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17.作業場

 大理石が剥き出しになった作業部屋の中央には大きなテーブル。その上には、大理石製の作業板。壁には空になっている本棚や戸棚が幾つか据え付けられている。

 大半が空っぽだけど、昨日もらったばかりのハチミツとかお砂糖とか果実酒が既におさまっていて、ピカピカの銅製のボールがたくさん重ねて置かれている。薄く打ち出されている美しいカーブ……これが工業製品ではなく、手作りであることに驚きを覚え、同時にその職人技に感嘆する。

「おお、すごい」

「必要なものは少しづつ揃えるようにしますので」

「うん」

 嬉しいな。台所ではないけれど……私の作業場だ。

 居間から生み出したクッキーやシュガーパイ、それから、侍女に間違えられながら……私は自分で侍女だなんて名乗ってないよ、念の為……厨房に入り込んで作ったパンケーキサンド等々を思い出す。

 もう、高そうな絨毯に手洗い用の水や小麦粉がこぼれることを気にしなくていいし、厨房の黒ずんだ大理石の作業台を力いっぱい磨き上げてから使わなくてもいい。

 そっとテーブルを撫でる。嬉しい。人目がなければ机に頬擦りしたいくらい。

「今、ヴィグザム卿とレイエス卿が材料を運んできてくれますので」

「ありがとう」

「今日は何を作るんですか?妃殿下」

「パウンドケーキです」

 なんかたどたどしい英会話の練習みたいな会話だけど気にしないで欲しい。あんまりしゃべりすぎないように気をつけてるの。ボロを出すと困るし。

「えーと、あの、焼き損ないとかあったらいただけますか?……あの、本宮の女の子達もぜひ一度食べたいって言っていて……羨ましがられたんです」

 アリスが一生懸命つっかえながら言う。

 リリアの方に視線をやる。よくわからないから、私では判断がつかない。リリアが大丈夫です、というように頷くのを目の端で確認する。

「いいですよ。……ジュリアにもミレディにもあげますね」

「あ、ありがとうございます、妃殿下」

「「ありがとうございます」」

 二人も嬉しそうに笑う。

「頑張って手伝って下さい。今日は護衛隊の皆さんにも日頃の感謝をこめて差し入れたいと思っているので」

「「「はい」」」

 きっと王太子妃宮に勤めていることを羨ましがられたのなんて初めてだっただろう。危険だから入れ替わり激しいってリリア言ってたし。

 この間、台所でパンケーキサンド作っていた時に料理人達も言っていた。

 西宮……王太子宮と王太子妃宮のある一角……は、王宮中で一番キツイんだって。

 王太子殿下は静寂を好む方なので、大きな音を立てると殿下の家令のファーザルト男爵がすっとんできて怒り狂うし、化粧品等の香りがお嫌いで、下手に香水の香りなどをそのあたりに漂わせていると大層不機嫌になられるという。

 だから、夜会に出席なさった日は大変らしい。

 その上、携帯糧食で食事を済ませてしまうくらいに食べることにこだわりがないのだけど、お茶やコーヒーの味が気に入らないと、以降、口をつけないんだという。

 無言の圧力……そっちのが怖いよね。文句を言われた方がまだ直しようがある。

 西宮では、殿下におかわりを申し付けられれば一人前だと言われているんだって。

 もちろん殿下だけではない。妃殿下……つまり私も困ったもので、女官の出入りがなければ本当にいるのかわからないと言う。

 殿下にはまあちょうどいい妃なのかもしれないが、せめて妃殿下には華やかににぎやかにやってもらわないと西宮中が死に絶えたように静まり返っちまう、と皆は口々に言った。

 確かにそれは一理ある、と思ったけど華やかにするのってどうるんだろう?とか考えちゃった。

 何を話し掛けても無反応だからあんたも大変だろう、なんて同情されてしまった。笑って誤魔化すのは、現代日本人の習い性だ。


 でも、いろいろ言われたから言うわけじゃないけど、台所の人たち、正直いってあんまり質が良くないと思う。悪い人たちだとは思わないけど、休憩中だからって、厨房内で煙草吸ってる人がいたのには驚いた。

