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15.エルゼヴェルドからの使者

 実家からの使者と会うと決めたのはただの思い付きだった。思いつきじゃなければ、気まぐれ……どちらにせよ、これといった目的意識があったわけではない。


 王宮の生活は慣れると単調だ。

 同じルーティンの繰り返し。私的な外出なんてまずありえないし、この自分の宮から出るのにさえ王太子殿下の許可がいる。

 庭を歩くのでさえ護衛の騎士が二人つき、部屋の入り口という入り口には騎士が立っている。

 護衛は私に騎士を捧げた30名余りが交代で務めている。全員をよく知っているのでそれほど気にならないが、これが他の見知らぬ者になるとちょっと嫌だと思う。


(お姫様ってつくづく籠の鳥なんだな~)

 

 わかってはいるのだ。私は狙われていて、王太子殿下が守ってくれていることは。

 アルティリエの元を訪れることができるのは、王太子殿下の許可を得たものだけで、来客はほとんどない。

 殿下は、私が幼いことを理由にすべての拝謁希望を却下しているのだという。確かに陳情とかされてもどうしていいかわからない。そういったことは、王太子殿下が全部代わって手配してくれているそうだ。

 その王太子殿下が却下しきれないのが、エルゼヴェルトからの使者だ。権利はなかったとしても、エルゼヴェルトは王太子妃である私の実家であり後ろ盾だ。

 そして、私が暫定相続人である以上、その接触を拒む事もエルゼヴェルトからの献上品をさしとめることはできない。

 ただ、これまではリリアが全部対応していて、私は会っていなかったという。

 けれど、この日、私はちょっと退屈していたので実家からの使者と聞いたときに会う気になった。



「妃殿下には拝謁をお許しいただき、恐悦至極に存じます」

 金髪の美青年が膝をついて一礼する。アリスもジュリアもミレディも見惚れている。

 帰還の途上でも騒いでいたよね、そういえば。

 確かに王太子殿下とはる美形だった。彼は、王子様と言った時に誰もが思い描く王子様そのものだ。

 雰囲気が柔らかだし、愛想もいい。……王太子殿下が極寒の冬を思わせる美貌なら、彼はうららかな春の青空を思わせる。


(お兄さんかもしれない人だ)


 ラッキーだと思った。

 この人がお兄さんなら、これでやっと御礼が言える。

 私は彼の挨拶に小さく頷いてみせる。


(……ちょっと待て。誰に確認すればいいの?)


 名乗らないのは既に知っていると思われているからなのだろうか?

 本人に聞いたらさすがにまずいだろう。

 私はリリアに目で訴える。お願い、こっち向いてー。

 リリアがすぐに寄ってきてくれた。さすがリリア。

「誰?」

 手にしていたレース付の扇で口元を隠し、唇だけでこそっと尋ねる。

 レースの扇は拝謁の時に王太子妃が手にする必須アイテム。自分が拝謁する時は持たなくてもいいけれど、受ける場合は必要。特にこういう時に。

 カンニングペーパを貼るのにちょうどよさそうだと思ったのは内緒だ。

「……妃殿下の異母兄君です。ラエル=クロゼス=ヴィ=フィノス卿」

 こそっとリリアも囁く。

 やっぱりそうか。良かった。

「先日はありがとう」

 驚いたように彼は顔をあげる。

 そういう反応にもだいぶ慣れたけどさ、今、軽く飛び上がったよね。驚きすぎじゃないかな、それ。

「妃殿下におかれましては、フィノス卿に湖で助けられた事、また、王都帰還の護衛をして下さった事をずっと感謝しており、お礼を申し上げたいと常々お気にかけておられたのです」

