。

 なんだ、ちゃんと食べられるじゃないですか。

「いい野菜ばかりだから、茹でただけでもおいしいんです」

 春になったらきっともっとおいしい野菜も出てくると思うけど、氷月だから種類がとても少ない。でも、本当においしい野菜だと思う。野菜にちゃんと味があるのだ。最も、だからこそにんじん臭くて嫌いなのかもしれないけれど。

「……ああ」

 ふと、殿下が手を止める。

「何か?」

 何だろう?

「この間のティーパーティの時の薬だが……」

「はい。……何かわかりました?」

 ガウンのシミの解析、終わったんだ。

「……二種類あった」

「二種類?」

「一方がニルティアという薬草から抽出した下剤。もう一方がある種の蟻が持つ毒物」

「下剤がナディのお母様として……、別口の蟻の毒ですか……」

 ナディが問い詰めたところ、アルジェナ妃は簡単に白状したらしい。たいして考えもなく、ダイエット用の下剤を混入したのだという。娘にさんざん脅されて、二度とやらないと誓ったそうだ。

 ナディの話し振りを聞いていて、殿下とナディの血縁関係をものすごく深く感じたよ。

 ナディは否定していたけど、絶対に似てるから。

「で、その蟻の毒にはどんな効果が?」

「………冷静だな」

 殿下は面白がるような表情で私を見る。

「飲まなかったんですから全然OKです」

「そうか……」

 なぜか満足そうな表情をしてる。

「その蟻の毒は、神経を麻痺させる」

「………………マヒ?」

 うーん、それだったらアルジェナ妃の目的も達成できてしまうんですけど。

 もしや、下剤じゃなかったのか?それとも、両方だったのか?

 いや、でも、やっぱりナディのあの剣幕からすれば下剤だけだったと思う。

(だって、そっちが入ってるなら下剤いれる必要ないもの)

「摂取量と個人差によるが、一杯全部飲みきったら命にも関わるだろうな」

「匂いとか味などはわかっているのですか?」

 いったい誰がそんな毒を私に盛ったのか……。

「匂いはミルクを混ぜてしまえばわからない。……味は、おそろしく苦いそうだ。私は飲んだことがない」

「……飲んだことあったら困ります」

「私の毒見役がそれを口にしたことがある……幸い毒に慣らした身体で量も少なかったから、さほどのことはなかったが、それでもその者は今でも左手の小指に麻痺が残っている」

 殿下はまっすぐ私を見る。

「君が、口にしなくてよかった」

「えっと……」

 そっと私の頬に触れる、手。

 それから、殿下の氷の蒼の瞳を驚くほど近くで見た。視界の端を何かが掠める。

「……殿下、にんじん、抜かないで下さい」

 殿下は、小さく舌うちした。

 ………そこ、大人の武器を使って、子供みたいな真似をしないように。



 

「そういえば、アルが、君にお願いしたいことがあるそうだ」

 にんじん闘争で勝利を飾り、私はちょっとご機嫌な気分でサンドイッチの最後の一口を飲みこむ。

「アルフレート殿下が?私に願い事ですか?」

 何だろう?と思った。

 アルフレート殿下はとても親切な方だ。

 今度、いつ出かけられるかわからないのに、いろんな場所のおいしい屋台マップをプレゼントして下さった。今、三枚目になる。

 意外なことに、あのヒゲ殿下、絵がうまいの。中央師団の師団長という軍人というイメージとは結びつかなくてびっくりした。

 アルフレート殿下の下さる地図には、ファンシーな屋台の外観が細かく書き込まれていたり、おいしそうな焼き栗や煮込み料理の絵が書いてあったりする。コメント読んでると、全部食べたのかなって思うくらい詳しくて楽しくなる。

 向こうで言うガイドマップみたいなもので、侍女やナディとあれが食べたい、これが食べたいと眺めながらおしゃべりしているともっと楽しい。

「別に聞き入れる必要はないが、話は聞くだけ聞いてやってくれ」

「それは、勿論構いませんが……」

 殿下らしい言い草だけど、何か笑ってしまう。

「なんだ?」

「いいえ。……お茶のお代わりはいかがですか?」

「いただこうか」

 アルコールランプで温められていたお湯を使って、お茶をいれる。

 こちらの作法もあちらの作法も基本的なことは変わらない。注意するのは抽出時間かな。茶葉によって違うけど、こちらの葉は開くのが遅いから。

 ポットに入っているのは、いつものサギヤのお茶でなく、私のところでブレンドしたもの。

 こちらでも茶葉をブレンドするという発想はあるのだけど、おいしい組み合わせを探るのではなく、高級品で有名な産地の葉にそうでないものを混ぜてカサ増しするのが目的だったりするので、ブレンドはあまり好まれていない。

 でも、綺麗な水色が出て香りは高いのに味がちょっと足りないものに、味は良いけどイマイチ水色が悪いものをうまく組み合わせれば極上のものになる。

「……これは……」

「ルーベリーの葉とホラントの秋摘み葉をブレンドしました。……なかなかイケると思いませんか?」

 ルーベリーとホラントは、どちらも国内紅茶の大生産地だ。ほどほどの品質で一般普及品として他国に輸出もしている。

 サギヤや帝国領フラナガンの茶葉がとっておきの高級紅茶の最たるものであるとすれば、ルーベリーとホラントのものは日常的に飲むための紅茶といえる。

 これ知った時、すごくショックだった。

 サギヤの茶葉は、茶葉の王様って言われるほどの高級品なんだって。市場に出回ることはほとんどないけれど、市場に出る時は同じ重さの金と引き換えにされるほどのものなんだって。