 自分で巻いた紙巻煙草のような煙草。こちらでは煙草はそんな高価なものでもないようで、彼らが嗜好品として手が出せるくらいの値段のものもあるらしく、半分くらいが吸っていた。

 王族や貴族でも好む者が多いらしく王宮にも煙草室があるというし、陛下が気軽に使用人に軽い褒賞としてくだされる下賜品にも煙草があるそうだ。

 ……私的には、煙草はありえない。

 煙草って味覚を狂わせるし、手に匂いがつくの。料理やってる人間はそれを嫌う人が多い。

 まあ、個人の嗜好だし、煙草の好きな料理人だっているけど……でも、厨房で吸っちゃだめだ。

 厨房は人の口に入るものを作るのだ。万が一にでも灰を落とすわけにはいかない。異物混入は恥ずべきことなのにその認識がない。

 下働きの子達は一生懸命だけど、実際に作っている料理人達に自覚がない。

 結構文句言ってたけど、今思えばエルゼヴェルトのお城のほうがおいしかったよ、ごはん。


「姫さま、いかがされました?」

「んー、王太子殿下の主食が携帯糧食なのって、興味がないってだけじゃなくて、あんまりおいしくないせいかなって……あ、でも、王太子殿下がそもそも拘らないから料理人の腕があがらないのか……」


 料理人を育てるのは客とよく言うけれど、これは本当にその通り。おいしいと言われれば料理人だって頑張るし、今日はちょっと味が濃かったと言われれば何故かを考える。

 先輩のところのバーで週一とはいえ、お客様と直接対面しながら作っていたことは、私にとって何よりもの修行になった。食べている人の意見が直接聞けるから。

 基本、プロの料理人の味はそれほどブレない。材料によって多少塩減らしたりとかはあるけど。でも、食べる人の体調とかでおいしく感じるかどうかっていうのは変わってくる。どれだけ食べる人に味を添わせることができるか……それを生で勉強させてもらったことは私の財産だ。

「どちらが先かはわかりませんけど、確かに王太子宮の料理人の腕はあまりよくないです。だから、あの子達は本宮に食べに行くのを楽しみにしているんですよ」

 いいなぁ、アリス達。私も本宮のお料理食べてみたい。

 まあ、おしゃべりも楽しみなんだと思いますけどね、とリリアは笑う。

「腕の問題だけじゃないんだけど……でも、王太子宮の料理人だから、私がどうこう言える問題じゃないんでしょう?」

 私に権限があれば徹底的にお掃除をするのに!! とりあえず、オーブンは徹底的に掃除したけど。他のところは見てみぬふりをしました。ごめんなさい。

 ……後でリリアにオーブンの掃除など妃殿下のすることじゃありませんって嘆かれたけど。

「はい。残念ですが彼らは妃殿下の料理人ではございませんので妃殿下がクビにするわけには参りません。……本来ですと、妃殿下には妃殿下の料理人がいるのですが、一度、問題が発生した事があって、ここの厨房は潰してしまったそうです。今は服飾品を置いている部屋がそうらしいですよ」

「ああ………」

 あの無駄に広いホールのようなウォークインクローゼットはそういうことだったんだ。

 どこのダンスホールだって言うくらい広い部屋に図書館かと思うような棚とタンスが整然と並んでる。

 タンスの中には既に仕立て済のものが収納されていて、棚にはまだ服地のままのものを収納。だいたいの服地は巻物状態で保管されているんだけど、これがね……百本や二百本じゃないんだよ。お店開けるよ、高級品専門の。




「妃殿下、材料が揃いました」

「ありがとう」

「他に何か力仕事はございますか?」

「いえ、大丈夫です。ありがとう」

 木箱を運んで来た赤茶けた短髪のヴィグザム卿と黒髪を肩のあたりで切りそろえたレイエス卿はどちらも二十代半ば。私の護衛たちの平均年齢は三十そこそこくらいなので彼らはやや若い。

 だが近衛全体からすると彼らは中堅どころとなる。

 だいたい、普通のステップを踏むならば、12歳過ぎで従騎士となり早ければ18前後、遅くとも22から25の間で騎士叙任を受ける。彼らはどちらも18歳になると同時に騎士になったという逸材だ。すでに五年以上、その任にある。