 リリアが代弁する。

「もったいないお言葉です」

 深々とお兄さんは頭を下げる。

 フィノス卿……この人には、エルゼヴェルトを名乗る資格がない。庶子だから。

 子の姓は、母の姓=父の姓で結ばれるけれど、庶子には一方だけしかない。

 そして、彼が名乗れる称号は自身で得た騎士爵の『ヴィ』だけだ。騎士であることはダーディニアの貴族として当然の事だから、他の称号を持つ場合は『ヴィ』は省略される。

「妃殿下、エルゼヴェルトよりこれらの品が届けられております」

 アリスが銀の盆に載せた目録を掲げる。

 私はそれに手を取り、ざっと目を通す。

 今回の献上の品である書物のタイトルや服用布地の種類や色などがかかれている。他には、エルゼヴェルト特産の果実酒やハチミツ、それから砂糖などがある。

 『空の瞳』の続刊が入ってるのに気付いて、嬉しくて笑った。

 他に娯楽がないせいで夢中になって読んだの、このシリーズ。

 なんでアルティリエがこれを気に入っていたのかわかったよ。

 空の瞳のヒーローである異国の王様がナディル殿下に似てるからだ。外見描写も銀の髪に蒼い瞳だし、性格が冷ややかなのも似てる。

 傲慢で高飛車な王が、主人公に対してすごく不器用でいつも誤解をまねくような言動ばかりとるの。でも、最終的にはちゃんとわかりあう。

 アルティリエは、この王に殿下を重ねていたんじゃないだろうか?……願望をこめて。真実はわからないけれど、そう遠くはないんじゃないかという気がしている。

「ありがとう」

 お礼を言った。あんまり多くを口にすることはできないけれど、感謝の気持ちだけは忘れたくない。

「妃殿下のお気に召したようで、何よりにございます。……他にも何かご希望がおありでしょうか?公爵が妃殿下がご不自由されているのではないかと案じております」

 その言葉に私は小さく首を傾げる。

 リリアがちょっと驚いた顔してる。たぶん、これまではそんなことを言ったことがなかったんだろう。

 ちょっと躊躇ったけど、これくらい許されるかな、と思って告げた。

「エルゼヴェルトのお城で食べたお菓子が食べたい」

 焼き菓子なら十日やそこら持つから、何かの機会に輸送してくれるかなって思ったの。

 あれは本当においしかった。あちらだったら行列できるよ。

 もう一度食べたいっていつも思い出してた。ちゃんとプロのお仕事してる職人さんのお菓子だよ、あれ。


 たぶん、この世界の職人の人って何となくで作ってるんだと思うの。目分量とか、これまでの勘とか、そういうので。

 でも、お菓子って繊細なものなのだ。分量はきっちり、手順だってきちんと定めどおりに。

 それが基本。

 例えば、「小麦粉のボールに牛乳を注ぐ」と「牛乳のボールに小麦粉をいれる」―――― 結果は同じだと思われるかもしれないけど、これは、お菓子の世界ではまったく意味が違う事だ。

 そして、その違いが出来をまったく違うものにしたりもする。

 ちょっと化学の実験みたいなところがあるかもしれない。いい加減にやる人はあんまり向かないの。

 私はここらへんのことを、大学卒業した後すぐに勤めたケーキ屋さんで叩き込まれた。

「かしこまりました」

 三番目のお兄さんは、すごくびっくりした顔をしたけれど、嬉しそうに笑った。

 嫌な笑いじゃなかった。

 だから、釣られて私もちょっとだけ笑った。

 私が彼を『兄』と呼びかけることはたぶんない。心の中でお兄さんと呼んでるのは、単なる呼び名で肉親と思ってるわけじゃないから。

 でも、血のつながりとかそういうこと関係なく接する分には、いい人だと思う。

「妃殿下は甘いものがお好きですか?」

「はい」

 おいしいお菓子は幸せな気分にしてくれます。

 そう言うと、三番目のお兄さんはかわいいなぁという風に笑った。

 私のほうが年上なんですけどね!


(まあ、この見た目だから仕方ないか……)


 お菓子なんてそれほどかさばらないから、何かのついでに持ってきてくれればいいな、なんて思ってた。例えば、お兄さんが実家に帰って、戻ってくるときとか。

 でも、もし、彼がお菓子のことを忘れてしまっても私は気にしなかっただろう。



 この時の私は、それが後にあんな大きな問題になるなんて思っていなかったのだ。


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