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20.お忍び

「…………………殿下、これが今日のお夕食ですか?」

「ああ、そうだ」

(こう来るか!)

 うん。本当にね。

 王太子殿下って私の予想の遥か斜め上を四回転ジャンプしてるような人だと思った。

「君が来るから、将官用のものを用意させた」

「………………」

 その気遣いの方向が何か違うと思うのは私だけでしょうか。

 目の前のテーブルには、縦に少し長い金属の缶。

 見たことあるよ……エルゼヴェルトのお城から帰ってくるときに。

 確かにあの時、ちょっと欲しいなーって思いました。その缶でお湯も沸かせるって聞いて。

「将官用の携帯糧食は乾燥果物の種類も豊富だし、ジャーキーも三種類ついてくる」

「………………」

 殿下の主食がこれだっていうのも知っていました。

 でもね、でもね、ワクワクしてた私の気持ちを返せ。

 殿下の為に作られる夕食ならおいしいかもしれない!と期待していた私の気持ちは思いっきり裏切られた。

「アルティリエ、どうかしたか?」

「………………いいえ。携帯糧食に将官用とかそうじゃないのがあるんだって初めて知りました」

 リリアに話したら絶対に笑われる。

 新しいドレスに着替えてきた私のバカ。

「これでなかなか種類が豊富なのだ。軍ごとに納入業者も違うしな」

「なぜ違うんですか?」

「一つの業者に固定すると賄賂やら何やらがはびこるからだ。その点、競争があるとわかれば価格もやたらとあげることができないし、工夫もする。基本的に常備軍というのは金喰い虫だ。できるだけ経費は省きたい」

 そうなんだ。……でも、軍隊にお金がかかるというのは本でも読んだことある。そういえば、新聞で読んだ自衛隊の年間予算の巨額さに眩暈がしたことあったなぁ。どこの世界でも軍隊にお金がかかるのは同じなんだな。

「殿下、食べ比べたりなさるんですか?」

「まあ、飽きるからな」

「………………そうですよね」

 毎日このシリアル入ったビスケットじゃ飽きますよね。

 私はあの旅行中に何回か食べただけだけど。

 ……何か、殿下は少し機嫌が良い。何か良い事があったんだろうか?


「……殿下、外で食べませんか?」

「外?」

「せっかく携帯用で持ち運びも楽なんですから」

 せめて、夜のピクニックと洒落こもう。

「外は寒いのではないか?」

「外套をとってきます」

 外に出るチャンスは逃さないぞ!

 自分のところの中庭しか知らないので、そっちの宮の奥に見える塔とか行ってみたい。

「いや……外出するとわかるといろいろうるさいから」

 外出って大げさな。あの塔の上とか、奥の庭にある東屋とかでいいんですけど。

 ああ、でも、いつも中庭に出るだけでもいつも護衛が二人もつくから……庭でも外出になるのかもしれない。

 私をじろりと見てちょっと考えていた殿下は、席をはずし、すぐに外套を手にして戻って来た。

 グレイのツイードみたいな生地のフード付の外套はなかなか可愛い。

「私が幼児の頃に使っていたものだ。サイズは問題ないだろう」

 ……どうせ、私は小さいですよ。

 




 抱き抱えられて、夜の庭を横切る。

「……自分で歩けます」

「歩幅が違うし、君は道をよく知らないだろう」

 確かに。私が知ってるのは王太子妃宮と王太子宮の一部だけだ。夜に外に出たことなんてまったくない。

 こちらの夜は、真の暗闇。

 街灯なんていうものは存在しないし、殿下は何も光源となるものを手にしていない。

 幸い、今日は月がとても明るいので目がなれればそれほど不自由がない。

「え……?」

 空を見上げて、気づいた。

(月が二つある……?)

「月が、明るいですね………二つとも……」

「そうだな」

「……ええ……」

(そうか、二つで普通なんだ……えーと、えーと、前に夜空を眺めたのは……あー、エルゼヴェルトから帰ってくる時だから……あの時は、月が出てなかった。……そうか、新月か……)


 記憶は、まるで雪が降り積もるように少しづつ蘇っている……そこに、私の33年間の記憶が混ざり、現在が重なってゆく。

 緩やかな統合……私はアルティリエで、アルティリエは私である。それに違和感を覚える事はもうない。

 でもこれは……久々にショックを受けた。うん、衝撃だ。

「月が珍しいのか?」

「……夜にあまり外に出たことがないので」

 珍しいどころか、初めて見ました、実は。

「それもそうだな」

 そういえば、夜にベランダに出ることすらなかった。暗くなるとブ厚いカーテンひかれるし……気づかなかったわけだ。

「……しかし、君は相変らず軽いな。ちゃんと、食べているのか?」

「食べてます。おやつもしっかり」

「そのわりには全然太らないじゃないか」

「……いいです、太らなくても」 

 別にがりがりっていうわけでもないし、食事制限なんてしてないですから。いや、時々、自主的に制限する羽目になったりしてるけど。でも、おやつで補給してるから!