 リリアの説明によれば、王太子殿下は私がエルゼヴェルトに里帰りするにあたって護衛の人数を通常通りに収めたものの、能力的に厳選を重ねたのだと言う。その全員が私に剣を捧げてくれたことは、私にとっての幸いだ。

 だが、申し訳ないと思うのは、『私の護衛』という仕事は彼らにとってはあまり甲斐のない仕事であることだ。

 いずれ報いる事ができればいいけど、どうなることやら。

「今日は何を作られますか?」

 手際よくミレディが作業台の上に材料を並べる。

小麦粉とバターと卵と牛乳……ナッツ類と乾燥果物類は欠かせない。それから、砂糖と樹蜜。

 円錐状の砂糖は専用のペンチで崩してから使う。樹蜜というのは北に自生するカリスという樹木から採るどろりとした琥珀の蜜液。樹蜜のあの独特の香りはメープルシロップによく似ている。主に北部地域でとれるんだけど、地域によってだいぶ味が違う。

「パウンドケーキをつくります」

 ケーキの基本――――――パウンドケーキ。味のバリエーションもいろいろあるし、シフォンケーキやスポンジケーキから比べれば失敗もしにくい。

 こちらは、食パン用の型が小さいから、ケーキ型にも応用できることは確認済だ。

「草蜜はいらないんですか?」

 草蜜は甘い蔓草から抽出したさらりとしたシロップ。これはちょっと青臭さがあるけど、柑橘類の汁とあわせて飲むとおいしい。

「うん。今日は使わない」

「妃殿下、昨日の壺です」

 アリスとジュリアが壺を運んできてくれる。これ、昨日下ごしらえしておいたもの。

 薄い白磁の蓋つき壺の中身は、レモンのハチミツ漬けとブランデーに漬けた乾燥果物。乾燥果物は、軍の携帯糧食にも使われているということで、種類も結構ある。

 その中から、柔らかめの果肉のものを選んだ……アプリコット、プルーン、ブドウは三種類も!

 あー、なんか、ウキウキしてきた。

「殿下の好みはよくわからないから、殿下の分はブランデーを効かせた物を作ります。殿下はブランデーを飲まれるかしら?」

「飲まれます。お酒は強いらしいですよ、王太子殿下」

 よし。なら平気。あれは、お酒飲む人もおいしく食べられるから。

「………………んー、とりあえず、小麦粉は3キロ振るって下さい」

 3キロはちょっと多いと思うよ、自分でも。でも、こっちのオーブンの性能……焼く担当の料理人の腕込み……は、ムラがありすぎるのだ。

 ちょっと焦げたり、焼きすぎた失敗作なんかは、護衛の騎士達が喜んでひきとってくれる。

 シュターゼン伯爵は甘辛両刀だし、シュターゼン伯爵の副官のロバートさんは超がつく甘党。一番最初にクッキーあげた時に涙流して、もう一度改めて剣を捧げてくれたくらいだ。

 基本的にこちらの人はお菓子は甘ければいいと思っているらしく、砂糖の量がおかしいものが多いんだけど、『適切な甘さ』とか『素材のおいしさ』というものも知って欲しい。

「オーブンを一台、一日中つかえるように手配してあります」

「ありがとう、ミレディ」

 ミレディは、先日、女官の見習いになることを決めたと聞いた。そのせいかリリアがびしばし教育していて、こういうところでいろいろと気を回してくれるようになった。

 侍女には、王宮で礼儀作法を学び、王族の身近に仕えた事を箔とするのが目的の花嫁修業タイプと、あちらでいうところのバリバリのキャリアウーマン、王族にそれぞれの職能をもって仕え女官を目指すタイプとがいる。

 アリスとジュリアは前者で数年のうちに結婚退職ということになるだろう。こちらで貴族の子女はだいたい16歳前後で婚約を決め、20歳くらいまでに結婚するのが普通だ。二人とも既に嫁入り先は決まっているらしい。

 ミレディは女官になると決めたことで、決まっていた婚約を保留にした。女官の結婚は禁じられていないが、王宮で主に仕える以上、まともな結婚生活は難しい。

「さて……じゃあ、はじめましょう」

 私はにっこりと皆に笑う。

 今日着ているのは薄いピンクの飾り気のないワンピース。それに、侍女達とお揃いのエプロン。髪もきちんと三角巾でまとめてある。動きやすくなければダメだよ、やっぱり。

 貴婦人に台所が危険だっていうのはドレスの裾とか袖にいろんなものひっかけるからじゃないかな?

