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14.家捜し

「よし」


 その日、私は朝から気合が入っていた。

 家捜しをすることにしたのだ。家捜しというか……自分の部屋の捜索。

 とりあえず、身の回りから調べよう!みたいな。

 なんでかというと、リリアいわく、アルティリエは日記をつけていたそうだ。日記……すごく役立ちそうだよ。

 アルティリエが何を見て、何を考えていたかを理解する助けになるに違いない!


 でも、目につくところにはなかったの。

 ライティングデスクの本棚や引出し……鏡台やベッドサイドの小箪笥とかにも。アルティリエが何か隠そうとしたら、基本は、この三つだと思ったの。他の場所は頻繁に侍女達の手が入るから。

 お姫様には、基本的にプライバシーってないんだよ。

 

「どうしたんですか?そんな格好で」


 今日の私は簡素なエプロンドレス姿。不思議の国のアリスをイメージしてくれればいい。探せばあるんだよ、こういうシンプルな服も。

 いつもよりレースとフリルが七割減ですっきりしてて動きやすい。でも、豪華なレースとか本物の宝石縫い付けてあったりする服は身分の高さと権威の象徴でもあるから、簡素すぎるとこうして不思議に思われる。


「ちょっと書斎を片付けようと思って」


 大掃除のつもりだからいいよね。これでも。

 最初、私が隠し場所と思ったのは、ベットまわり。私、よくベッドの下にいろいろ隠していたから。

 でも、豪華なお姫様ベッドの下にも中にもなかったの。よく考えれば、毎日のようにシーツとか替えられているし、掃除もされているから隠すには不向きなんだけど。


 次に目星をつけたのは書斎だ。

 書斎っといっても、ちょっとしたミニ図書館並の蔵書を誇る。

 かつての私が最も多く時間を過ごした場所であり、その私が唯一自分の意志を反映させていた場所。リリアが覚えている限り、何かを欲しいとほとんど望んだことがない私が希望を口にした事あるのが『本』なんだそう。

 本棚を見れば、その人のことは結構わかる。……私の住んでいた部屋の本棚は、フランス語の辞書と料理関係の洋書と自分がちょっとだけ監修に携わったお菓子本と……仕事に関する本ばっかりだったと思う。

 時々買ってたのは旅行雑誌で、好きな小説の類は全部図書館で借りてた。最近の図書館は曜日によるけど、夜もやっていたりして便利だった。


(そういえば、誰が私の荷物の処分とかしてくれたんだろう?……ああ、そもそもお葬式か)


 両親は既に亡く、兄弟姉妹はいない。反対されて結婚したという両親なので親族らしい親族もなかった。結婚考えるほど深いつきあいの人も今はいなかったし、仲の良い友人や仕事関係の知人達はいたけれど……そんなとこまではちょっと頼めないというか、申し訳ない。


(もし、と考えるなら、匂坂先輩夫婦かな……あ、でも、こういうのって会社がやってくれるのかな?)


 よく考えると天涯孤独みたいな身の上なんだから、もうちょっと考えておくべきだった。遺言残すなり何なりして。

 こんなことになるとは思わなかったからな。

 親しくしていた人達の顔が思い浮かぶ……もう会えない人たち。

 それから、好きだった二つの職場とオーブンが自慢の自分の台所を思い出し、北海道の……生まれ育った家を思いだした。

 ……もう帰れない場所だった。

 ずっと、現状を把握しよう、ここに慣れようと思ってて、あちらのことをゆっくり思い出す暇もなかったけど、なんか……ちょっと気持ちが翳った。


「どうかされましたか?妃殿下」

「ううん……綺麗に整理されているのね、ここ」


 リリアの声に気を取り直す。


「妃殿下は汚したり、散らかしたりということをしませんでしたので」


 この書斎の本は、ジャンルで分類されている。いろいろな大きさの本があるから雑然としているようなんだけど、ちゃんと整理がされている。

 ちゃんと蔵書簿があるの。アルティリエが作ったんだって……半分以上、読んだ本なんだよ。


「……自画自賛になるかもしれないけど、これだけ読むのって凄いよね」

「勿論です。でも、妃殿下は隠しておられたので」

「え?どうして」

「妃殿下に求められている学問レベルをはるかに上回ってますから……教養レベルじゃないんです、あそこらへん」


 リリアは裏側の奥の棚をさす。


「教養レベルじゃないって?」

「大学の学生たちが読むような本なんです」

「……………………………そんなに頭良いの?」

「教授は将来の大学の入学を考えるよう薦めてらっしゃいました。このまま学習すれば入学も可能だと」

「……ごめん、たぶん、今は無理」


 知識はどっかに眠っているんだろうけど、本格的に試験とかは無理だろう。それに、私が10年以上前に卒業したのは、私立の家政科だから!政治も経済もまったく無縁だし!