「もっと太らなければ、壊してしまいそうで怖い」

「は?」

「君は細すぎる。こうして抱えていてもわかるが……ちょっと力をこめたら、折れてしまう気がする」

 殿下は、武人としても名高い。まっちょな感じは全然しないが、服の上からでもしっかり筋肉がついていることがわかる。鍛えられた身体……きっと力を込めたら私の腕や脚なんてぽっきりだ。

「……子供ですから大人に比べれば小さいし、骨だって細いんです。殿下の力だったらぽっきり折れると思うので、取り扱いに注意してください」

「わかった」

 取り扱い注意!天地無用!ですよ。

 王太子殿下は、私を荷物か何かだと思ってるようなとこあるから注意してもらわないと。

 でも、目線が高くなるのは嬉しいし、楽ちん。首にしがみついていると、なんていうか……うん、お父さんとか呼びそうになるよ。

「どこまで行くんですか?」

「……せっかくだから街に出よう」

「街?」

 目がきらきらしてたと思う。

「ああ、夜は昼間とはまた違う顔がある。……君は昼間の街も知らないか」

「外になんてほとんど出たことがないです」

「そうだな」

 私が自由にできるのは王太子妃宮だけなのだ。

 王太子妃宮は、建物がロの字形に配置され、その周囲をとても高い塀が取り囲んでいる。ここの塀は王宮の他の塀の1.5倍の高さがあるそうだ。

 塀の東側の一角だけが王太子宮とつながる回廊に接続していて、ここには両端にそれぞれ二人の衛士が常時立っている。

 かなり広いから、閉塞感を感じたりはしないけれど、閉じ込められている感はある。

 四方を建物に囲まれた中庭から空を見上げる時、いつも、自分が檻とか籠の中にいるような気がする。まあ、お姫様なんてそんなもんだろうな、と思っているから今のところはそれほど不満でもない。

 物語のお姫様はよくお城を抜け出すけれど、そんなの私には無理だ。外に出る前に回廊を出たら迷子になるね。

「……いつか、必ず、籠の中から出してやる」 

「籠の中、ですか?」

「ああ。……あそこが君を閉じ込めるための籠であることは、あの場所を作り上げた私が一番良く知っている」

 耳元で聞く殿下の声。

 私は殿下の首にしがみつき、殿下は私の身体を抱き抱える。

 互いにこれ以上ないほどに近くにいるのに表情はわからない。

 殿下の声音に、どこか後悔の響きが入り混じっていたから、私は深く問うことはしなかった。

 代わりに、ちょっと笑って言った。

「随分と広い籠ですね」

 私一人の為に大げさです、と付け加えた。

「……………君は、おもしろいな」

 くつくつと殿下は喉の奥で笑いを漏らす。

「それ、褒め言葉じゃないですよね?」

 褒め言葉には聞こえない。

「いや、褒め言葉だよ。……おもしろい。君のような女は他に知らない」

「……どうせ子供です」

「いや……君は大人だよ。……少なくとも、記憶をなくした後の君は」


 息が止まるかと思った。


「どうした?」

「……いいえ。びっくりしました」

「何が?」

「………記憶を無くす前のことを、私はあんまり覚えていませんから、大人だって言われてもよくわからないです」

 あー、心臓ばくばく言ってます。殿下、気づいてるかな。

 今、全身でびっくりした。

「実のところ、私も記憶を無くす前の君をあまり知らない。報告は聞いていたが、直接接することはあまりなかった」

「なぜですか?」

「…………………自分の罪を思い知らされるからだ」

「私を見ると?」

「ああ」

「何かしたんですか?」

「………何もしなかった」

 それこそが、私の罪だ、と殿下は言う。

「君が、人形になったのは私の責任だ」

 殿下は何をご存知なんだろうか?

 知りたい、と思い、聞くのが怖い気もした。

「どういう意味ですか?」


 でも、それは大事なこと。そのうち、聞こうと思っていたことだ。


「君が後宮にいた時、私は何もしなかった。無関心だったと言っても良い。私が気付いた時、君はもう人形になっていた」

「……何歳くらいの時ですか?」

「私が気付いたのは、8歳の誕生日を迎える少し前だったか……母上のところに用事で行った時に君がいて、君が一言も話さず、私をまっすぐと見もしないことに気づいた」

「……8歳、ですか……」

 人形と言われるほど心を閉ざしてしまったのは後宮にいた時なんだ……乳母が死んだ時なのかと思ってた。

「それまでは気づかなかった。……幼児に特別な感情をもつ嗜好はないし、何よりも私は忙しかった。あの当時は大学にも通っていた。また、南の方でシュトナック銅山を巡ってのシュイラムとの小競り合いも続いていた。君に関心を払う余裕がなかった」

 殿下はシュイラムとの一連の戦いで武名をあげた。北方師団の一大隊とアルハンの国境警備隊の混成部隊約三千でシュイラムの一万五千の大軍をイドラック平原で撃破したのだ。

 シュイラムでは、殿下は「黒太子」とか「黒の魔王」とか言われているそうだ。殿下の鎧が黒を基調にしているからなんだろうけど、彼らはよほど恐ろしい思いをしたんだなぁと思った。だって、『魔王』ってちょっとすごいよ。