 あんなじょろじょろした格好で台所に入るのは確かに危険だ。

「ミレディはそのレモンの皮の砂糖漬けは細かく刻んで。飾り用に……そうですね、四分の一程度は輪切りのまま残して置いてください」

「はい」

「ジュリアは粉を2回ずつ振るってカップ2杯ずつボウルにいれて下さい。アリスはバターをボウルにいれて練りながらこのカップ2杯分のお砂糖と混ぜ合わせて白くふわふわな感じにして下さい」

「わかりました」

「ふわふわですね」

「ふわふわになったら、卵3個を溶いたものを少しずついれて混ぜ合わせてね。これ一番大事です……終わったら、ミレディもアリスを手伝って下さい」

「はい」

 リリアと私はその間に型にバターを塗り、それぞれのバリエーションの準備をする。卵と混ぜるところまでいったら、また粉を振るい入れてざっくりと混ぜる。

 パウンドケーキは、基本材料の、卵・バター・小麦粉・砂糖が同量と覚えておけばそうそう失敗はしない。

 お行儀が悪いけど、ブランデー漬の果物を一個つまむ。

(お、いい感じだ)

 ブランデーが浸透するようにフォークでグサグサしといた甲斐がありました。こういう手間の積み重ねが出来上がりをおいしくする。

 そうそう、このブランデーがね、すごーくいいモノなの。ああ、寝酒にぜひいただきたいって思ったけど、12歳のお姫様のやることじゃないので我慢した。

 13歳の誕生日を迎えたあかつきには、せめてワインくらい飲めるように根回ししたい。

 今日はオーブンにはパン焼きを毎日していてオーブンを使い慣れている下働きの人を二人、確保してある。私が台所に入ったときに見所あるぞって思った人たち。

 実はこれ、私の野望の第一歩、自分でオーブン使えないから、プロのオーブン職人を育てようと思っているのだ。

 流れ作業で、次々とケーキだねを完成させて型に流し込む。

 プレーンとレモンと樹蜜にレーズン、それから、サギヤの紅茶。今は、セカンドフラッシュ。でも、香りの高さは相変らずでおいしいから使ってみた。

 第一回目の焼き上がりはまあまあ。

 焼き足りないものはなかったけれど、焼きムラはやっぱりあって、半分くらいはやっぱり焦げた。

 オーブンの職人さん達も呼びだして話を聞く。

「焼いている位置で火力が違うのだから、入れ替えをしたり、向きを逆にしてくれればムラもなくなると思いますけどどうですか?」

「ひ、妃殿下のおっしゃる通りだとおもいます」

 ……そこまで怯えなくてもいいのに。

 人形姫がアダ名でも私は人形じゃないんだぞ。

「ならば、そのようにお願いします」

 予め下準備はしていたので二回目の焼きはすぐにはじまった。

 パン型って数がいっぱいあるから良かった。

 殿下に差し上げる二本だけ、全部自分で作ったんだよ。

 ブランデー漬けの果物たっぷりのやつと紅茶で。焼き加減はオーブンと職人さん頼みだけど!