「大丈夫ですよ。妃殿下がそこまで勉強していたことをご存知だったのは教授だけです。他は誰もご存知ありません」

「王太子殿下も?」

「殿下はこちらの書斎に入ったことはございませんし……教授も内緒にしておいて下さるとおっしゃっておりました」

「でも、本を買った記録とか……」


 あの王太子殿下は見てるよ、そういうの。


「あそこらへんの本の大半は妃殿下ご自身が写本したものですから……」

「……写本ってことは原本があるんでしょう?」


 だったら、そこからバレるんじゃないかな。


「教授からお借りして写しました……これも、教授は殿下にご報告はしていないはずです」

「なぜ?」

「…………妃殿下がそこまでの学問を究められるのは望ましくないからです」

「…………誰にとって?」

「ほとんどの皆にとって」


 その言葉にはいろいろな含みがある。

 まあね、こちらでの女性の役目はまず第一に子供を産むことだもんね。身分の高い家に生まれたなら尚更の事。

 血をつなぐこと……ひいては、家を守ること。それが最大の役割。

 男性にとって、我が子の母として恥ずかしくない程度に聡明であれば良いのだ。へたに知識があって、差し出口を挟まれたら困るだろう。


「……リリアは何で知ってるの?アリスやジュリアやミレディも知ってるのかしら?」

「いいえ。知っていたのは私とエルルーシアだけです」

「エルルーシア……どうして?」

「写本とかをお手伝いしていたんです。多少ですが、旧語や古語がわかりましたし……あの子達はそちらの読み書きはあまり。エルルーシアは、従兄弟が図書寮にいて……いろいろ教えてもらって製本してたんです」

「そう」


 意外な特技があったんだ。

 それにしても、勉強しているのも隠さなきゃいけなかったんだ。大変だなぁ。

 

「そういえば、三人は何してるの?」

「繕い物とお衣装の確認を……大丈夫ですよ、あの子達の大好きな仕事ですから」

「そうなの?」

「ええ。お衣装のことになると何時間でもやってますよ、あの子達」

「……全面的に任せるから」


 好みがないわけじゃないけど、その情熱にはかなわない気がする。

 本当によく似合うもの選んでくれるもの、あの子達。


「……このあたりは物語?」

「はい。小説がほとんどですね……流行りのものとか、あと恋愛小説とか……妃殿下が本をお好きなのは有名なのでご実家から定期的に届けられてきております」

「へえ……」


 糸で中綴じをした薄っぺらいものがほとんど。紙質もそんなによくない。でも、冊数がすごい。これ、雑誌みたいなものなんだろう。

 印刷技術はそれほど発達していないんだと思うんだけど、これって活字組んでるのかな?それとも、江戸時代みたいに木とかに彫ってるのかな?とりあえず手書きではないようだ。

 

「姫さまがお好きだったのは、これですね」


 リリアが手にしていた冊子は水色の表紙に『空の瞳』とある。


「好み、知ってるんだ……」

「何度も読んでらっしゃいましたから……ですから、ご実家にも申し上げてこのシリーズは全部届けさせておりました」

「ふーん。何冊くらいあるの?」

「確か今は50冊くらい出てると思います」

「………………え、完結してないんだ?」

「波乱万丈のロマンス小説ですから」

「どういう話……?」

「統一帝国の皇子の幼馴染であった貧乏貴族の姫君が異国に流されて、その国の王と紆余曲折の末に結ばれながらも、他国に囚われて戦争に巻き込まれたり、奴隷として売られて砂漠の王の後宮にいれられたりする物語ですわ」