「それが、普通だと思います」

 妃とはいえ、幼児を相手にしている暇がなかったことは容易に想像がつく。

「だが、私の怠慢だ。……例え、政略であろうとも君は私の妃であり、私が守らねばならなかった。エルゼヴェルトとの関係が微妙なものであり、公爵が強く出られない以上、私以外に君を守る人間はいなかったのに」

 私がそれを怠ったせいで、君は感情を無くした、と殿下は言った。淡々とした表情だったが、殿下がそのことに痛みを覚えている事をわかった。

「すぐに取り戻そうと思ったが、君に執着していた父上が後宮を出す事を認めなくてね……仕方がないので、搦手から手を回し、側妃の話が持ち上がるように仕組んだ」

 え、すごいぞ、殿下。あれって殿下が自分で仕組んだことだったんだ。

「それを理由にやっとこちらに引き取った……直後のティレーザ事件のせいで、父上は後宮に戻せと騒いだが、塀を高くしてあんな鳥かごのような宮に作りかえることでやっと黙らせたのだ」


 籠は、中に閉じ込めるだけのものではない。

 ―――――――― 籠の中のものを守ること。

 それもまた、籠の役目だ。


「……ならば」

 殿下が私の言葉に耳を傾ける。

「……ならば私は、殿下がいいと言うまで、籠の中にいます」

 大丈夫。私は臆病だからちょうどいいです、と言うと殿下は弾けたように笑った。

 ……真面目に言ったのに。

 言っておくけど、ここ、笑うとこじゃないですから。

 




 初めて見る、王都アル・グレアの下町の一角は、光に溢れていた。

「すごい……」

 こちらに来て、こんなにも明るい夜をはじめて見た。

 どっからこんなに人がわいてるの?っていうくらい人がいる。夜の新宿もかくや……というようなランプの光・光・光。

「このあたりはユトリア地区といって、基本的に、国軍か王宮の人間を相手に商売をしている地区だ。飲食業が特に多い。兵舎には格安の食堂はあるが味のほうはそれほどでもない。このあたりの飲食店は兵舎の食堂に少し出せば格安でうまいものが食べられる」

「殿下もこういうところで召し上がったことが?」

「ああ。何度か……まあ、私も携帯糧食だけで暮らしているわけではない」

 私は思わず疑いの眼差しを向ける。

「なんだ、疑っているのか?」

「将官用の携帯糧食出されましたから」

 口を尖らせる。

 これは言わば初デートの時のディナーが乾パンと缶詰だったようなものではないだろうか。コンビニ弁当ですらない。

「あれは……そうだな、試したところもある」

「試す?」

「君がどういう反応を示すか、だ」

「?????」

「あれで怒りも呆れもせず、媚びもしなかった女は君だけだ、アルティリエ」

「……いつもそんなことしてるんですか?」

「まあ、概ね」

 殿下の顔を覗き込むと殿下は口元だけでにやりと笑った。

 ……とてもリラックスしているようだ。

「ああ、ここでは、殿下とは呼びかけないように」

「……何て呼ぶんですか?」

「私の名はナディルだよ、アルティリエ」

「ナディル様?」

「ああ。男でナディルという名前は珍しくない……特に私が生まれた後は」

 殿下にあやかって名付けた親が多いということなんだろう、きっと。

「君のことは……そうだな、ルティアと呼ぼうか」

 さすがに名がナディルとアルティリエではすぐにバレてしまうだろう。

 ただでさえ、王家の人間の肖像は市中にいやというほど出回っている。王都の観光土産用に肖像画カードや複製画などをはじめとし、絵皿やら絵付のカップやらが売り出されているからだ。

 私と殿下のものは人気が高いらしい。いくつか見せてもらったけれど、中にはものすごく似ているものもあって、なかなかあなどれない。

「ティーエと呼ばれるのは苦手だろう?」

「……はい」

 ティーエと呼ばれる中に含まれる甘さが苦手だった。どうしてかわからないけれど……それは、アルティリエの心に深く刻まれたものなのだろう。

 王太子殿下をのぞけば、国王陛下と王妃殿下くらいしか呼ばない呼び名ではあるけれど。

「……嫌っているのを知っていて呼んでいた。ティーエと呼ぶと、君はほんの少しだけ眉をひそめる。本当にそれくらいしか反応しなかったのだよ」

「………………………」

 なんだろう。なんかすごく突っ込みたいような。

「何かな?その眼差しは」

「いいえ。でん……いえ、ナディル様には意外に子供じみた所がおありです」

「そう言われるのは、不本意だ」

 殿下がちょっとだけ苦い顔をされる。

「事実ですから」

 私はさらりと言った。



 夜の街の光と熱気と喧騒の中で、私は改めて殿下のことを考えていた。

 ナディル=エセルバート=ディア=ディール=ヴィル=ダーディエという人のことを。



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