 殿下が下さった紅茶がそんな高級品だとは知らなかったから、私、ケーキやクッキーにザカザカいれちゃったんだよ。

 おいしい茶葉はお菓子にしてもおいしいけど、おいしいけど……それを知った後、しばらく私の頭の中に『同じ重さの金』というフレーズがぐるぐるして回っていた。

 お姫様になってだいぶたつけど、馴染めないものはあるんだよ。

「悪くない。……これならば、Sクラスの格付けがされてもおかしくないだろう」

 茶葉は、シンジケートによって格付けがされている品だ。

 シンジケートは、ギルドとはまた違った枠組で存在する商業組合で、元は、茶葉の生産者の団体で茶葉の品質を守る為に情報交換をするグループだった。

 今は生産者だけでなく販売者や、茶道具を作る者なども含めた大組織となっていて、年に一度品評会を開き、茶葉の品質を格付けしている。

「お好みですか?」

「ああ」

「良かった。後でお持ちくださいね。準備させておきます」

「ありがとう」

 殿下がにっこりと笑う。

 やったね!

 この配合を見つけ出すまで、かなり苦労したんだよ。

 侍女達はどれもおいしいって言ってくれるんだけど、これぞ!っていう決め手に欠けていた。

 毎朝、これをモーニング・ティーにして頑張ったんだから。

 でも、殿下がこんな表情を見せてくれると、苦労した甲斐があったっていう気がする。

(あれ?あれれ……?)

 もしや、私、熱心に頑張ってたのって殿下を喜ばせたかったのかな?

 今、唐突に気付いてしまった。

 なんだ、それ。

「……どうかしたのか?」

 不意に覗き込まれる。

 うわぁ、顔、近い、近いです、殿下!

 思わず、顔面にクッションを押し付ける。

「殿下、反則です」

「………何がだ?」

 クッションを放り投げる。その口元にうっすらと浮かぶ苦笑。

 なんか、余裕の笑みにも見えてちょっと腹だたしい。

「そんな急に接近されるとびっくりするじゃないですか」

 ちょっとドキドキしたなんて言わないぞ。

「……そうか?」

 絶対に言うものか! 

「そうです」

 これは誓ってときめきなどではない。……ないはずだ。

「…………問題ない」

 殿下、顔伏せてますけど笑ってますね。

 肩が小刻みに震えています。

「ありますよ」

 余裕?余裕ですか?

 もしかして、私のドキドキとか全部わかってますか?

「……夫婦なのに?」

 顔をあげた殿下の顔には、まだ笑みが残ってる。

 真面目な顔してみても、わかるんだからね!

「親しき仲にも礼儀あり!です」

「夫婦なのだから、それくらい大目にみなさい」

 命令形か!

 うー、なんか、ちょっと口惜しいんですけど!

「……失礼します。王太子殿下、そろそろお時間になります」

 リリアが入ってきて、ほっとしてしまったのは何故なのか……。

 やれやれ、という表情で殿下は立ち上がる。

「……アルフレートは、午後のお茶の時間に連れてくる」

「今日は午後もご一緒できるんですね?」

「ああ。……アルの為に少し多めに菓子を準備してやってくれ」

「はい」

 嬉しいけど、ちょっと困る。

 なんか、ドキドキしそうで。

(アルフレート殿下もいるから、大丈夫だよね、うん)

 お見送りの為に立ち上がり、とことこと後をついていく。

(……背、高いなぁ)

 抱上げられていないと、それがよくわかる。

 子供と大人……その明確な差がはっきりとする。何か、ちょっと口惜しい。

 回廊には、殿下の秘書官であるラーダ子爵が蒼白な顔色で待ち構えていた。

(毎朝ごめんなさい、子爵)

 きっと子爵は胃薬が手離せないでいるだろう。

「……ルティア」

「はい?」

 逆光がまぶしくて額に手をあてる。

「………何があっても、この宮からは出ないように」

「殿下?」

 何度も言われたこと。今更確認するまでもないのに。

「誰に呼び出されてもだ」

 冷ややかな声音。そこには、私にはわからない感情が含まれていて……不安にも似た何かが胸をよぎる。

 私があずかり知らぬところで、事態はかなりのところまで進んでいるのだろう。

「いいね」

 眩しくて、念を押す殿下がどんな表情をしているのかわからなかった。

「……はい」 

 私はうなづいた。少しだけほっとしたような気配。

「じゃあ、また」

「はい。午後に」

 遠ざかる背中……殿下は決して振り向かない。

 ぼんやりと回廊の向こうに消える後姿を眺めながら思う。

(……何を、隠しておられるのだろう)

 皆、何かを隠している。

 王太子殿下も、リリアも、ユーリア妃殿下も……。

 私は、何を知っていて、何を知らないのだろう……?


(……わからない)


 でも、皆が終わりに向かって歩み始めている事を、何とはなしに感じていた。


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