 ……何となくわかったかも。

 フランスの作家の書いたアンジェリークみたいなやつ。文庫本で二十冊を越えるあの歴史大河ロマンの傑作!私はフランスにいた時に年末の映画特集でテレビで見たけど。


「これ、もう一度読んでみる」

「では、そちらに置いておきますね」


 暇な時に長椅子でごろごろしながら読もう。

 『空の瞳』の函を抜いたら、抜けた棚の裏板に薄い冊子がくっついていた。もしや、隠していた何かを発見した?!とか思ったけど、『空の瞳』の外伝と書いてあった。函から抜けてただけらしいので、適当に函につっこんでおいた。


「あ、あった、日記」


 一番下の段の隅っこ。何冊かまとまってある。

 やった!今度こそ何か手がかりが!と思ったんだけど……。


「どうしました?」

「…………………ううん、何でもない」


 ……役に立たなかった。

 これまでのいろいろな事実から察するべきだったかもしれない……その無味乾燥な記述に泣きたくなった。


 例としてある日の日記を抜粋してみよう。


 ○月△日 晴れ

 7:00 起床

 8:00 朝食

 9:00 拝謁

 10:00 学習(歴史)

 12:30 昼食マナー

 14:00 学習(ダンス・法律)

 17:00 刺繍

 19:00 夕食

 20:00 就寝

 王太子殿下に贈るハンカチの刺繍をアーリエ夫人に教わった。

 歴史 クロイツァ平原の戦いの章

 ダンス ワルツ

 法律 成文法について


 といった具合にその日の行動と学習記録と何か一言が添えられているだけ。

 普通、日記って誰にも言えない想いを綴ったりとか……そういうものだと思ってたんだけど。これではただの行動記録だ。

 アリティリエの学んだ記録や何をしたかがわかるので、それを辿ることができて便利は便利だった。外出したこととかも書いてあるみたいだし。


(でも、ちょっと……)


 私が期待していたものとは違っていた。


(こういうのじゃないんだよ)

 


 それから、一緒に学習ノートが並んでいた。

 これがまたよくできていた。ちょっとした参考書並だ。これで後でこっそり勉強しようと思う。

 綺麗な青インクの文字はとても丁寧で、ちょっと丸みを帯びているのが女の子らしかった。


「……あ」 


 学習ノートの棚の間……ノートを取り出したときに一緒に滑り落ちた紙の束。


(何だろう?)


 色褪せた青い紐で結ばれたカードの束。封筒も全部とってある。

 それは全部、王太子殿下からのカードだった。

 別にとりたてて特別なことが書いてあるわけじゃない。

 贈り物に添えられていたものなのだろう。「誕生日おめでとう」とか「アルジュナの土産だ」とか……ほんと、走り書きの一言だけ。

 ……一番古いのが八年前のもの。最新のものが三ヶ月前。


(なんだ……)


 ちょっと嬉しくなって笑った。

 儀礼の範囲なのかもしれないけど、何もないわけじゃないじゃない。

 青インクで書かれた文字は、走り書きだけど読みやすい。

 たぶん、直筆なんだろうと思った。代筆ならもうちょっと何か書くだろう。

 そっと、その文字を指で辿る。

 アルティリエもカードくらい返したんだろうか?


(この間の紅茶のお返ししようかな)


 すぐにお礼のカードは書いたけれど、ここは一つ、お菓子でも作ろうか。


(んー……失敗ないようにするなら、クッキーかな)


 プレーンなバター味と、大人のレーズン入りと、いただいた紅茶味。

 たくさんつくって、お茶の時間に皆で少しづつ食べてもいい。

 うん、そうしよう。

 お菓子を作ろうと思ったら、向こうを思い出してもやもやしていた気持ちがふわっと軽くなった。お菓子って気持ちを明るくする効果があると思う。

 

「リリア」

「はい?」

「クッキー作るから、台所借りてほしい」

「…………………失礼ですが、作れるんですか?」

「……たぶん」

「…………………わかりました」


 やや疑いの眼差し。でも、雉汁のことを思い出したのかもしれない。

 案外あっさり了解してくれたと思ったら、お菓子作りは貴族の女性の趣味としてはそんなに問題あるものでもないんだって。台所に入るのはダメだから、焼くのは料理人に任せなければいけないけれど。


「妃殿下」

「なぁに?」

「妃殿下のお望みは、できるだけ叶えるようにいたしますので、どうか、御一人で行動することだけはなさらないでくださいませ」

「ええ」


 勿論、というように私は頷いた。

 リリアが何をそんなにも恐れているのか、この時の私はわかっていなかった。

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