「リリア、紅茶をいれて頂戴。一休みしましょう」

「はい」

 コゲたもののコゲを切り落として、一口大に切り分ける。

 器は、オリーブグリーンの釉薬が綺麗な小さめカフェオレボウル。

 それに、泡立てた生クリームにミントの葉を添える。

「さあ、召し上がれ」

 生クリーム泡立てるの大変だった。

 泡だて器の原型みたいなものはあったんだけど、使いにくかったの。

 ……………電動のミキサーが欲しいとまでは言わない。せめてしっかりした泡だて器が欲しい。

 あと、銅のボウルは重すぎる……ステンレスってないのかな。薄くて軽いの。


「わあ」

「おいしそうです~」

「いただきまーす」

「いただきます」

 みんなのこの瞬間の顔が好き。

「おいしい」

「すごいです~」

「妃殿下は魔法使いですね」

「本当においしいです。これならきっと王太子殿下もお気に召すでしょう」

 四者四様の感想。笑顔がきらきらしてる。

 やっぱり、私はお菓子を作るのが好きだ。

 見た目とかで工夫するのも好きだけど、この笑顔を見ることができるのが何よりも嬉しい。

「パウンドケーキは本当はさめた方がおいしいの。好みだけど」

 だいたい三日くらい寝かせた方が味が馴染んでおいしい。

 でも、どうしても焼いてすぐ食べたくなるんだよね。

「リリア、後で、オーブンの人たちにこれを差し入れてくださいね」

「わかりました」

 オーブン担当の人たちにも差し入れをすることにする。

 自分達で焼いたものを食べるのは励みになるかな、と思って。

「妃殿下、ヴィクザム卿とレイエス卿にはよろしいんですか?」

「……まだ、焼いていますから。そうですね。二回目が焼きあがったら、今日の当番の皆さんを交代でお茶にお招きしましょう」

「「はい」」

 嬉しそうだね、アリスもジュリアも。婚約者いるんじゃなかったっけ?



 その日は一日、パウンドケーキ・デーになった。

 侍女総出でやっているし、シュターゼン伯爵がのぞきにきたりして、何か一大イベントになってしまった。

 何回か焼いているうちにオーブン担当の人達もコツをつかんだらしく、最後の焼きあがりは最高だった。

 私は2回目と3回目と最後の4回目にそれぞれ二本ずつ自分で作った。

 やっぱり一番できが良かったのは最後のやつ。ブランデケーキのブランデーをハケで塗りながら、王太子殿下にはそれを差し入れようと思った。

 焼きあがったのは全部で30本。

 そのうち8本が、私達のおやつ用。ちょっとコゲがあったり、中にいれた果物の量が多すぎて崩れてしまったもの。3本分はお茶の時間に皆で食べてしまった。

 残る22本のうち、8本を侍女達で分け、6本が私の取り分で8本を騎士達の詰め所に差し入れ。殿下は6本も食べないだろうと思ったけど、パウンドケーキは保存がきくから半分は自分の隠し食料にしようと思い直した。

「……随分厳重なのね」

 材料を仕舞う棚はすべて扉付で、リリアはそのすべてに鍵をかける。出来上がったパウンドケーキをずらりと並べて保管した棚は、扉に鍵をかけただけでなく、紙を張って封じをし、更に取っ手に鎖をかけて錠前をつけた。

「口に入るものに異物が混入するのが一番よろしくないと怒ってらっしゃったのは妃殿下ですよ」

「そうだけど……」

 毒の混入をリリアは恐れているのだろう。

「……私、また、狙われる?」

 最近ちょっとのんびりして注意が足りなかったかも。

「それはわかりません。私が案じているのは、妃殿下が直接狙われるというのではなく、妃殿下がおつくりになったものから毒が出ることです」

「それは……」

「念のための用心です。二重に鍵をかけてますし、この作業部屋にも鍵をかけます。この部屋の窓にも鍵はかけていますし、この室には隠し通路の類は一切ありません」

 目線をやれば、窓の取っ手にも鎖がかかっていて錠前がついていた。

「これだけつけておけば、まず大丈夫かと……。鍵は、殿下に玄関と戸棚の一本を、残りを私が持ちます。私のものと殿下のものがないと開かない仕組みです」

「わかりました」





 後片付けが終わった後、そのままソファで沈没した。

 思っていた以上に疲れていたらしい。

「……さずとも良い。このまま眠らせてやれ」

 男の人の声。耳に心地よい、響く声。

「しかし、王太子殿下……」

「このままでは姫が風邪をひいてしまいますよ、兄上」

 ……兄?誰のこと?

「リリア、寝室に案内して。兄上、運んでさしあげて下さい」

 誰だろう……。

 思考がまとまらない。目を開けようと思うのに、開くことが出来ない。

「……これは、軽すぎるぞ。もう少し太らせるが良い」

「兄上、太らせるって家畜の話じゃないんですから……」


 そうだよ、しつれいな……デリカシーな……ぎる……。

 言い返したいのに、言葉を紡ぐ事もできず、私の意識はそのまま深い眠りの底にひきずりこまれた。




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